[食の履歴書]平野顕子さん(料理研究家) 旬の食材生かす文化 京都もウクライナも

平野顕子さん

私は京都の生まれで、実家は能装束を作っていました。子どもの頃に食べていた料理の記憶はいろいろあるんですが、とにかく旬の食材を大事にしていたと思います。これは京都の食文化ですよね。

母は東京の大学教授の娘だったんです。東京から嫁いで、京都の料理をおしゅうとめさんに習いました。

東京の人ですから、母にとって正月の雑煮といえばお澄まし。嫁いでから白みその雑煮を作るようになったんですが、すっかり上手になっていました。雑煮のおわんはえらく高価なものだそうで、食べ終わったらすぐ片付けていましたね。「はい、もうお祝いは終わりました」と。

料理そのものよりも、食後の食器洗いの様子が印象深く記憶に残っています。母は祖父の勉強の妨げにならないように、音を立ててはいけないとしつけられたんです。静かに静かに食器を洗っていました。

京都の老舗に生まれ育った私ですが、60代になってから拠点をニューヨークに移しました。その後、ご縁があってウクライナ系米国人と再婚をしたんです。夫と彼の両親と一緒に住んでいます。

夫は刺し身が大好き。刺し身さえあればいいという人です。2人で魚を釣りに、2時間以上かけて通っています。結婚する前までは、釣りなんて嫌やなあと思っていたんですけど、やってみると面白いんですね。

季節によって釣れる魚は違います。これからはタイですね。規則があって、9インチ半(約24センチ)以下のものはリリースしないといけませんし、1日に30匹までしか持ち帰ることはできません。さすがに30匹なんて釣れるはずもないですが、いつもけっこうな量を持ち帰ります。ヒラメも大きさに制限があり、約40センチより小さいものはリリースします。ヒラメは1匹釣れたら万歳なだけに、大きさが微妙な場合、メジャーを当てるときはドキドキします。

魚は、夫が三枚におろします。取れたてのシコシコした刺し身もいいですが、3日くらいたって熟成したものもおいしい。ですから釣った後は3日連続で刺し身を食べます。

夫と両親が喜んでくれる私の料理は、天ぷらですね。たねは野菜が多いです。特にタマネギ、ミツバ、ゴボウ。魚なら、キスが売っていたら買ってきます。夫はゴボウがとても好きなので、ゴボウのささがきを作ることもあります。刺し身と天ぷら、そして義母が作るウクライナ料理が食卓に並びます。

義母は料理が大好きで、毎日6時間は台所に立っています。

義母に一番最初に振る舞ってもらった料理は、ボルシチです。イメージと違っていました。実はそれまでボルシチはロシア料理だと思っていたし、こってりした味だろうと決めつけていました。でも義母のボルシチは淡白な味わい。肉を入れるのと入れないバージョンがあるそうで、義母が作るのは入れないバージョンなんです。野菜ばかり。

義母はボルシチをはじめ、いろんな料理にビーツを使います。おいしいし健康にも良い。日本でもビーツが広まるといいと思います。

チキンキーウ(鶏ムネ肉でガーリックバターを包み込み衣を付けて焼く)、クネードリ(鶏団子のサワークリーム煮)などウクライナの代表的な料理は皆、好きになりました。

ウクライナでは、オーストリアが発祥といわれるシュニッツェルをよく食べるなど、ヨーロッパ各国の影響も受けています。その点、やはり陸続きなんだと感じます。

ただ、フランスのように凝ったソースを使うことはありません。旬の食材の味を生かす料理がほとんど。その点は京都と同じだと思います。偶然なんですが、京都とウクライナの首都キーウは、姉妹都市なんですよ。不思議な縁を感じます。 聞き手・菊地武顕

ひらの・あきこ 京都生まれ。離婚後、40代でアメリカに留学。そこでアメリカンベーキングを学び、帰国後、京都と東京にアップルパイとアメリカンベーキングの専門店「松之助」「MATSUNOSUKE NY」ならびに菓子教室を開く。その後、拠点をニューヨークに移す。「『松之助』オーナー・平野顕子のやってみはったら!」など著書多数。近著は「ウクライナの家庭料理」(PARCO出版)。

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