結果を出す人に共通する3つの要素とは? 元日本代表・石川直宏「嫌だった自分」を抜け出した思考

日常ががらりと変わった昨今、“心の豊かさ”を重視しQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めようという考え方を持ち、ライフスタイルを見直す人が増えてきた。では実際に、QOLを高めるためにはどうしたらいいのだろうか。
総合スポーツメディア『REAL SPORTS』は4月、トップアスリートが自身の経験を生かしながら、世の中の人々が“対話”という体験を通じて心豊かになる社会を目指す一般社団法人Di-Sports研究所を立ち上げた、スポーツドクターの辻秀一氏と、そのメンバーである元サッカー日本代表・石川直宏氏を迎え、オンライントークイベント『結果を出す人のQOLの高め方』を開催。誰にでもまねできる、QOLの高め方について語ってもらった。

(進行=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部)

そもそも「結果」とは何か? 結果を出せる人の考え方

――辻先生はスポーツドクターとして心の質の向上とQOL(クオリティ・オブ・ライフ)をサポートする活動を行っています。今回のテーマが『結果を出す人のQOLの高め方』ということで、QOLを向上させるためには何が必要か、どうやったら身に付くのかをお聞きできればと思います。

辻:「QOLの高め方」の前段として、「結果」とは何かから話したいと思います。結果というのはパフォーマンスでできているので、結果を変えたければ、パフォーマンスを変えないといけません。例えば、「活躍している」という結果なら「活躍する」というパフォーマンスをしているし、「1軍に上がれない」という結果は、「1軍に上がる」というパフォーマンスができていない。ただそれだけなんです。では、そのパフォーマンスは何でできているかというと、その質。質を高めるのは心。これが、考え方の大きな基礎になります。

結果を出すためにパフォーマンスを変えていくには、するべきことの質を高く、機嫌よくやっていくことが大切です。例えば、ケガを早く回復するためのリハビリもそうだし、試合に出ることも、いいチームをつくることも、PKを枠に入れることも、全ての結果は何をどんな心でやるか、すなわち質でできているのです。

――辻先生ご自身、何かそのことに気づくエピソードがあったのですか?

辻:私自身、若い頃は1日20時間ぐらい、がむしゃらに働いていました。そんな中、『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』というアメリカの実在する医者について描いた映画を見て衝撃を受けて。笑いを用いて人が元気になるのをサポートする医者がいるということに本当に驚き、「治すことだけが医者じゃないんだ」と気づいたんです。その映画のテーマがまさにQOLでした。

パッチ・アダムス本人が来日講演された時に「質を決めているのは心持ちだ」とおっしゃっていて。何をするにしても、どんな心で物事に取り組んでいるのか。どんな気持ちで人と会うのか。その心の状態こそが質をつくっているんだと。ということは、パフォーマンスのクオリティマネジメントをするためには、心のマネジメントをしていかないと、自分で自分の人生の質を上げられない。そこをちゃんとマネジメントできる人こそが本物のプロフェッショナルなのです。

そこで「心の専門家になろう」と決めて、行き着いたのが、アメリカの応用スポーツ心理学という、心のマネジメントがパフォーマンスに結びついていくというトレーニングでした。

石川直宏が子ども時代に「自分が嫌になった」経験

――石川さんは、心のマネジメントをする上で心がけていることはありますか?

石川:僕の場合、プロになる前は、Jリーガーになるためにどんな心の状態で取り組むかということを考えていました。ただ実際にJリーガーになって、年齢を重ねて「日本代表になって、(FIFA)ワールドカップに出たい」という大きなビジョンを持つようになってくると、その中で何をすべきか自分ではなかなか整理ができなかったんですね。

当時は、何をしたらその目標にたどり着くのかという、ものさしもなかったので。先のことを考えるよりも、目の前のことをどんな心の状態で積み上げていけるかによって、一つひとつがつながっていくという感覚を、キャリアを進めていきながら感じられるようになりました。

目標にストレートでたどり着けるなんてまずあり得ない。しかもプロになったらまず、試合に出られないところからスタートなので、最初から挫折なんですよ。でも、成熟する上で必要なのは、やっぱり挫折と自立だと思っていて。

――プロになる前から、挫折と自立を経験していた?

