ハイジとクララが投獄? ペーターは闇チーズ取引! スイス愛あふれる18禁バイオレンス『マッド・ハイジ』 監督インタビュー

『マッド・ハイジ』©︎SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

チーズ愛あふれる「スイスプロイテーション」

ヨハンナ・シュピリの「アルプスの少女ハイジ」が1880年に初めて出版された時、多くの人が「子供と子供を愛する人のための本」と評した。ハイジとアルムおんじ、そしてペーターやクララの物語は、5,000万部以上を売り上げ、スイス文学と児童文学の両方でベストセラーとなった。

映画『マッド・ハイジ』は一見、「アルプスの少女ハイジ」をイジり倒したコメディに見えるが、そうではない。しっかりと原作の“陰”を踏まえ、スイス愛を全面に押し出した“スイスプロイテーション”(スイス搾取)映画なのである。

スイスプロイテーションってなんだよ!? という話だけど、本作の予告編を見てもらった方が早いだろう。

ハルバード(槍斧)を手にしたハイジが兵士をなぎ倒し、男がアツアツのチーズフォンデュをぶっかけられる拷問を受け、トブラローネチョコが頭に突き刺さる! つまり、スイス発祥の文化や品々を大活用した、エクスプロイテーション・ムービーということなのだ(ハルバードもスイス発祥の武器である)。

「アルプスの少女ハイジ」リスペクト満載

登場人物たちの設定は「アルプスの少女ハイジ」とほぼ変わりない。しかし、世界が違う。『マッド・ハイジ』の舞台は当然スイスだが、チーズ製造会社のワンマン社長にしてスイス大統領・マイリに牛耳られたディストピアと化している。チーズはマイリの会社により独占され、自由な取引は禁止。さらに乳製品を口にできない乳糖不耐症者は非国民として扱われるのだ! ヒドイ!

しかし、そんなディストピアとは無関係といわんばかりに、ハイジは原作通りに山の上でノホホンと暮らしている。だが、恋人の山羊飼いペーターが闇チーズ取引に手を出し、見せしめにハイジの眼前で処刑されてしまう。さらに、唯一の身内であるアルムおんじもマイリの手下に山小屋ごと包囲されて爆殺。ハイジ自身も関係者として投獄されてしまう。刑務所ではロットワイヤー(ロッテンマイヤーのパロディと思われる)によるシゴキが待っていた。はたしてハイジは、同じく投獄されたクララとともに刑務所を脱出し、復讐を遂げることができるのか?

ん? ”どこが「アルプスの少女ハイジ」と同じなんだ!”って?

いやいや、だってハイジのピュアさは言わずもがな、ペーターの山羊乳を直飲みするヤバさがそのまま闇チーズ売りに発展したと言えるのではないか? それに、ハイジはゼーゼマン家(刑務所)に強制収監、執事のロッテンマイヤーにシバかれて鬱病になるし、完璧に原作リスペクトじゃないですか!!

唯一、違うのはオリジナルキャラのマイリ。彼を演じたキャスパー・ヴァン・ディーンは、自身の代表作『スターシップ・トゥルーパーズ』(1998年)の主人公リコのマッチョイズムをそのまま体現。妙に訛った英語で恐怖政治を敷く様はインパクト大だ!

さて、観客を血と混乱と笑いの渦に叩き込む『マッド・ハイジ』は、どのようにして作られたのか? 監督のヨハネス・ハートマンと、サンドロ・クロプシュタインのお二人にお話を伺った。

「スイス映画のあり方を変えたかったんだ」

―『マッド・ハイジ』は世界観がしっかりとしていますね! その一方で(いい意味で)お下品でゴアな作風でした。

ヨハネス:まず、予算繰りに本当に苦労したんだ。知っての通り、映画作りにはお金がかかる。ヨーロッパではハリウッドみたいにシステマチックな映画作りが浸透していない国が多いんだ。スイスもそう。だから国の助成金がないと“ちゃんとした映画”を作るのは難しいんだよ。

―『マッド・ハイジ』のような作品は、助成金をもらえないとか?

ヨハネス:そうなんだ! シリアスなドラマと比べると『マッド・ハイジ』のようなユーロトラッシュは弱いよね。そこでクラウドファンディングも活用して300万スイスフラン(約5億円弱、うち半分以上がクラウドファンディング)の予算を獲得できた。ただスケジュールは厳しくて、30日しか時間がなくてね。それでも、なんとか完成にこぎ着けたんだ。

サンドロ:ファンやスタッフ、キャストには感謝しかないよ!

―予算確保のコツはなんだったのでしょうか?

ヨハネス:それはジャンル映画だからさ!(笑)。ユーロトラッシュには昔から熱心なファンがいるからね。グッズやブルーレイの需要もある。彼らは本当に物理メディアに目がないよね、僕もだけど!(※彼の背後の棚には大量のソフトが並んでいた)

あとはやっぱり“ハイジ”だよね。ティーザーは凄くウケがよかった。そう考えると、もし題材がハイジじゃなかったら、こんなにうまくいかなかったんじゃないかなあ。

―題材にハイジを選んだのは、先の助成金を得るには“シリアスな映画”である必要があることに対しての、アンチテーゼだったのでしょうか?

