トム・クルーズ主演の構想があった!?『フォードvsフェラーリ』名プロデューサーが明かす制作秘話と映画史に刻んだ功績【前編】

『フォードvsフェラーリ』© 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

2019年(日本は2020年)に公開され、アカデミー賞で作品賞など4部門にノミネート。そのうち編集賞と音響編集賞で受賞を果たした『フォードvsフェラーリ』は、タイトルにある2社がカーレースの世界で覇権を争うドラマ。絶対的な王者のフェラーリに対し、フォードに雇われた元レースドライバーのカーデザイナー、シェルビー(マット・デイモン)が、一流の現役ドライバーのマイルズ(クリスチャン・ベール)の協力を得て大逆転を狙う。改めて観ても、主人公2人の飽くなきチャレンジ精神、一筋縄ではいかないヒーロー像に、ハリウッド作品らしい感動を受け止めることができる。

この『フォードvsフェラーリ』のプロデューサーの一人、ジェンノ・トッピングは、1990年代後半から『ドクター・ドリトル』(1998年)、『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)、『猿の惑星:新世紀』(2014年)など多くのヒット作に携わり、『フォードvsフェラーリ』以外にも『ドリーム』(2016年)をアカデミー賞作品賞候補に導いた。そんなジェンノに、『フォードvsフェラーリ』製作の秘話から、現在のハリウッドの状況、今後の作品まで話を聞いていこう。

「私のキャリアでも最高の経験」

『フォードvsフェラーリ』の映画化の動きが始まった当時をジェンノに振り返ってもらうと、あのビッグネームが候補に挙がっていたことを教えてくれた。

当初、20世紀フォックスの下で本作のプロジェクトが始まったとき、監督はジョセフ・コシンスキー(『トップガン マーヴェリック』ほか)、主演はトム・クルーズという構想が浮上しました。その組み合わせが残念ながら頓挫した頃、私はジェームズ・マンゴールドと話す機会が何度かあり、彼に何がやりたいかと尋ねたら『フォードvsフェラーリ』だと答えたんです。

ジム(ジェームズ)は、クリスチャン・ベールのケガ(『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の撮影前にトランポリンで遊んでいてヒザを負傷していた)によって新作が中止となっていました。そこで私たちは、イギリスに住む脚本家のジェズ&ジョン=ヘンリーのバターワーズ兄弟とともに話し合いを積み重ね、満足のいくドラフトを完成させました。

ジムも私もクリスチャン・ベールとは長年の知り合いで、マット・デイモンもちょうど私の夫(やはりプロデューサー)と仕事をしたばかりで、その2人に声をかけたところ、即答で出演を引き受けてくれたのは幸運でしたね。そして2018年に撮影がスタートしたのです。

しかし、ここで大きな問題が持ち上がる。フォックスがウォルト・ディズニー・スタジオに買収されるという、ハリウッド全体の勢力地図を変える事態が起こったのだ。この買収は2019年3月に正式成立。『フォードvsフェラーリ』が完成に向けて進んでいた時期だった。

この買収で感じたのは「今後、このようなドラマを作る機会はなくなるかもしれない。誰が製作費を払うのだろう」という不安でした。ディズニーの今後の方針がわからなかったからで、こういった大規模な合併は人々を混乱させます。

『フォードvsフェラーリ』の現場でも「このまま撮影を続けていいのか?」という空気が流れましたが、私たちは予定どおり進める決意をしました。結果的に、最高のスタッフやキャストと仕事をすることができ、撮影の日々はもちろん、フェラーリとのミーティングのためのヨーロッパ出張など、私のキャリアでも最高の経験になったと感じています。

「祖父母が孫を連れて観に行きたくなる作品になった」

困難も経て完成した『フォードvsフェラーリ』は先述のとおり、アカデミー賞にも絡む傑作となる。こうした流れは、どの程度、予想していたのだろうか。

多くのプロデューサーは、その経験から“迷信”に囚われています。最悪の経験が傑作を生み出すことがある一方、最高の経験が駄作に至る……というものです。『フォードvsフェラーリ』では製作のプロセスを心から楽しみましたし、編集をチェックしながら自分たちの方向性が正しいと実感していました。ただ興行的には難しいという予感もあったのです。

