次世代ホテルのコンセプトを示す“日本初ゼロエネルギーホテル” 愛媛・西条市に開業 「脱炭素×地域再生」目指す

窓際にも木をふんだんに使い、高いデザイン性が目をひく「ITOMACHI HOTEL 0」。建築家の隈研吾氏による設計で、背後に石鎚山系の山なみが広がる立地を生かし、自然との融合を意識して建てられている(愛媛県西条市)

事務所や学校、スーパーといった建物用途別のエネルギー消費量において、国内で床面積あたりの電力使用量が飲食店に次いで2番目に高いのはホテルだという。そこで、ホテルとして初めて大幅な省エネ・創エネによる電力消費の実質ゼロを実現し、ZEB(Net Zero Energy Buildingの略称、ゼブ)認証を取得した“日本初のゼロエネルギーホテル”がこのほど愛媛県西条市に開業した。人口10万5000人弱の同市のにぎわいを取り戻すことを目的に、地元企業が再開発を手掛ける約6.6ヘクタールのエリアの一角に立つ、隈研吾氏設計による「ITOMACHI HOTEL 0(いとまちホテルゼロ)」だ。木をふんだんに使ったデザイン性の高い建物は、石鎚山系の山並みをバックに自然と融合した佇まいを見せる。エリア内はホテルをはじめ、マルシェやレストランなど、すべての施設の屋上に太陽光パネルが設置され、再エネを活用した「脱炭素×地域再生」の新しい取り組みとしても注目を集めている。(廣末智子)

「省エネ+創エネ」で電力消費を実質ゼロに 最高ランクのZEB認証を取得

明るく開放的で、緑がいっぱいのエントランス

1995年に同市で創業し、国内外で半導体関連機器を製造する「アドバンテック」(東京本社=東京・千代田、愛媛本社=西条)を事業主体に、「SORANO HOTEL」(東京・立川)や「白井屋ホテル」(群馬・前橋)など全国で従来のホテルの感覚にとらわれないホテルを企画するGOODTIME(東京・渋谷)が運営。ホテルの建物は鉄筋コンクリート造・鉄骨造・木造の混構造の地上2階建てで、環境省が定めた最高ランクのZEB認証を取得している。

ZEB認証とは、「年間で消費する建築物のエネルギー量を大幅に削減するとともに創エネでエネルギー収支『ゼロ』を目指した建築物」(環境省作成ZEBパンフレットより)をいう。「ITOMACHI HOTEL 0」では、高断熱や自然換気などの最先端技術をフルに活用することで、従来のホテルが必要とする電力の50%未満のエネルギーしか使わず、使用するエネルギーは、屋上の太陽光パネルによる発電で賄う。つまり、「省エネ」+「創エネ」で、電力消費を実質ゼロにしているというわけだ。

マルシェとホテルの屋上の全面には設備容量440キロワットの太陽電池が設置されている。これは一般家庭の太陽光発電の約90軒分に当たる設備容量であり、さらに大容量の蓄電池との組み合わせによって、ホテルにとどまらず、施設で使うすべてのエネルギーを自らつくり出している。アドバンテックグループでは2021年に「再エネ100宣言RE Action」に参加し、2021年度からグループ全体で使用する電力をすべて再エネ100電力にすることを宣言している。すなわち再開発エリア全体でエネルギーの地産地消に取り組んでいる最中であり、ITOMACHI HOTEL 0はそのシンボル的存在と言える。

脱炭素社会に寄与しながら人のにぎわいを生み出し、地域の活性化につなげよう

そもそも、半導体関連機器メーカーであるアドバンテックが、畑違いとも思えるまちづくり事業に乗り出したのはなぜか。
これについて同社のサステナブル事業部愛媛事業所課長の星川正幹氏は、リーマンショックをきっかけに同社が半導体関連以外にも事業を広げ、早い段階から全国各地で太陽光発電設備の建設や運営に携わってきたことが脱炭素時代のニーズと合致し、「『再エネを軸とするまちづくり』の発想につながった」と経緯を話す。

