オランダ・ヘルスケア政策「健康寿命を5年伸ばす」メディアツアー報告1

安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・オランダ企業庁主催のメディアツアーに参加、先進企業などを取材。

・ヘルスケア部門は、30年までに健康寿命を5年伸ばすことを目指す。

・官民連携を強化し、ヘルスケア/ライフサイエンス産業育成を推進。

大阪・関西万博」の開催が2年後の2025年と迫ってきた。2005年に開催された「愛・地球博」に続き、20年ぶりに日本で開催される国際博覧会だ。

今回、オランダ王国企業庁主催のメディアツアーに参加したので概要を報告する。

テーマは「コモングラウンド」

オランダ館のテーマは「コモングラウンド(共創の礎)」。それは、「共感し分かち合うこと」であり、「新しい価値を共に生み出すこと」なのだという。

パビリオンのデザインは、中央に日の出を現すとともに無限のクリーンエネルギーを象徴している“man made sunー次世代への太陽”と呼ばれる球体が設置されていて、ひときわ目を引く。

さて、オランダといえば風車だが、国土の4分の1が海面下にあるため、何世紀もの間、水害と戦ってきた歴史がある。異なる人種、宗教、文化、国境を越え、一丸となって共通の目標である「治水」システムを完成させた。

「コモングラウンド」とはそうしたオランダの歴史の中で培われてきた理念なのだろう。今回のオランダ館は、同じ課題に向かって共に手を取り、革新的で持続可能な解決策を生み出そう、と呼びかけているのだ。

ヘルスケアの取り組み

ツアー初日は、オランダ企業庁の健康・福祉部門である「Health Hollandエグゼクティブディレクター ニコ・ファン・メーテレン教授/博士がオランダのヘルスケア政策を紹介した。

▲写真 Health Hollandのエグゼクティブディレクター ニコ・ファン・メーテレン教授/博士(2023年7月3日オランダ・デンハーグ)ⒸJapan In-depth編集部

メーテレン氏はオランダの目指すヘルスケア政策を、「+5、-30」と紹介した。

「+5、-30」とは、2040年までに国民の健康寿命を5年延ばし、社会経済的最下位グループと最上位グループの間の健康格差を30%減少させることを意味する。そうした中、ヘルスケアの分野で働く人は現状、市民の6人に1人(約17%)に過ぎないとも述べた。

Health Hollandのミッションは4つ。

ミッションⅠ:ライフスタイルと住環境

2040 年までに、不健康なライフスタイルや生活環境に起因する病気の負担を30%減少させる。

ミッション II:適切な場所でケアを行う

2030年までに、医療機関ではなく自分の生活環境でケアを受ける事ができる割合を今より50%以上引き上げる。

ミッション III:慢性疾患を持つ人々

2030年までに、慢性疾患や生涯にわたる障害を抱えていても社会に参加できる人の割合を25%増加させる。

ミッション IV: 認知症の人

2030 年までに、認知症患者の生活の質を25%改善する。

Health Hollandは、「科学者」、「起業家」、「政策立案者」に「市民」が加わる「4重らせん」と呼ばれるアプローチにより、外国企業にも官民連携パートナーシップへの参加を呼びかけるとしている。

実はオランダのバイオ医薬品と医療技術(MedTech)などのライフサイエンスビジネスの将来性はEUにおいてトップだという。上記の官民連携の取り組みや、戦略的立地、優れたビジネス環境などからライフサイエンス&ヘルス関連企業にとって最適な拠点とみなされているからだ。

それはオランダに、3,000超のR&Dライフサイエンス企業と420のバイオ医薬品企業があり、65,000人の医薬品従業員がいることからもわかる。医療技術関連市場は、約47億ユーロ(約7,332億円:1ユーロ=156円で計算)に達し、政府は、ライフサイエンスの研究開発に年間約20億ユーロ(約3120億円)を投資している。

オランダのヘルスケア、ライフサイエンス政策の特徴はなんといっても官民連携だろう。もちろん日本でも同様な取り組みはあるが、ミッションを明確に絞った上で、効率的に推進しているように思える。

また市民を巻き込んでのアプローチも興味深い。超高齢化社会の日本にとって、認知症患者の増大は深刻な問題だ。2025年に65歳以上の高齢者のうち認知症を発症している人の将来推計は5人に1人だという。フレイル、ロコモ、サルコペニアなど、身体機能の衰えを表す用語は飛び交うが、国民の危機意識は決して高いとは言えない。認知症予備軍を大量に抱えている日本にとって、オランダのアプローチは参考になろう。

一方、健康寿命を延ばすことは社会保障費の増大を意味する。その点を質すとメーテレン教授は「5年というのは平均寿命ではなく、あくまで健康寿命だ」と述べるにとどまった。しかし、いくら健康だとは言っても高齢者は医療費も若者よりはかかるだろう。社会保障費の増大に苦しむ日本からみると、その点が少し気になった。合理的なオランダのことだから、当然予算措置は考えているだろうし、成長しているヘルスケア/ライフサイエンス産業が税収を押し上げると予想しているのかもしれない。

いずれにしても今から9年前、2014年に同じくオランダ政府に招聘されてヘルスケア産業を取材した時より、この国の技術水準はさらに高くなっていると感じた。そしてなにより、繰り返しになるが、官民連携が競争力の源泉だと思う。今回、それが海外にまで広がっていることに驚いた。立地だけでなく、数多くのMedTech企業や優れた技術者、政府の手厚い国の支援などが功を奏しているものと思われる。

もう一つ興味を持ったのは、ミッションIIの「適切な場所でケアを行う」だ。「2030年までに、医療機関ではなく自分の生活環境でケアを受ける事ができる割合を今より50%以上引き上げる」としているが、要するに、国が何でも面倒をみる「従来型の福祉社会」と決別し、国民が健康増進に自ら取リ組む「自助セルフケア社会」への転換を図っているのだ。そうすることで社会保障費を抑えることができる。このアプローチは日本も一考に値するのではないだろうか。膨れ上がる社会保障費が財政を圧迫している現状をどう変えるのか、オランダから学ぶことは多い。

(続く)

トップ写真:「大阪・関西万博」オランダ館のイメージ 出典:オランダ大使館(Copyright Plomp)

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