この重厚で長いドラマを観たい人は限られているだろうと予想したところ、あれほど多くの共感を集めたことは、ちょっと私でも理解が追いつきませんでした。これは『ドリーム』や『グレイテスト・ショーマン』(2017年)での経験と似ていました。これら3作には、最終的に家族向けになったという共通点があります。つまり祖父母が孫を連れて観に行きたくなる作品になったのです。そして誰もが『フォードvsフェラーリ』のスポーツ映画としての側面に夢中になりました。

各世代でその夢中になるレベルも異なっていたり、とにかくプロデューサーとしても予期しなかった喜びが得られたので、これも私にとっての“迷信”と言えるでしょう(笑)。

「マンゴールド監督は“ヒーローになりたがらない主人公”に焦点を当てる」

その成功の要因のひとつに、ジェームズ・マンゴールド監督の「映画への愛と、映画に関する百科事典のような知識」があると分析するジェンノ。マンゴールドは、2023年に『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』を撮るなど、今や“ハリウッドの職人”というスタンスにいる。プロデューサーの目から、どんな才能があると感じているのか。

ジムは、いい意味で一貫性のある監督です。通常、すぐれた監督は異なるジャンルで、それぞれのテーマを追求しますが、彼がつねに焦点を当てたがるのが「ヒーローになりたがらない主人公」なんです。

『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)のジョニー・キャッシュや、『3時10分、決断のとき』(2007年)の主人公2人など、自分の墓に向かって歩くようなキャラクターを愛しています。法律に反したとしても自らのモラルを持ち、時としてそのモラルは倫理的で正しかったりする。そんなキャラクターですね。

『フォードvsフェラーリ』でも2人の主人公には職人の気質が漂い、尊く価値のある取り組みにロマンチズムが溢れています。コンピュータもなく、大掛かりなテクノロジーとも無縁の時代に、車の製造や運転のテクニックには“職人技”が生きていました。そんな時代の控えめなヒーロー像の勇気や知性をリアリズムで描いたことが、彼の才能だと感じています。

「新たな才能を見出すことで、現場全体のレベルが引き上がる」

ではプロデューサーの立場から、ジェンノは『フォードvsフェラーリ』にどんな功績を残したのだろう。そこを問うと、彼女はこんなエピソードを話してくれた。

NYのロングアイランドに住む友人の家族に、若い黒人女性がいて、彼女は撮影監督になる夢を持っていました。経済的な余裕がなく、ロサンゼルスにも知り合いがいなかったのですが、あるとき私は彼女の撮ったものを観る機会があり、その才能にびっくりしたのです。これは絶対に仕事を任せるべきだと感じ、『フォードvsフェラーリ』の撮影監督であるフェドン・パパマイケルに彼女を推薦しました。フェドンは非常に頑固な性格で、最初は私の申し出に不機嫌になったものの、彼女にすっかり夢中になり、今では彼女ナシでは仕事ができないほどになりました。

これは実に些細なエピソードです。別に映画で世界を変えたわけではありません。それでも新たな才能を見出すことで、現場全体のレベルが引き上がるわけで、チャンスのない人に機会を与えることがプロデューサーの義務であり、仕事であると実感できたのは事実です。

プロデューサーとして物語のどんな点に着目するのか。『フォードvsフェラーリ』を例に挙げると、ちょっと意外な見方もあるという答えがジェンノから返ってきた。

何よりも優先されるのが、キャラクターですね。思いがけないヒーロー、あるいはヒロイズムこそ、題材選びの大きなポイントとなります。

『フォードvsフェラーリ』は、二人の男性のラブストーリーだと受け止めました。もちろんプラトニックな関係ですが、このラブストーリーは車のボンネットの下を覗く以上に、私の興味をそそったのです。ジョークではありませんよ。こうした思わぬ感動が、映画にとって重要なのです。

取材・文:斉藤博昭

『フォードvsフェラーリ』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「YKK AP ムービープラス・プレミア」「特集:最速カーアクション!」で2023年7月放送

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