具体的なエピソードが同社の公式HPに「わたしたちがITOMACHI HOTEL 0をつくる理由」として記されている。それによると、ある時、同社の創業者である山名正英社長が西日本最高峰である石鎚山の頂きから瀬戸内海に面して広がる故郷、西条の町を見下ろし、そこにぽっかりと取り残された空き地があるのに目が止まったのがきっかけだという。

「いとまち」開発前の同エリア(ITOMACHI HOTEL 0 公式HPより)

工業地帯の西条だが、この約6.6ヘクタールの空き地は、愛媛有数の米どころでもある市内中心部に広がる、もと田んぼだった。全国同様、少子高齢化の進む同市の失われた活力を象徴するかのような空間に、社長の心は動かされ、ひとつの決意が芽生えた。脱炭素社会に寄与しながら人のにぎわいを生み出し、地域の活性化につなげよう――と。そうして2016年に始動したのがこの場所で新たなまちづくりに挑戦する「糸プロジェクト」だ。

その際、再エネ事業への知見やノウハウはあっても、「まちづくりに関しては、異なる分野で頭を抱えていた」(星川氏) 同社は、建築家として名高い隈研吾氏に協力を求めた。そこで隈氏は、「若者や挑戦する人にチャンスを与えられる街にしたい」という同社の思いに沿い、石鎚山系の山なみを背後に、「うちぬき」と呼ばれる地下水が市内のあちこちで湧き出るこの場所の、豊かな自然と融合した建物やまちづくりのプランを描いた。実際に構想を練る過程では同社と隈氏、そして東京大学の隈研究室のメンバーに地元住民も参画するワークショップを幾度も開き、「西条にこんな空間があれば嬉しい」という地元の意見が多く採り入れられている。

「いとまち」開発後の同エリア(上に同じ)
エリア内には地元住民の声を大切につくられた空間が広がる。中でも水の豊かな西条の憩いである「池」は、涼を求める親子連れらの格好の遊び場に

この場所で新たに挑戦する人の未来へのチャンスを「紡ぐ」という意味合いから「いとまち」と名付けられた一帯は、大きく商業ゾーンと住宅ゾーンとに分けられる。中ほどを流れる御舟川(おふながわ)には新しく橋をかけ、両方の緑地をつなぐ形に。地元食材や愛媛の工芸品などを取り揃えるセレクトショップ「いとまちマルシェ」と、イタリアンレストランは商業施設の第一弾として2020年にオープンし、コロナ禍を経ていま、一帯は大きく人の波が動き出したところだ。

いとまち全体を貫くテーマは、エネルギー・テクノロジー・グリーンインフラ・食・建築と、脱炭素社会に向けたサステナビリティの要素が揃う。もちろんマルシェやレストランも「ZEB Ready」の認証を取得済みで、街区全体でマイクログリッド(小規模電力網)を確立し、災害発生時には3日間で800人分の非常用電源と水と食を提供できる防災拠点としての機能も併せもつという。

「ITOMACHI HOTEL 0」のこれからについて語り合うアドバンテックの星川氏(右)と、GOODTIMEの明山氏

住宅ゾーンには若い世代を中心に移り住む動きもあり、人口の増加が期待される。ホテルの開業は、そんなまちの勢いを加速させるに十分だが、緑の広がるエリアのあちこちでは今も槌音が響いており、この先、温浴施設や和食レストランなどがオープンする予定だ。ただし、「何年かかるかは分からない。コンセプトは、“成長し続けるまち”であり、できるところからやっていこうと考えています」と星川氏は笑顔をみせた。

