キャンプ場のように人が行き交うなかで自分の表現を模索し、次の行き先を見つけるための拠点『Camp&Go』

道内屈指のパウダースノーを誇るニセコエリアの倶知安町に、アウトドア好きが集まるカフェがあります。コーヒーの聖地であるシアトルで、カフェごとにコミュニティが存在することに感銘を受けた峠ヶ孝高(とうげ よしたか)さんが、2009年にオープンさせた『SPROUT(スプラウト)』です。

そしてSPROUTのオープンから10年経った2019年、隣に新たな拠点『Camp&Go』がオープンしました。複数のショップとギャラリーが併設され、それぞれの区画はキャンプ場のように「サイト」と呼ばれています。そして、そこで活動している人の愛称は「キャンパー」。

たくさんの人が行き交い、影響したりされたり、ステップアップしたりしながら次の目的地へと旅立っていく。そのきっかけとなるこの場所が生まれた背景や、これからの思いを峠ヶさんに聞きました。

少しでもアラスカに近い環境で暮らしたいと思った。

関東で学生時代を過ごしていた20歳のころ、古本屋で見つけた星野道夫さんの『アラスカ光と風』がきっかけで、導かれるようにアラスカ旅に出た峠ヶさん。現地の自然の素晴らしさなどを体験したことで、徐々に北国の暮らしに憧れを抱くようになりました。少しでもアラスカと環境が似ている場所はどこだろう、と思い、たどり着いたのが北海道です。

アラスカを訪れた20歳当時の峠ヶさん

「親戚がスキー好きで、中学生のときにニセコに来たことがあったんです。まさか将来住むことになるとは思っていませんでしたが、“ニセコ”という名前だけはずっと頭にありました。アラスカから帰国したあとは、就職活動でいくつか会社の面接も受けたのですが、なんだかしっくりこなかったんですね。そんなとき、アウトドア雑誌を見ていたらNAC(Niseko Adventure Centre)が紹介されていて、ニセコに遊んで暮らしてる人たちがいる!と衝撃を受けたんです(笑)。それで、ここで働きたい…とニセコに興味を持ちはじめました」

NACとは、ラフティングやスキーツアーなど、ニセコの自然を余すところなく楽しめるアクティビティを提供するアドベンチャーセンター。峠ヶさんはニセコへの思いを深めつつも、大学卒業後は関東のアウトドアメーカーに就職し、カヤックのインストラクターやガイドの経験を積んで、24歳になってようやくニセコへの移住を叶えました。

NACで働きながら夏はカヤックのガイド、冬はスキー場のパトロールをしながら、トレイルランニングの楽しさも知った峠ヶさん。2年目のときに結婚し、5年間働いて退職した後は、奥様と一緒に今後の人生をどう過ごしていくか考えるために再びアメリカに渡ることになります。

シアトルのカフェコミュニティを、ニセコにも。

行き先は、シアトル、ポートランド、コロラド。特に、20歳のころに行ったアラスカで3日間だけ滞在したシアトルが強く印象に残っており、もう一度見たいという気持ちがありました。

「当時アラスカからシアトル経由で帰国する予定が、飛行機が1日遅れるというので、せっかくならと3日間滞在したんです。2000年ごろで、まだ日本にもシアトルのコーヒー文化が浸透していない時代でした。現地でコーヒーを飲んで、なんておいしいんだろうと感動したことを覚えています」

峠ヶさんが感動したのは、コーヒーの味だけではありません。とにかくカフェの数が多いこと。そして、カフェごとにコミュニティがあるという、日本とはまったく異なる文化に驚きました。

「たとえば映画館の近くには映画好きが集まるカフェがあり、大学の近くでは学生が音楽の話をしているカフェがある。日本でコーヒーを飲みに行ってもそんな光景を見たことがなかったので、それがすごく印象的でした」