石川:僕は(横浜)マリノス(当時/現横浜F・マリノス)のジュニアユース(追浜)というトップレベルの環境にいましたが、中学1年生の時は体が小さかったり、自分の思うようにいかないことが9割ぐらいでした。身長なんていつ伸びるかわからないのに、そのことにストレスを抱えて、とらわれた状態の自分が嫌になったんです。その頃、自分を客観視している期間だったんですよね。困難が目の前にあった中で他者や外的要因に左右されずに、ピッチの内外で工夫をしながら自分が今できることに向き合って積み重ねていった結果、プロになることができました。

ところが、プロになってからもすぐには試合に出られなくて。プロになった選手はだいたい一番最初にその壁にぶつかりますが、その時みんな何を言うかというと「監督が自分のことを使ってくれない」と。

辻:外に意識が向かってしまうわけですね。

石川:プロになるまでの間、自分と向き合う機会がそんなに多くないと、試合に出るために何をしたらいいのかわからなくなってしまう。自分を客観視し、困難の中でも自立して、次へのステップへつなげていくことの繰り返しによってキャリアが重なっていくわけです。僕の場合は、先が見えなくなった時に、今何をすべきかにフォーカスできた。ケガで試合に出られなかった時もそうです。

大人になると頭が固くなってくるので、やっぱり子どもの頃に挫折をして、その中で自立していく経験によって、その先の将来が変わってくるというのは自分自身の経験でも実感しています。

辻:挫折した時に、自分と向き合うのか、自分以外のせいにして文句とか愚痴を言うのか、ものすごく大きな分かれ目になります。QOLを大事にしている人というのは、自分の内側を大事にするので、目標ではなく目的を追い求めます。人が外側に向いている時は、過去や未来を考え過ぎてやらなきゃいけないことに振り回されているので、「今」「ここ」「自分」に集中するよう意識することが大切です。

少なくとも「今」「ここ」「自分」に集中できていない時は、トップアスリートでもビジネスパーソンでも、絶対にQOLの質が悪いんです。過去、未来、結果、他人にとらわれ過ぎて振り回された状態になってしまっている。だから「今」「ここ」「自分」という生き方、思考をちゃんと身に付けていくことが、QOL向上への入り口なのかもしれません。

誰でもできる、QOLを高めるためのアクション

――QOLを高めるために、日常の中でできる具体的な行動は何かありますか?

辻:内観する機会を増やすことですよね。一時はやった瞑想(めいそう)や、ちょっと自分の呼吸を意識してみるだけでもいいですし。あとは、経営者の間でトライアスロンがはやりましたけど、「ゴールした者、全員が勝者」という言葉の通り、人と競い合って勝つことが目的ではない個人スポーツをやると、自分を見つめることができるんです。なので、散歩でもいいですし、何か自分を見つめるきっかけになるような時間を取るといいと思います。あえてスマートフォンを持たない時間をつくったり、お風呂にゆっくり浸かるというのもいいかもしれません。要するに、認知的な思考の暴走から少し離れるような時間を自ら時間をつくるということが大切です。

石川:僕も、自分に矢印を向けて、自分のマインドがどんな状態なのかを客観視することが大切だと思います。日常生活がルーティン化されているとそのままずっと流れていってしまうので、辻先生のおっしゃるように、その中でちょっとしたアクションを起こして、いつもと違う環境に身を置いてみる。普段やっていないことにちょっとチャレンジしてみると、新たな自分に気づけるので、そういう機会を増やしていくということは大事だと思います。

辻:自分を見つめるといっても、みんな何を見つめていいのか悩むんですけど、自分自身が何を感じているのか、何を考えているのかに焦点を向ける。それが内観する上での初期トレーニングです。

チームワークを高めるためには「個人」を変えるしかない

――チームスポーツの場合、具体的にどんなメンタルトレーニングを行うのですか?

