遠い宇宙は5倍スローモーションに見える? 膨張による遠方宇宙の時間の遅れを測定することに成功

一般相対性理論によれば、運動している物体はその速度が光の速さに近ければ近いほど時間の進み方が遅くなると予測されますが、この効果は実験的に証明されています。また、私たちの宇宙は膨張しており、その膨張速度は地球から遠く離れれば離れるほど速くなります。

【▲ 図1: 一般相対性理論は運動速度の大きな物体ほど時間の進み方が遅くなることを予測し、現代宇宙論は遠くの宇宙ほど速く膨張していると予測しています。2つの理論を合わせて考えれば、遠くの宇宙にある天体ほどスローモーションで見えるはずです(Credit: The University of Sydney)】

この2つの要素を合わせると、地球から遠い宇宙を見た時に、そこにある天体は近くの宇宙の天体を見た時と比べてスローモーションに見えるはずです。この予測を証明するには、遠くの宇宙の一瞬の様子を捉えるだけではなく、変化していく様子を “リアルタイム” で捉えなければなりません。

これまでの研究では、明るさの変化が一定だとされる「Ia型超新星」の解析を通して、約138億年に渡る宇宙の歴史の半分程度までは一般相対性理論の予測と一致する時間の遅れが観測されました。しかし、それ以上遠くの宇宙で起こったIa型超新星を観測することは難しく、これ以上遠くの宇宙における時間の遅れを観測するのは困難でした。遠方で発生しても観測可能な他の天文現象は、明るさの変化が一定ではなかったり、遠い宇宙を観測すること自体が技術的に困難であったりするため、時間の遅れを証明することができていなかったのです。

【▲ 図2: クエーサーの想像図。中心部に超大質量ブラックホールがあり、大量の物質が吸い込まれる過程でエネルギーを放出する(Credit: NASA, ESA & J. Olmsted (STScI))】

シドニー大学のGeraint F. Lewis氏とオークランド大学のBrendon J. Brewer氏の研究チームは、初期の宇宙に存在する「クエーサー」の観測データを解析することで、時間の流れがどのように観測されるのかを解析しました。可視光線で非常に明るく輝くクエーサーは中心部に巨大なブラックホールがあり、ブラックホールが大量の物質を吸い込む時に膨大なエネルギーが放出されると考えられています。

クエーサーからのエネルギーの放出量は一定ではなく、時間とともに増えたり減ったりするため、クエーサーは明るくなったり暗くなったりします。この変化を、その動きによって時を刻む “時計の針” に見立てれば、理論上は時間の遅れを検出することが可能です。とはいえ、数日に渡るクエーサーの明るさの変化を確実に捉えるのは困難なことです。

Lewis氏とBrewer氏は、過去20年以上に渡って様々な波長で観測された190個のクエーサーのデータを解析して、クエーサーが “時を刻む” 過程を調べました。クエーサーの明るさの変化に時計として使えるような性質があるのかどうか、正確なところは不明であり、過去の研究では検出に失敗したこともありました。

しかし、今回の研究では、クエーサーがそのような性質を持つことを証明することができました。解析の結果、今から120億年以上前(宇宙誕生から約10億年後)の宇宙では、現在の宇宙と比較して時間の流れが5倍ほど遅くなっているのを検出することができたのです。

もちろん、初期の宇宙が5倍も遅いスローモーションに見えるのは、遠大な距離に隔てられた私たちが観測しているからこそ起きる現象です。仮に、タイムマシンを使って当時の宇宙に戻ったとしても、時間は旅立つ前の現在の宇宙と同じような速さで流れているように見えるでしょう。

ただし、観測によって実証された時間の進み方の遅れは、別のことも証明しています。宇宙が膨張していることや、遠方の(すなわち初期の)宇宙には銀河の初期の形態であるクエーサーが存在することは、現代の宇宙論ではほぼ共通の認識とされていますが、「それは本当なのか?」という素朴な疑問に答えるのは簡単なことではありません。クエーサーの明るさが実際にゆっくり変化しているように見えることを示した今回の解析は、クエーサーが初期の宇宙に確かに存在する天体であり、宇宙がかなりの速度で膨張していることを別の方法で証明したという点で、興味深い研究です。

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文/彩恵りり

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