安倍元首相一周忌、献花に5000人 参列者「政治に興味を持つきっかけとなった」

遺影の前で静かに手を合わせる献花者(撮影:榎園哲哉)

日本を、世界を、震撼させた事件から1年。参議院選挙の応援演説中に銃撃され亡くなった故安倍晋三元首相(享年67)の一周忌法要に併せ7月8日、東京・芝公園の増上寺で一般献花が行われ、約5000人が哀悼の誠も込めて、花をたむけた。

献花台には夏の日差しに映えるひまわりも

絶え間なく並んだ一般献花者(撮影:榎園哲哉)

警視庁警察官による厳重な手荷物検査を受けた後、石畳を増上寺大殿前に設置された献花台へと進んだ。道の横には生前の安倍元首相の面影を伝えるパネルが並ぶ。元首相が微笑みかけるような遺影が掲げられた献花台。高校生から高齢者、男性、女性、家族連れなど、多くの人が絶え間なく列をつくり、静かに手を合わせた。

たむけられた花は白菊やシラユリなど。元首相の陽気な人柄をしのんでか、夏の日差しに映えるひまわりも少なくなかった。それら花々は献花台の上に山のように積み重なっていった。

報道によれば、銃撃事件の現場である奈良・大和西大寺駅前に設けられた献花台では、「銃の模型」を手にした人や「No Cult」と書かれたうちわ型のプラカードを掲げる若者などが現れ騒然としたようであるが、増上寺では警視庁の精鋭SPが随所で目を光らせ、献花は粛々と行われていった。

一般献花は自民党、清和政策研究会(安倍派)、安倍家が主催した。献花台の左横では主催者の国会議員らが10人くらいずつ交代で横一列に答礼に立ち、感謝の意を伝えた。元首相の最側近でもあった萩生田光一自民党政調会長も訪れた。

一方、増上寺で行われた一周忌法要には、元首相の昭恵夫人や岸田文雄首相、政財界の関係者など多数が参列。岸田首相は、「私たちは、あなたから受け継いだバトンを、しっかりと次の世代へと引き継いでいく。安倍元総理の御霊の前で、改めてそのことをお誓いいたします」(同首相ツイッターから)と弔辞を述べた。

答礼に立つ萩生田政調会長ら自民党議員(撮影:榎園哲哉)

また、一周忌に先立つ7月1日には、自民党奈良県連の有志らが建立を進めていた慰霊碑が奈良市の霊園内に完成した。慰霊碑は110センチ四方で元首相自筆の「不動心」の文字が刻まれている。元首相が敬愛した維新の英傑、吉田松陰が処刑を前に獄中でつづった『留魂録』にちなみ、「留魂碑」と名付けられた。

通算8年8か月、憲政史上最長の首相在任

第1次政権と第2次政権を合わせ、憲政史上最長の通算8年8か月の長期間、日本国をけん引した安倍元首相。

在任中は、金融緩和、財政出動、成長戦略の「3本の矢」を柱とする経済政策「アベノミクス」を推し進めた。集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法を成立させるなど、国防にも力を注いだ。自衛隊の最高指揮官でもあった元首相を、取材活動を通して筆者も幾度となく見掛けた。

2015年、神奈川・相模湾洋上で行われた海上自衛隊観艦式の際は、護衛艦の甲板にいた筆者を含む記者・カメラマン数人に対し、5メートルほど上の艦橋から手を振ってくれたことがあり、それは「頑張っているね」と声を掛けてくれたようでもあった。

旧統一教会問題、被告裁判など混迷続く…

昨年7月8日、奈良市内で起きた旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)に恨みを抱く山上徹也被告(42)による凶行は、今も波紋を残している。事件後の7月12日には、霊感商法対策弁護士連絡会が東京都内で会見を開き、行政と政治家に対し「何も手を打ってこなかった」と、多額の献金などで多くの家庭を崩壊させた統一教会への対応を批判した。(参考:安倍元首相襲撃死亡事件受け「霊感商法対策弁護士連絡会」会見

事件を受けて行われた「霊感商法対策弁護士連絡会」の会見(昨年7月12日/弁護士JP編集部)

その後、現在に至るまで文部科学省による旧統一教会の実態調査が続けられており、宗教法人に対する解散命令請求の要件にあたるかどうか慎重に検討されている。

山上被告による単独犯との見方を否定するジャーナリストらもいる。週刊文春は、「徹底検証、安倍元首相暗殺『疑惑の銃弾』」と題した記事を今年2月から連載し、複数犯の可能性を示唆した。

現在、大阪拘置所(大阪市)に勾留されている山上被告の初公判は遅れを見せ、争点を絞り込む公判前整理手続きすら始まっておらず、来年以降に行われる見通し。

国葬の実施についても、世論が二分した。昨年9月に東京・九段下の日本武道館で行われた国葬。その際も一般献花が行われ、手に思い思いの花を持った人々が数キロはあろうかと思われる長い列をつくった。一方、今年4月には和歌山市の演説会場に訪れた岸田首相に対し、世論を二分する国葬を行ったことについて「民主主義への挑戦は許されるべきではない」と語る青年が、爆発物を投げ込む事件も起きた。

「1日も思わなかった日はなかった」

失政も少なからずあったかもしれない。新型コロナウイルスへの対応策として全世帯に2枚ずつ配布したガーゼ製布マスクは、洗うと縮むことなどからほとんど使用されず、「アベノマスク」とやゆされた。しかし、安倍元首相ほど多くの国民から愛された総理大臣はいなかったのではないか。

それは、誰よりも元首相自らが日本をこよなく愛していたからではないか。著書 『美しい国へ』(文藝春秋社)にはこうある。「わたしたちは、いま自由で平和な国に暮らしている。しかしこの自由や民主主義をわたしたちの手で守らなければならない。そして、わたしたちの大切な価値や理想を守ることは、郷土を守ることであり、それはまた、愛しい家族を守ることでもあるのだ」

献花台への列は絶え間なく続いた。埼玉県川口市在住の自民党員の男性(33)は、「史上最長の任期を務められた総理大臣に対し、感謝と敬意を伝えた」と語るとともに、「(元首相が)政治に興味を持つきっかけとなった。著書も読み、政治信念に共感していた。政治は結果を出すことが全てと語り、理想だけではなく、結果を出すように政権運営をされていた」と振り返った。

献花を終え涙を抑える男性(撮影:榎園哲哉)

栃木県那須塩原市から訪れた女性(69)は、「安倍総理が大好きだった。この1年間、1日も思わなかった日はなかった。日本にとって本当に大切な大事な人を亡くした」と語り、涙を流した。ほおを伝う一筋の涙は、この日献花に訪れた多くの人の心根をも表していた。

増上寺大殿前に設置された献花台(撮影:榎園哲哉

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