菊地凛子さん主演、上海国際映画祭3冠「658km、陽子の旅」 ラストシーンは青森・弘前市で撮影

「658km、陽子の旅」の作中場面(©2022「658km、陽子の旅」製作委員会)
上海国際映画祭でトロフィーを手にする熊切和嘉監督(「658km、陽子の旅」製作委員会提供)

 6月の第25回上海国際映画祭で最優秀作品賞など3冠に輝いた映画「658km、陽子の旅」。菊地凛子さん演じる主人公の故郷として舞台の一つとなった青森県弘前市では、ラストシーンの撮影も行われた。28日からの全国公開を控え、東奥日報の取材に応じた熊切和嘉監督は「弘前では奇跡のようなタイミングで重要な場面を撮影できた。一見厳しい北国の風雪は、主人公に温かさ、懐かしさを感じさせる光景でもあることを、青森県の皆さんに実感してもらえたらうれしい」と語った。

 映画は、東京で孤立した生活を送る42歳の陽子が、嫌っていた父の訃報を受け弘前市の実家を目指す物語。過酷な仕打ちに次々見舞われる陽子が、ヒッチハイクで出会う人々との交流を通じ、変わっていく2日間を繊細に描く。

 陽子が自分の足で実家を目指すクライマックスのシーンは2021年12月、弘前市内数カ所で撮影。北海道出身で自身も雪への思い入れが強いという熊切監督は「脚本を読んだ時から最後は雪景色-と思っていたが、弘前での撮影は2日間。天候を待てる状況ではなかった」とした上で「2日目の朝、ラストシーン撮影中に曇天から雪が舞い始めた。もちろんうれしかったが、はしゃぐと“映画の神様”に嫌われる(機を逸する)と思い、そのまま祈るように大切に撮った」と振り返る。陽子が弘南鉄道の踏切を渡る際に響く警報音も「全くの偶然。鳥肌が立つようなタイミングだった」と幸運に後押しされたことを明かした。

 熊切監督にとっては、今作の撮影準備で初めて訪れた弘前市。弘前を目指す設定は室井孝介さんのオリジナル脚本から決まっていたが、「構想のため最初に弘前を訪れた日、トタン屋根の街並みの奥に岩木山と薄暮の空が続く光景に圧倒された」といい、「弘前の人はこの景色を見て育っているという実感」が、作中の岩木山が映る場面につながったという。

 約20年ぶりの菊地さんとのタッグで国際的評価を得た今作について「一見、地味な作品だが、撮影中から一つ一つのカットに心が動き、その感覚を現場みんなが共有できた。そういう仕事は作品に表れる、伝わるんだなと思う経験をさせてもらった」と充実した撮影を振り返った。

 陽子の津軽弁のせりふは県内のスタッフが録音した音声で菊地さんが猛練習したそうで、「青森の人たちにも一役どころかたくさん支えてもらった作品」と熊切監督。「北国ならではの空気感やにおいを、実感を伴って表現したかったラストシーンで、弘前という場所が果たした役割は大きいと思う。青森県の人々にもその実感を劇場で共有してほしい」

 ※「658km、陽子の旅」は28日から弘前市のイオンシネマ弘前、9月9日から青森市のシネマディクトで上映。

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