ラーム・チャラン『ランガスタラム』&NTR Jr.『アラヴィンダとヴィーラ』 深化するテルグ語映画を『RRR』コンビの主演作から知る

『ランガスタラム』©Mythri Movie Makers『アラヴィンダとヴィーラ』

2023年も折り返し地点を過ぎましたが、インド映画関連のニュースは途切れることがありません。7月のテルグ語映画の注目は、『ランガスタラム』の劇場公開と、『アラヴィンダとヴィーラ』のCS映画専門チャンネル ムービープラスでの放映です。

この2作品、それぞれが『RRR』主演コンビのラーム・チャランNTR Jr.の主演作で、どちらも2018年公開、そして同年のテルグ語映画の興収ランキングの第1位と第3位というヒット作です。そしてまた、スクマール監督とトリヴィクラム・シュリーニヴァース監督という、50歳手前(両作公開時点)の円熟期の中堅監督による、深みのある作品です。

田園を舞台にした社会派娯楽映画『ランガスタラム』

ラーム・チャラン主演の『ランガスタラム』は、1980年代のゴーダーヴァリ川沿岸地方が舞台。ずっと見ていたくなる呑気な村の日常と楽しいソング&ダンスが繰り広げられますが、ラーム・チャラン演じる村の若者チッティ・バーブが、大好きな兄とともに村人の借金問題に関わることにより、村の政治の暗部や差別の構造と向き合うことになるという、スリラー要素もある骨太なドラマです。

本作でラーム・チャランが演じるチッティ・バーブというキャラクターは、難聴という障碍を持ち、教育も充分に受けていません。悪党相手の肉弾戦になると滅法強いという以外は、テルグ語娯楽映画にありがちな全能の主人公という属性はありません。その短気と頑なさ、そして無学によって大きな代償を払うことになるのですが、そうした条件下で全力で生きる姿が見る者の心を打ちます。

ファクショニズムと正面から向き合う『アラヴィンダとヴィーラ』

『アラヴィンダとヴィーラ』は、以前『あなたがいてこそ』(2010年)を紹介した際にも触れた、アーンドラ・プラデーシュ州(以下、AP州)内陸部ラーヤラシーマ地方の特異なファクショニズムを正面から扱ったシリアスな一作です。同作とファクショニズムの関係については、以前別のところでも書いています。

本作でのNTR Jr.もまた、無体な攻撃に対して驚異の身体能力を発揮して刺客を返り討ちにするアクションを披露しますが、ストーリーは悪者を成敗して返り血を浴び仁王立ち、という予定調和の大団円とは少し違う展開をします。

ラーヤラシーマ地方のファクション抗争ものは、主演俳優のヒロイズムやマスキュリニティを屹立させ、また過激な流血アクションを楽しみたいタイプの観客に満足を与える、売れ筋のサブジャンルでした。しかし本作は、ヒロイズム礼賛を否定まではしないものの一定の留保をかけ、ファクション抗争を終わらせるための道筋を、主に女性たちとの対話によって模索するのです。

テルグ語映画の転換点となった運命の2014年

こうした非定型的な造りは、1990年代あたりからゆっくり時間をかけて完成された、テルグ語のトップヒーロー主演の<マサラ・アクション>に変化が訪れたことを示しているように思われます。王道娯楽映画の各種の約束ごとを仕分けして、どうしても欠かせないソング・ダンス、コメディとアクションを活かしたまま、時代の変化と折り合いを付けようとするかのようです。

逆に言うと、「ヒーローは強くあらねばならない」というお約束は、『ランガスタラム』のリアルな農村世界の描写、『アラヴィンダとヴィーラ』のプログレッシブな問題意識、それぞれとどうしても共存しなければならず、両作の映像作家がかなり知恵を絞り、工夫を凝らした跡がうかがえます。

新しい時代の到来、模索するテルグ語映画

上に述べたような変化、あるいは変化を求める指向性はどこから来たのかと言えば、やはり2014年のテルグ語州の分裂にあると筆者は考えます。植民地時代に英国直轄下だったマドラス管区のテルグ語地域と、ハイダラーバード藩王国のテルグ語地域が一つにまとまってAP州が成立したのが1956年。しかし、旧ハイダラーバード藩王国領だったテランガーナ地方には、この政治的な一本化を喜ばない人々が多く、不満は50年以上にわたってくすぶる政治運動となり、デリーの中央政界の力学とも複雑に絡み合い、2014年の分州が起きたのです。

新生テランガーナ州と縮小したAP州とは仲の悪い隣人同士となり、テランガーナ州のハイダラーバードを本拠地としながらも、ルーツはAP州沿海地方にあるテルグ語映画人(テランガーナ地域にルーツのある映画人は極めて限られています)は、「誰に向かって映画を作ればいいのか」という問題に直面することになったのです。

図体が大きく、途方もなく豊かな映画界なので、一夜にして全てが引っくり返ることはありませんでしたが、この問題意識は心ある映画人たちの間に根を下ろし、さまざまな試みがなされるようになってきました。単にスカッとする勧善懲悪以上の、同時代の社会に有用なメッセージをストーリーに盛り込もうとする傾向が生じたのです。

ラーム・チャランとNTR Jr.の2000年代の主演作、たとえば『マガディーラ 勇者転生』(2009年)、『ヤマドンガ』(2007年)の曇りのない朗らかな世界と比べると、テルグ語映画が新しい時代の中で模索していることが分かるでしょう。

文:安宅直子

『ランガスタラム』は2023年7月14日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

『アラヴィンダとヴィーラ』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「ハマる!インド映画」で2023年7~8月放送

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