辻:チームというのは、「個人」「全体」「関係」という3つの構成要素でできています。NBAだろうが、トヨタだろうが、バルセロナだろうが、どんなチームにも必ず「個人」があって、「全体」があって、「関係」があるんですよ。いいチームになるためには、この3つそれぞれに大きなテーマがあります。「個人」は自立性を高めること。「全体」は共有性を高めること。そして「関係」では信頼性を高めること。この3つがチームワークの原点です。

ではどこから始めるのかというと、実像があるのは「個人」だけなので、「個人」しかありません。それぞれ「個人」がちゃんと自分を見つめられる力を持っていると、いろいろなことを多様性を持って全体で共有していけるようになる。そして自分のやるべきことをちゃんと自分の意思でできるようになり、質が高くなるからさらに信頼を生んでいけるようになります。

石川:まさにそのとおりで、サッカーやスポーツに限らず、ビジネスにおいてもやっぱりみんな勝ちたいし結果を出していきたいですよね。結果を出すために結果を求めるというのは当たり前の話なんですけど、結果というものは一旦置いておくんです。他のチームや人と戦う中で、優勝できるのは1チームしかないですし、結果というのはどうなるかわからないので。

そこで変えられるのは何かといったら、自分のマインドを変えることでチームの関係の質を高めることです。関係の質というのはチームメートやスタッフ、ファン、サポーターだったり。自分個人を見つめて思考が変われば、行動が変わってくる。行動が変われば関係が変わってくる。組織の成功循環モデルっていうのがありますけど、変えられることを一つひとつ変えていくことによって、思考、行動が変わって、いい方向に変化した関係が構築されたチームが結果を出せるようになるんだと思いますね。

辻:関係性を築いていく上で「共有」と言った時に、結構みんなが誤解するのは、「まず目標を共有しましょう」とよく言いますよね。これは、「一つになろう」という意味で「共有」という言葉が使われているんですけど、もう一つ「共有」で大事なことは、それぞれ個人の違いを共有できることが大事なんです。そうでないと多様性が生まれにくいんですよ。なので、それぞれの違いを知るために会話を増やす必要があるのです。

――それはスポーツに限らずビジネス面でもいえることですね。

サッカーよりも仕事の方が結果を出しやすい? 石川直宏の自問自答

辻:直宏くんは、サッカーの魅力って何だと思いますか?

石川:プロになったら周りの選手はみんなライバルなので、自分で頑張って自分で乗り越えて、自分で結果を出さないと生き残れない。でも結局は、周りを尊重して、周りとの関係性を構築していくほうが、結局自分の力もより生きるし、チームの結果も出るんですよ。

なので、組織の中での自分の立ち位置というか、生き残っていくためには周りを蹴落とすんじゃなくて、周りとの協力があって自分が生きるということが、サッカーによって気づけました。生かし合う、助け合うことが、サッカーにおいては本当に大事だなと気づかされましたね。

――「QOLを高めていくことでパフォーマンスにつなげていく」ことにおいて、アスリートもビジネスパーソンも両方経験している石川さんはどちらのほうが結果を出しやすいと思いますか?

石川:ビジネスのほうが出しやすいと思います。ただこれは僕だけじゃなくいろいろなビジネスパーソンを見ていても、自分の心と仕事を分けたほうが結果は出しやすいと思うんですよ。この仕事に対して自分の心が伴っているか、本当に自分のやりたいことなのかどうかというのは、おそらくみんな自問自答すると思うんですよね。

一方でスポーツってやっぱり、うまくいかないことが前提じゃないですか。特にサッカーは足で行うのでミスが出て当たり前。相手もいるのでなかなか勝てないし、点も取れないんですけど、難しいからこそ面白さをその中でどう見つけるのか。結果を出すためには、結果にとらわれない中でさまざまな工夫をするからこそ、いろいろな思考が生まれるわけで。