ニセコにも、アウトドア好きな人が集まり、次のアクティビティの作戦会議ができるようなカフェができないだろうか。シアトルのカフェ文化にインスピレーションを与えられた峠ヶさんは、帰国後、倶知安駅前でちょうどいい規模の物件と出会います。こうして誕生したのが、SPROUTです。2009年12月15日のことでした。

オープン当時のSPROUT

これまでコーヒーを生業にしたことがなかった峠ヶさんでしたが、奥様が札幌の横井珈琲とつながりがあったことから、代表の横井さんから豆を仕入れ、コーヒーのことを一から教えてもらったといいます。

「最初の6年は、横井さんの豆を使用させていただいて、店で出していました。そのうちに自分でも焙煎からやってみたいという気持ちが強くなり、横井さんにも相談しながら徐々に焙煎を行うようになったんです。バックカントリースキーやトレイルランニングのような、自然を相手にするアクティビティと焙煎はとても似ているんですよ。山には急なところもあれば、緩やかなところもある。雪がふかふかな日もあれば、固い日もある。滑る日、走る日によって環境が異なる“自然”に、自分の歩調を合わせていくんです。コーヒーも、生豆の状態と気温や湿度を見て、どう火を入れていくか考えるところが似ていると感じます。僕はその、自然に合わせていく行為が好きなんですよね」

夫婦のお店は、やがて“みんなのお店”に。

シアトルのカフェコミュニティを理想として作られたSPROUTですが、オープンしてからはどのように育っていったのでしょうか。

「SPROUTの看板にも“OUTDOOR ESPRESSO”と書いているように、最初は夫婦でアウトドア好きが集まるカフェにしようという思いでオープンしました。しかし徐々にスタッフの数が増え、アウトドアにまったく興味がない人も働くようになったんですね。そのときに、なにも無理やり自分たちの型にはめることはないんじゃないか?と思ったんです」

気づけばスタッフのそれぞれが、自分のコミュニティを持っていることに気づいたといいます。たとえば音楽に造詣が深いスタッフが店頭に立つ日は音楽、スノーボードが好きなスタッフが店頭に立つ日はスノーボード仲間が集まり、日替わりでコミュニティが生まれるのです。

また峠ヶさんにお子さんが生まれてからは、近所のお母さんたちなどが集まるカフェとしても賑わいを見せています。

「最初は夫婦ふたりのお店だったのが、だんだんとみんなのお店になっていったという実感があります。僕がいままで触れてこなかった世界を、彼らによってたくさん見せてもらいました」

シアトルのカフェ文化をベースにしつつも、いい感じにニセコナイズされていったSPROUTという場所の変化を面白く見つめていましたが、峠ヶさんは同時に「個性豊かな人たちが、自分の持ち味を活かせる場所が少ない」とも感じていました。

そんななか、現SPROUTとつながっていたもう一棟の建物を、老朽化により取り壊すことに。物件購入時、この建物も峠ヶさんの所有となっていたことから「この場所で何かできないだろうか?」と考え始めます。

「単発のイベントやマルシェなどは簡単にできるけれど、継続的に何かを発信できる場所を作れたら、もっと面白いことができるんじゃないかって思ったんですよね」

SPROUTの右にあった建物は、老朽化により雪の重みで梁が折れたことがきっかけとなり更地に。新たな何かが始まりそうな空気

人が集まり、旅立ってゆく“Camp4”のような場所をつくる。

峠ヶさんがその敷地で行う新たな試みについてのイメージを、いろいろな人に向けて言語化していたとき、ふと、ある人の「それ、Camp4みたいじゃない?」という言葉にハッとしたといいます。

Camp4の風景

Camp4とは、ヨセミテ国立公園内にあるキャンプ場で、世界中からクライマーやハイカーが集まる聖地といわれる場所。先に滞在していた人がホストとなり、新規の人をゲストとしてもてなすという流れがあります。そしてホストが旅立つと、今度はゲストとして残った人がホストとなり、また次のゲストを迎え入れるのです。

