「そよ風」が来た 藤井風ジャカルタ公演レビュー

2023年7月7日に南ジャカルタ・コタカサブランカで開催された「Fujii Kaze and the piano Asia Tour」と題する藤井風ジャカルタ公演。アジアツアーをするほどの人気アーティストなのに、舞台に上がった藤井風はサンダル姿で、まるで「ふらっと歌いに来ました」とでもいう雰囲気。藤井風の音楽をデビュー前から聴いていた、+62のしるこがレポートします。(写真・しるこ、タシャ)

7日午後8時。一曲目の「Garden」の冒頭部分をハミングしながら、ステージに出て来た藤井風。ピアノを前にしたコミカルな動作に、笑いと歓声が起きた。そのまま気負った様子もなくピアノの前に座り、ピアノを弾いて歌い始め、一気に観客を引き込んだ。

バンドなし。声とピアノのみ。これは、彼の良さが最も引き出せるパフォーマンスだ。むしろ、これ以上、他には何も要らない、と感じる。ピアノ1台なのに、ピアノ1台とは思えない厚みがある。1つの壮大なミュージカルを聞いているようだ。

インドネシア人ファンは、一曲目からもう大合唱だ。ほとんどの観客が「全曲、歌詞を覚えていて、歌える」人たち。テンポの速い曲では日本人でもかなりの早口になるぐらいの歌詞を、そらで歌えるのにはびっくりした。日本語がわかるわけではなく「ライブ前に歌詞を覚えた」という人が多かったようで、大変な努力の跡がうかがえた。それも、ただ歌いっぱなしではなくて、「どこで声を出していいか」という呼吸もよくわかっている。

藤井風は、場所がジャカルタであっても、自分のスタイルで、自分の音楽をやるだけだ。そして、自分の言葉で話す。

MCは聞きやすい、自然な英語。そこに時々、絶妙なタイミングでインドネシア語を挟む。「Terima kasih」(ありがとう)といった、ありきたりな言葉だけではない。「Goks bangat」(ヤバっ)といったスラング、「Mau nyanyi sama saya?」(一緒に歌う?)、「Senangnya」(楽しいね)など。藤井風の軟らかい雰囲気に、「ニャ」音の多いインドネシア語がよく合っており、妙にはまった。

このMCの間中、インドネシア人の若い女性ファンたちは「カワイイ」「カワイイ」と、ざわざわ。ピアノを弾いて歌うミュージシャンとしての姿と、MCの時のギャップにやられるようだ。MCは「素な感じ」がして、「有名人のライブに来ている」という感じが、良い意味で、まったくしない

インドネシア人観客も同様に感じたようだ。特にインドネシア人が湧いたのは、「旅路」という歌で、藤井風が椅子の上に足を立てて座った時。インスタ・ライブではよくやっているスタイルなのだが、インドネシア人から笑いが起きた。「コンサートというより、自分の家で歌っているみたいな雰囲気だった」と、スラバヤから来たタシャさん。

タシャさんは2020年ごろ、Spotifyのお薦めで「さよならべいべ」が流れたのをきっかけに藤井風を聴き始め、好きになった。今回の公演のために、友達3人とスラバヤからジャカルタ入りした。公演チケットは、友達が仕事を休んで「チケット戦争」に挑み、購入してくれた。チケット代160万ルピアは、かなりな高額だが、「藤井風なら、大丈夫」と言う。公演の後、「楽しかった。満足」とうれしそうだった。

日本語ができるタシャさんに「どんな風が吹いたと思う?」と聞くと、「優しい風だった」。確かに、「突風」「旋風」と言うより、風量としては意外に、「そよ風」。大きな存在感を発する反面、日常と変わらず、普通で、そのまんま。こうした種類のエネルギーを持つアーティストは、あまりいないのではないか。この不思議なギャップが彼の魅力だ。あっという間の1時間半だった。

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