だからやっぱり、ゴールに向かっていく道筋で自分の心と向き合うようになると、スポーツでもビジネスでも、心と仕事が一緒になって成熟していく中でその後に結果が生まれてくるということに気づけるんじゃないかなと思っています。

石川直宏が考える、“とらわれない”キャリアのメリット

――石川さんは引退後、FC東京クラブコミュニケーターに就任するなど、FC東京に対してもちろん大きな愛情を寄せつつも、100%それだけに縛られない身の置き方がすごくセンスいいなと思っていました。最近、そういう選手が増えてきましたけど、石川さんが最初ですよね。今では内田篤人さんが日本サッカー協会のロールモデルコーチをしていたり、中村憲剛さんも川崎フロンターレのFrontale Relations Organizer(FRO)、日本サッカー協会のロールモデルコーチなどをやりながらも、みんな“それだけ”にとらわれず、マルチに活躍しています。

石川:そうですね。僕の場合、クラブ内で前例がなかったですし、やっぱりクラブの規模が大きいと現場は現場、ビジネススタッフはビジネススタッフというように、どうしても一枚岩にならない。そもそも自分たちがどういう思いで、どこを目指すのかが意思疎通できておらず、現場もフロントもクラブ全体で一つにならないと強くなれないと、引退した時に感じたんです。みんなで理解し合いながら同じ方向を向いていく必要性があると感じたし、その一方で僕はFC東京に約16年いたので、視野が狭くなっていると思ったんですよね。

いろいろな人と話をする中で、自分ももっと世の中を知ったり、FC東京や自分自身を客観視する機会をつくる必要があると感じました。現役選手を引退した人は、もっともっといろいろなことをやっていきたいという思いと同時にお世話になったクラブへの思いがあるので、こういう活動のスタイルを考えてくれたクラブに対して感謝していますし、クラブを強くするための答えを追い求めながら、一つひとつの過程を大切に、積み上げていきたいです。

<了>

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PROFILE
辻秀一(つじ・しゅういち)
1961年生まれ、東京都出身。スポーツドクター。北海道大学医学部卒後、慶應義塾大学で内科研修を積む。“人生の質(QOL)”のサポートを志し、慶大スポーツ医学研究センターを経て株式会社エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学とFlow理論をベースとして講演会や産業医、メンタルトレーニングやスポーツコンセプター、スポーツコンサルタント、執筆やメディア出演など多岐にわたり活動している。アスリートのクライアントは競技を超えて幅広くサポート。スポーツ医学はFemale Athlete Triadとライフスタイルマネジメントを専門とする。志は『スポーツは文化だと言える日本づくり』と『JAPANご機嫌プロジェクト』。2019年に「一般社団法人Di-Sports研究所」を設立。『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)、『PLAY LIFE PLAY SPORTS スポーツが教えてくれる人生という試合の歩み方』(内外出版)をはじめ著書多数。

石川直宏(いしかわ・なおひろ)
1981年生まれ、神奈川県出身。元サッカー日本代表。現役時代のポジションは主にミッドフィルダー。横須賀シーガルスでサッカーを始め、その後、横浜マリノスジュニアユース追浜、横浜F・マリノスユースを経て2000年に横浜F・マリノスのトップチームでJリーグデビュー。2002年4月にFC東京へ期限付移籍(翌年8月に完全移籍)。2004年にヤマザキナビスコカップ優勝、クラブ初のタイトル獲得に貢献した。2009年Jリーグベストイレブン選出。日本代表では2003年東アジアサッカー選手権(現EAFF E-1サッカー選手権)でA代表デビュー。2004年アテネ五輪代表。度重なるケガの苦境を乗り越えながらファンを魅了し続け、2017シーズンをもって引退。2018年1月、FC東京クラブコミュニケーターに就任。一般社団法人Di-Sports研究所のメンバーとしての活動など、多方面で活躍を見せている。

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