高収入、年齢制限なし、男女混合…。人気ボートレーサー・守屋美穂に聞く“水上の格闘技”の魅力とは?

ボートレーサー養成所への入所は20〜30倍といわれる難関だ。だが、厳しい訓練を経てデビューした現役ボートレーサーの平均年収は1800万円で、最も下のカテゴリーでも500万円といわれる。また、50代、60代まで活躍する選手も少なくない。近年は女子レースの人気が高まり、活躍の場が広がっているという。レディースオールスターで2年連続獲得投票数1位に輝いたトップレーサー・守屋美穂に、女子ボートレース界の現在地について聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=日本モーターボート競走会)

※前編はこちら

ボートレースは、全国で365日、レースが行われている。水上での時速は80kmに達し、スタートやコーナーの駆け引きなど、1秒以内の熾烈な争いは見応え十分だ。

しかも、男女が同じ舞台で戦うことができる数少ない“ジェンダーレス”な競技でもある。

2022年3月には、SG第57回ボートレースクラシックで、遠藤エミが女子レーサー初のSG制覇を成し遂げた。レーサーの数は、男女合わせて1600人ほど。うち、女子は250人ほどといわれるが、実力派選手の台頭や、女子レース人気の高まりとともに増加傾向にあるという。

デビュー16年目を迎えた守屋美穂は、「女子選手が増えることで、全体的にレベルアップしてお客さんに楽しんでもらいたい」と言う。ボートレースの魅力や、女子人気の背景、水上の駆け引きのリアルとは――。

「他にはなかなかない」男女が同じレースで戦える競技

――守屋選手はデビューから16年目になりますが、ボートレースの魅力はどんなところだと思いますか?

守屋:迫力のあるスピード感が一番の魅力だと思います。地元でお祭りの模擬レースをやったりするんですが、それを客観的にお客さん側から生で見ると、かっこいい!って思うんですよ。

それから、男女が一緒に競い合える競技って他にはなかなかないと思います。体の使い方だったり動体視力だったり、男子選手に劣ることもたくさんある中で、同じレースでは体重の5kgのハンデをいただいています。それでも勝つことは簡単なことではないですが、競り勝てた時はうれしいですし、その迫力をぜひ、本場に来て体感していただきたいですね。

――今は女子レースの人気が高まっているそうですが、その背景を考えると、どんなことが思い当たりますか?

守屋:女子選手全体のレベルも上がってきていて、男子選手とも対等に戦える選手が増えていることが一つの理由だと思います。実際、昨年3月のSG第57回ボートレースクラシックで、遠藤エミ選手が女子レーサーとして初めて優勝しことも、大きな要因だと思います。

あとは、女子ボートレーサーの写真集なども発売されているので、ボートレースに対するイメージが以前とは変わってきているのかなと。そういうプロモーションの面でも、「レースを見に行ってみようかな」という気持ちになるような雰囲気作りができているのかなと思います。

大事にしているのは気象に合わせたプロペラの準備

――水面を走っている時は時速80kmまで上がるそうですが、お客さんの声援は聞こえるのですか?

守屋:スタートする前にゆっくりスタートラインに向かうまではお客さんの歓声も聞こえるのですが、スピードに乗ってしまうと、エンジンの音で何も聞こえなくなります。

――転覆のリスクや、風、気圧や潮の流れなど、レースを左右する条件はたくさんあると思いますが、レースの時に、一番調整に力を入れるところはどんなことですか?

守屋:その日の気象状況にしっかりプロペラを合わせられた時は安心してレースができるので、その準備を一番大事にしています。体で感じたことをプロペラに反映させないといけないのですが、それが正解かどうかは乗ってみないとわからないので。

私の場合は、それがすぐにわからないので、乗ってたたいて(*)、という作業を繰り返すので時間がかかるのですが、そこがうまくいくと、思い切ってチャレンジできるし、いいレースができることが多いですね。ただ、乗っている時は今でも緊張しますし、怖いと思うことがありますよ。

(*)モーター、プロペラなどの装備部品はボートレース場で抽選で割り当てられ、各自が調整を行いレースで使用する。プロペラはハンマーでたたいて調整するため、レース技術に加えて、その調整の腕も結果に反映される。

――経験のある選手でも緊張するんですね。本番では、駆け引きを楽しむことはできているのですか?

