小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=27

 ─―よくもこんなに伸びたものだ。この種はまた雨とともに芽吹くのだろう。そして次の種をもつ。切っても削っても絶えることなく生き続けるこの生命力。猛暑にも暴風雨にもめげず成長を続ける。野生化した大根の根は細く、野の草と変わることがない。移植したばかりの品種は力がない。二世、三世の代になって初めて異郷の植物となるんだ。私たちは温室育ちの花卉みたいで、何をやってもくじけてしまう。ベネジッタのように逞しくならなけりゃ─― 

 ややもすれば、ひしゃげそうな自分を励ましながら律子は誰に言うともなく呟いた。

 

スコール

 

 売店は本耕地の一角にあって、パウダリオ分耕地から四キロほど北寄りになる。平日中は働き、日曜となるとこの雑貨店まで買い出しに行く習わしになっていた。

 耕地に古く、恵まれた人びとは馬を飼っている。早朝から鞍をつけ、革の帽子、腰にピストルの出で立ちで売店へ出かける。護身用として大人は誰でもピストルの携帯を許されていた。男のおしゃれである。山道で獣にでも出くわすと、このピストルで意外な収穫を得ることがある。また逆に、携帯していたがために、喧嘩でもはじまると自制がきかず、とんだ悪役を演ずることもある。

 律子の入耕以来、そのような事件はなかったが、一度だけ、コーヒー園から人骨が出たと聞かされたことはあった。

 売店へ向かう途中に屠殺場があった。常に悪臭の漂う場所だが今朝はその傍で、政府買い上げの余剰コーヒーを山と積みあげ焼却していたので、強烈な、香ばしい薫りが大気に充満していた。

 ここ何年かのサンパウロ州のコーヒー栽培は、未曾有の豊作であった。しかし、皮肉にも世界金融恐慌の余波に悩むヴァルガス臨時政府は、国際価格維持のための《コーヒー防衛措置》として、生産者から廉価で買い上げた余剰コーヒーを焼き捨てているのであった。この苦肉の策によって、コーヒー市場の需給正常化を計ろうというのだ。

 一九三三~一九三四年に政府が全国から買い上げたコーヒーは、四八五四万九三〇〇袋(八八%がサンパウロ州産)にのぼり、三三八三万八三〇〇袋を焼却したと国立コーヒー局は発表している。律子は、自分たちが血と汗を流し穫り入れたコーヒーのこうした処分を、複雑な気持ちで眺めた。

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