中上貴晶「結果が出ない。でも、次に向けて何もない」。己を奮い立たせて過ごした前半戦/MotoGP

 中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)の心が揺れていた。少なくとも、中上の言葉からは様々な苦悩がないまぜになった彼の心中をうかがい知ることができた。

「イタリアGPからの3連戦のなかで悩むこともありました。状況がうまくいっていなくて結果も出ていない。でも、次に向けて何かあるのか、というと、何もない状態で……」

 中上のMotoGP2023年シーズン前半戦を振り返る。

 ホンダは2023年シーズンも、苦しい戦いを続けている。エースのマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は右上腕骨の怪我から完全に回復したが、思うように走らないバイクで、限界のなかで攻めては転び、怪我を負った。それを繰り返していた。

 イタリアGPから始まった3連戦で、ホンダの状況はさらに悪化した。今季からホンダに加わったジョアン・ミル(レプソル・ホンダ・チーム)とアレックス・リンス(LCRホンダ・カストロール)は、ともにイタリアGPの転倒により、以降、欠場。ドイツGPはホンダとしてマルケスと中上のふたりのみエントリーし、マルケスが決勝日朝のウオームアップで転倒、負傷したことで中上だけが決勝レースを走る事態となった。

 ホンダは今季以前からの課題であったリヤグリップ不足という問題を抱えたままだった。限界値が低く、バイクが機能する範囲が非常に狭いという問題もあった。フランスGPからはカレックスのシャシーが投入され始めたが、それは特効薬ではなかった。

 中上はドイツGPとオランダGPで、カレックスのシャシーと従来のシャシーを比較した。オランダGPでそのコメントを求められた中上は、「正直、車体の違いは……あるんですけど、はっきりと『こっちがいい』というほどのパフォーマンスの違いはなくて」と説明している。

「今、僕たちが抱えている問題は、車体、シャシーで解決することではないですね。これについては僕もそうコメントしているし、HRCも理解しています」

 問題は多岐にわたり、全体的な見直しが必要だということだった。

 話を聞く限り、光の片鱗のようなものはつかめたとしても、今季中の明らかな改善は厳しいのではないか、と思われた。話を聞いているだけでもそう察せられるのだから、そのバイクを走らせているライダーはさらに大きな辛苦のなかで戦っているのだろう。

改善の糸口がつかめないまま送った前半戦

 こうした状況のなかで、中上はホンダのレギュラーライダーで唯一、前半戦の8戦に参戦し続けた。スプリントレースではスペインGP、決勝レースではアメリカズGPの転倒リタイアを除いて、完走している。シーズン前半戦のベストリザルトは、オランダGPの8位だ。

 苦況のなかで、どのようにモチベーションを維持してきたのか? と、オランダGPの決勝レース後に尋ねた。中上は、答えにくそうに少し、笑った。

「非常に難しいところですね。僕もやっぱり、この3連戦で悩むこともあったんです。状況がうまくいっていなくて結果も出ていない。でも次に向けて何かあるのか、というと、何もない状態で……。次のレースも、どんなに頑張ってもぎりぎりポイント獲得できるかできないか、という順位での戦いが見えているわけですから。そんななかで、モチベーションを保つのはすごく難しいところでもありました」

「ただ、自分のパフォーマンスを失っているわけじゃないし、自分はこの順位(を走るライダー)じゃない、ということも証明したいという思いもありました。だけど、リスクを負うと転倒して怪我をしてしまうんです。リスクがあまりにも高い状態でした。今でも難しいですね」

「なので、奮い立たせるというか。チームがあっての自分でもあるので、よりチームとのコミュニケーションをとったり、あまりネガティブなことだけを話さないようにしたり。細かなところではありますが、笑顔になるようなことをして、次に走るときに、『どうせだめだから』ってネガティブな状況にならないようにしました」

「こういう状況なので、モチベーションとして難しいところは、正直、あります。ただ、失ってはいない。後ろ下がりにはならないように、常に前向きにベストを尽くすよう、毎セッション走っています」

 答えには、中上の苦悩が詰まっていた。その言葉は、ポジティブとネガティブの間で揺れていた。シーズン前半戦を、中上はまさに振り子のような心中で送っていたのかもしれない。

オランダGPでは今季自己ベストリザルトの8位でゴールした

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