峠ヶさんは実際にCamp4を体験し、「自分ができることで訪れた人をもてなし、もてなされた人もまた自分の得意なことで次に来た人をもてなす」という循環が、ニセコのカルチャーとよく似ていると感じたといいます。こうして、2019年に誕生したのが『Camp&Go』です。

Camp&GoはSPROUT を含めた6区画で構成され、ショップが滞在できる区画は3つ。それぞれの区画はキャンプ場のように「サイト」と呼ばれます。そして、そこで活動する人の愛称は「キャンパー」です。キャンプ場で出会った仲間のように、一緒に過ごす時間を共有してほしいという想いが込められています。

ショップには、ニセコの「アウトドア」と「ライフ」を融合させて独自のライフスタイルを作るキャンパーが集結。

最初はオーガニック食品と観葉植物のセレクトショップ『Pyram Organics & Plants(ピラム オーガニックス アンド プランツ)』、トレイルランニングシューズの販売と健康的な走りを提案する『STRIDE LAB NISEKO(ストライド ラボ ニセコ)』、自転車の修理やパーツ販売などを行う『水野自転車店』が入りました。

Pyram Organics & Plants
STRIDE LAB NISEKO

いろいろな人が集まっては旅立っていくCamp4のように、実際にこの場所で自分の活動にプラスになることに出会い、新たな場所へ旅立ったキャンパーもいます。

そして『WHITE WALL ROOM(ホワイトウォールルーム)』と呼ばれる白い空間は、ポップアップショップや作品展などを行うことのできるギャラリー。さらにSPROUTと新しい建物の間の奥にある屋外スペース『TUNNEL VIEW(トンネルビュー)』では、休日になるとマルシェなどのイベントも行われます。

人が行き交い、影響しあって、ニセコはもっと面白くなる。

WHITE WALL ROOMでは、これまでに多数の作家が展示を行ってきました。そのうち4名は、SPROUTの2階で寝泊まりしながら長期滞在し、作品制作を行うところから試みています。

「アーティストインレジデンスというほど立派な環境ではないので、“ホームステイアーティスト”という企画にしています。展示を終えた後は、それぞれの作品をひとつずつ、滞在していた部屋に飾っているんです」

彼らは制作・展示をしながら、峠ヶさんをはじめとするニセコエリアのローカルにも大きな影響を与えました。

WHITE WALL ROOM

「たとえば美術作家の佐々木愛さんからは、滞在中の会話を通してアート作品の見方を教えていただきました。ひとつの表現作品という視点で考えると、コーヒーにもその見方が応用できて面白いなと思いましたね。一方でシルクスクリーンアーティストのカザマナオミさんとは、ナオミさんの作品が飾られたこの空間で朝の5時から毎日一緒にヨガをやっていたんです(笑)。1年続けたら、体も心も大きく変わりました」

アート以外にも写真展や、服・アクセサリーの展示販売会、トークセッションやセミナーなど、さまざまな企画を実施。そしてこのスペースをきっかけに、ニセコエリアに定住したり、展覧会を見に来てくれた人とつながって新しく仕事を増やしたりした人も多いといいます。ローカルと影響し合って化学反応が生まれるのも、WHITE WALL ROOMの面白いところです。もちろん、ニセコの自然がキャンパーに与えてくれる影響も大きなものでしょう。

「Camp&Goでチャレンジして、自分の場所を持つ人が増えていけば、ニセコエリアはもっと面白くなるんじゃないかな」と峠ヶさん。そんな空気に誘われて、今日もまた個性豊かな人たちがふらりと訪れては、次の目的地を見つけて旅立っていきます。もちろん、コーヒーを片手に。

SPROUT

■住所:虻田郡倶知安町北1条西3丁目10
■電話番号:0136-55-5161
■営業時間:8:00~19:00
■定休日:木曜日

ライタープロフィール

仲野聡子

生まれも育ちも日本一人口の少ない鳥取県。高校卒業後に上京し、東京に20年ほど住んだのち、2017年8月に喜茂別町に家族と移住しました。羊蹄山麓の澄んだ空気や豪雪を楽しみ、日々人の温かさに触れています。

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