どうすればゼロエネルギーであることの価値を伝えられるか

一方、全国各地で時代の先端をいくユニークなホテルを企画するGOODTIMEの明山淳也社長は、「日本初のゼロエネルギーホテルという意義深い取り組みに共感」し、「ITOMACHI HOTEL 0」の運営にかかわることを決めたと説明。同社が参画したのはちょうど棟上げが始まったころで、そこから、「どうすればゼロエネルギーホテルであることの価値を宿泊者により伝え、魅力あるホテルにすることができるか」という観点で、インテリアや空間のデザインを提案し、食やアメニティといった一つひとつに西条ならではの風土を感じるホテルづくりに努め、開業の日を迎えた。

エントランスを入ってすぐのところにある、西条のシンボル、「うちぬき」が湧き出る広場(ITOMACHI HOTEL 0 提供)
各部屋は「伊予青石」の繊細な色合いをキーカラーとしたインテリアで統一されている(ITOMACHI HOTEL 0 提供)
「うちぬき」をイメージし、透明感に溢れる水栓

ホテル内のインテリアは、約2億年前に海底に堆積した岩が日本列島のできる地殻変動の際に隆起し地表に現れたとされる「伊予青石」の青みがかった薄い緑の色合いをキーカラーとし、庭には先述の「うちぬき」の湧き出る広場を配置するなど、洗練された愛媛らしさ、西条らしさを体感できる。キャッチコピーにある「0からめぐる愛媛のたのしみ。」が詰まっている。

ゼロエネルギーの流れをグラフィックスで「見える化」も

さらに、ホテルの最大のコンセプトである「ゼロエネルギー」については、フロント前に、「ゼロエネルギーの仕組みがひと目で分かる」とするインフォグラフィックス=下図=を提示。関心のある宿泊者はチェックアウト時にこれを確認することで、自身が宿泊した日の同ホテルのエネルギーの流れを把握でき、必要に応じて、スタッフに説明もしてもらえる。

図1=7月3日の1日でホテルで使われたエネルギー量(ITOMACHI HOTEL 0 提供)
図2=7月3日の1日に太陽光パネルでつくられたエネルギー量(ITOMACHI HOTEL 0 提供)
図3=7月3日の1日にホテルで使われた実質エネルギー量(ITOMACHI HOTEL 0 提供)

例えば7月4日付のデータを例に見ると、前日の7月3日に同ホテルで使われたエネルギーは2.2ギガジュールであり=図1=、太陽光パネルでつくられたエネルギーは3.5ギガジュールである=図2=ことから、実質エネルギー消費量はゼロである=図3=ことが確かめられる(同日に同規模のホテルで1日に必要なエネルギーは19.2ギガジュール)。

図4=「いとまち」街区全体の6月のエネルギー実績(ITOMACHI HOTEL 0 提供)

さらにインフォグラフィックスでは、「いとまち」街区全体の月ごとのエネルギー実績=図4=も表示しており、6月には創エネルギー削減量が1万4080キロワット時、省エネルギー削減量が3万5852.96キロワット時で、ZEB達成率は92.93%だったこと――などが分かる。

もっとも目に見えないエネルギー消費量をどう可視化し、宿泊者に理解を広げていくかは課題であり、まだまだ効果的な方法を模索中だという。一方でエネルギーのほかにも、床材には木質由来の再生可能なバイオマスを、またカウンターなどの天板にはジーンズの端切れを活用した素材を用いるなど、随所に「循環を意識した工夫」を施しているのもホテルの大きな特徴で、明山氏は「思想としては常に循環することを念頭に置いている。自然のチカラとテクノロジーを掛け合わせ、環境に負荷をかけることなく人の楽しみを創り出す、そんなホテルとして成長し続けたい」と始まったばかりのホテルのこれからを思い描く。

今後全国に“ゼロエネルギー”を冠したホテルは次々に誕生していくかもしれないが、日本初のゼロエネルギーホテルが東京ではなく、水と緑に恵まれた四国の地に生まれたことの意味は大きいだろう。「脱炭素×地域再生」のプロジェクトの行方を注視したい。

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