社説:ゲノム医療法 差別防止と発展、両輪で

 がんや難病を患う人のゲノム(全遺伝情報)を調べ、適切な診断や治療をするゲノム医療推進法が先の国会で成立した。

 ゲノム医療を後押しする基本計画策定を国に義務づけ、遺伝情報による差別への対応を求める。

 欧米では「遺伝情報の活用と差別防止は車の両輪」とされる。ようやく日本も国際標準に向けて一歩を踏み出したといえよう。ただ罰則規定がなく、実効性が課題になる。国と医療界は差別や偏見、不利益な扱いを生まない取り組みを急がねばならない。

 ヒトゲノムの解読完了から今年で20年。がんや希少疾患などに関わる遺伝子の働きが解明されつつある。遺伝情報から病名を割り出したり、個別の治療法を決めたりする手法が実用化されている。

 一方、ゲノム解析で得られたデータは究極の個人情報でもある。雇用や保険契約、妊娠などで用いられたり、他者に漏れたりすると「遺伝差別」を招きかねない。

 米国では2008年に遺伝情報差別禁止法が成立し、事業者の遺伝情報取得や保険加入制限を禁じた。欧州や韓国も同様の法を整える中、日本では与野党の超党派議員連盟が18年から検討を始めた。

 議員立法による推進法は「幅広い医療分野で世界最高水準のゲノム医療を実現する」とし、国の施策として差別対応のほか、生命倫理への配慮▽適切な情報管理▽国民理解への教育推進▽専門人材の育成や確保―などを求めた。

 東京大などの17年と22年の両調査で、約3%の人が遺伝差別を受けた経験があると答えた。保険加入の拒否や婚約の解消、勤務先での降格などが具体的に挙がった。こうした実態を国が把握し、何が遺伝差別に当たるのかを整理して明示することが欠かせない。

 病気のリスクを高めるゲノムの違いは、誰にでもあり得る。「遺伝差別は人ごとではない」との認識が国民に広く共有されるには、教育や普及活動が鍵になる。

 ゲノム医療で患者や家族が将来の病気リスクを知り、不安に陥る例も増えよう。相談体制も重要だ。

 がん患者の遺伝子検査で効果がありそうな薬を探すゲノム医療は一部が保険適用になっているが、推進法制定を受け、対象拡大を求める声が高まっている。京都大などの研究でも、早期の検査により、従来の約3倍のがん患者に有効な治療ができたという。

 難病の治療法探索や新薬開発なども含め、良質なゲノム医療の発展と普及への契機としたい。

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