ヨハネス:それはもちろんあるよ! スイス映画のあり方を変えたかったんだ。助成金を審査する機関にも『マッド・ハイジ』のような映画だって“あり”なんだ! と示したい気持ちもあったね。

スイスの好きなところは?「電車が全然遅れない」「みんな待ち合わせ時間を守る」

―数年前にティーザー動画を拝見したときは、アメリカ映画かと思っていまして……。

ヨハネス:(笑)。意外に思われるかもしれないけど、スイス人は諦めるのが早いんだ。「どうせ無理だよ」みたいな。そこで、我々が率先して古い体質を打ち破ることで、クリエイティブなことができる若手を勇気づけたかったんだ。

―手応えはどうですか?

ヨハネス:そうだね、さっきも言ったけど、ファンの力が強いと感じたよ。ティーザー公開直後から、ソーシャルメディアで応援してくれる仲間がたくさんできたし、我々もファンベースを作っていったんだ。背中を押してくれる人が沢山いたのは本当に助かった。もちろん、プレッシャーもあったけどね。これで映画を完成させることができなかったら、ファンに殺される! って(笑)。

―プレッシャーのせいか、スイス名物イジりがぶっ飛んでいます。とはいえ、美しい風景が登場したりとスイス愛も感じますが、監督はスイスがお好きですか?

サンドロ:そりゃあ好きなところは沢山あるよ。でも………退屈な話だけどいい?(笑)

―いいですよ!(笑)

サンドロ:電車が全然遅れないんだ!(笑)。メチャクチャ正確。あと、街がとにかく綺麗だよね。だから映画を製作する上で、余計なことに邪魔されずに済む。だけど、クリエイティブではないと思っていて。そこを『マッド・ハイジ』では逆手にとっているんだ。

ヨハネス:あと、みんな待ち合わせ時間を守るんだよね。ちょっとでも遅れたら即メッセージを送らないと、めちゃくちゃ怒られる(笑)。

―(通訳さんと声をそろえて)日本人みたいですね(笑)。

「『スターシップ・トゥルーパーズ』にオマージュを捧げているよ」

―さて、映画の話に戻りましょう。キャストで目を引くのはキャスパー・ヴァン・ディーンです。彼はバキバキのアメリカ俳優ですが、抜擢の理由は?

ヨハネス:キャスティングはイギリス在住のスタッフに頼んだんだ。僕たちのオーダーは「アメリカ人で名前が売れていて、だけど今の僕たちでも雇える。つまり昔、活躍した役者。ただしイケメンに限る」だった(笑)。ほぼ名指しみたいなものだよね。そこで提案されたのがキャスパーだったというわけさ。

彼の代表作『スターシップ・トゥルーパーズ』も大好きな映画だったし、彼におバカな悪役をやらせたら最高だろうなと。キャスパーも脚本をすぐに気に入ってくれて、二つ返事でOKだった。映画のデキにも満足してくれていて、今でも熱心に宣伝してくれてるよ。

―『スターシップ・トゥルーパーズ』の話が出たので伺います。劇中の“密告CM”シーンで、キャラクターたちが口にする「私はやるべきことをやっている(I’m doing my part)」は、『スターシップ・トゥルーパーズ』のオマージュですか?

サンドロ:うん(笑)。それに『スターシップ・トゥルーパーズ』は軍事政権や、弱者を咎める独裁政権を批判する映画だよね? その部分でも『マッド・ハイジ』はオマージュを捧げているよ。

「I’m doing my part」だけど、実はキャスティングが決定する前から台詞としてあったので偶然なんだ。でも、そう考えるとキャスパーが大統領役に選ばれたのは運命だったんだろうね(笑)。

―ハイジ役のアリス・ルーシーさんやクララ役のアルマル・G・佐藤さんは、出演にあたって特別な訓練はされましたか?

ヨハネス:もちろん。でも、クランクイン前に2週間しか時間がとれなかった。ハリウッドなら数ヶ月はかけられるんだけど、僕たちはそうはいかないからね。だから格闘技の訓練ではなく、あくまで振り付けを覚えてもらう形になった。撮影中、ずっと覚えなければならないから、彼女たちは大変だったと思う。

サンドロ:僕たちにとってもチャレンジだった。でも「できるんだ!」と撮影を通して思ったよ。彼女たちは本当に、僕たちの誇りだよ!!

―最後に一つだけ、確認です。ヨーゼフは無事ですか?

ヨハネス&サンドロ:(笑)。ヨーゼフ役の犬はもちろん無事だけど……映画ではどうかな!?

『マッド・ハイジ』は2023年7月14日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサほか全国公開

© ディスカバリー・ジャパン株式会社