守屋:エンジンをかけるまではドキドキしているんですけど、エンジンをかけて、いざ水面に出てしまえばある程度は冷静になれます。ただ、私の場合はレース中もいっぱいいっぱいになってしまうことが多くて。走り出す前はスタートのことを考えていたり、「1マークはこういうハンドルの切り方をしよう」などとイメージしているのですが、道中、競っている中では「次のターンはどうしよう」とか、「次はどうすればいいんだろう?」とソワソワしてしまって、駆け引きを楽しむところまではいけていないですね。

その中でも、昨年のレディースオールスターでは、1年間やってきた失敗を最後は絶対にしない、と強く思って臨んだことが結果につながったかなと思います。

――ボートレーサーとして、一番楽しいと感じるのはどんな時ですか?

守屋:うーん……思ったことないかな(笑)。いいレース、いいターンができた時は、「ボートってやっぱり楽しい」って思いますが、まだSGのタイトルをとっていないので。それが目標です。

高収入で、現役選手の年齢に制限はない

――獲得賞金額や評価などもすべてオープンになっていますが、「頑張ったらこんなに稼げるんだ」ということも、競技人口増加への一つのモチベーションになりますよね。

守屋:そうですね。私自身は、ボートレーサー全体で見ても、上の方にいないので、いち庶民として、賞金金額は客観的に数字として見ていますが、ボートレーサーになってなければ今の生活はできていないと思います。生活レベルがすごく高いわけではないですが、ちょっとした贅沢、「たとえばパン屋さんでおいしいパンを買おう」とか、そういう小さな幸せを味わうために賞金を使っています。ただ、やっぱりお金よりも、タイトルという名誉が欲しいなと思いますね。

――ボートレースは選手の年齢層が10代から70代までと幅広いですよね。ご自身の先のキャリアについても考えたりしますか?

守屋:たしかに、現役の年齢には制限がないのはボートレースの魅力だと思います。岡山の女子選手の先輩で、50歳を超えた選手が、まだまだ現役で長く活躍してくれそうで、そうやって向上心を持って仕事に臨んでいる姿勢を見て、「私ももっと頑張らなきゃな」と励まされます。自分が何歳まで続けるのか、年齢的なことはその時になってみないとわからないのですが、「今やるべきことをコツコツやっていこう」と思っています。

――守屋選手のように出産を経て戦っている選手もいますし、起業したり社会活動にも積極的で才色兼備な選手が多い印象があります。

守屋:たしかにそうかもしれません。私は仕事のことと家のことでいっぱいいっぱいになってしまっているのですが(苦笑)。

オープンな関係が築かれた世界

――ボートレースは個人競技ですが、師弟関係を築いている選手も多いですよね。女子レーサー同士の先輩・後輩関係もオープンなんですか?

守屋:そうですね。水面に出ればフラットな関係でライバルとして戦いますが、丘に上がれば、先輩でも後輩でも、聞いたらなんでも教えてくれますし、私もその時にわかることならすべて伝えています。そうやって、お互いに高め合える信頼関係が築かれているのも、ボートレースの魅力かなと思います。

――守屋選手は今後のキャリアや、競技の発展についてはどんなイメージを描いていますか?

守屋:身近にいる岡山の同支部の先輩たちが強いので、その先輩たちみたいに、お客さんからも頼りにされて信頼されて、選手の中でも尊敬されて信頼されるような選手になりたいですし、人としても素敵な女性になりたいなと思っています。今後はさらに女子選手が増えて、全体的にもっと競技がレベルアップしてお客さんに楽しんでもらえるような環境づくりができればいいなと思っていますし、私自身もそのためにできることをしていきたいと思います。

<了>

【前編はこちら】ウエイトリフティング王者から、トップボートレーサーへ。「ボートレース界の怪力美人レーサー」守屋美穂の現在地

激動のバスケキャリアの果てに、長岡萌映子が選んだ“自分の生き方”。「私たちはアスリートである以前に一人の人間」

「トイレの汚さだけは慣れないけど…」アルゼンチンで一人奮闘、苦悩も充実の日々。日本人初プロサッカー選手・江頭一花

バスケ73%、サッカー36%、ハンドボール82%…。なぜ女子競技人口は18歳で激減するのか?

なぜアメリカ大学女子サッカーに1万人集まるのか? 全米制覇経験・岩井蘭が指摘する日本の問題点

[PROFILE]
守屋美穂(もりや・みほ)
1989年1月20日生まれ、岡山県出身。ボートレーサー。2006年の全国高等学校女子ウエイトリフティング競技選手権大会で優勝。父の勧めでボートレースの世界に入り、2007年11月にデビュー。兄はボートレーサーの守屋大地。「ボートレース界の怪力美人レーサー」の愛称を持つ。

© 株式会社 REAL SPORTS