リニューアル工事の裏側『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』

© 大墻敦

『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』

20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエが設計し、2016年に世界文化遺産に登録された、東京・上野の国立西洋美術館。大正から昭和にかけ、稀代のコレクターとして活躍した松方幸次郎の「松方コレクション」を基礎に、モネの「睡蓮」を始め、ルノワール、ピカソ、ゴッホなどの絵画からロダンの「考える人」「カレーの市民」などの彫刻、版画、素描などおよそ6000点の作品を所蔵し、東アジア最大級の西洋美術コレクションを誇る。

「美」を守り、伝える人々

2022年4月にリニューアルオープンした国立西洋美術館だが2020年10月から2022年6月までの休館中、世界文化遺産に登録された際の努力目標として、ル・コルビュジエが構想した創建時の姿に限りなく戻すよう改修工事を行っていたのだ。その1年半の休館期間に、美術館の内部にカメラが入り、「美」を守り伝えることに奔走し尽力する人々の情熱と多岐にわたる活動を追ったのが、映画『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』である。

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ル・コルビュジエのこだわりを復元

ル・コルビュジエは本館だけでなく前庭も設計しており、本館への動線や本館と前庭の比率にこだわっていたという。今回の改修工事は前庭の形ではなく、本館へ誘う動線の復元。「世界遺産の価値を高める工事」と書かれたフェンスの内側で専門家や工事業者がそれぞれの仕事に取り組む様子が映し出される。

例えば、前庭に設置された彫刻家オーギュスト・ロダンの彫刻作品「考える人」「カレーの市民」は工事期間中、別の場所で保管しなくてはならない。専門家が台座の中に入って念入りなチェックを行った後、丁寧に梱包されるとクレーンでゆっくりと持ち上げられ、慎重に運ばれていく。プロの仕事ぶりが伝わってくる。

前庭の下は企画展示館となっている。会場の天井には防水加工が施されているが、25年ほど経過しており改修工事が必要。貴重な美術品をどこにどう動かすか。ここでも職員が美術運搬の専門業者に細やかな指示を出していた。

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今回の工事で、それまで見上げるような高さにあった「カレーの市民」が鑑賞する人の目線に近い高さまで降りたという。人が通れるような小さな門から黒目地に沿って「カレーの市民」を鑑賞しながら、本館に誘うようになった。

これは本館を見る上でも大事なことらしい。国立西洋美術館の真向かいにある東京文化会館の屋上テラスから前庭を撮影した光景が工事前と工事後を比較できるように撮られていたが、かなり印象が変わったことがわかる。

協業体制システムをどうするか

カメラが捉えたのは前庭の改修工事だけではない。美術館を支えるプロフェッショナルたちの仕事ぶりが合い間に挟み込まれる。いや、むしろこちらがこの作品のメインか。

所蔵作品を国内各地の美術館などで展示し、文化的、教育的に共有することを目的に、毎年巡回展が開催されている。1960年の「松方コレクション名作選抜展」に始まり、全国各地で大規模な動員数を誇ってきた。映画では2021年に山形美術館で行われた巡回展「山形で考える西洋美術 ──〈ここ〉と〈遠く〉が触れるとき」を取り上げる。

主任研究員の新藤淳氏は国立西洋美術館所蔵のピエール=オーギュスト・ルノワール「木かげ」と、山形美術館に展示されている吉野石膏コレクション所蔵のクロード・モネ「サン・ジェルマンの森の中で」が並べて展示されているのを見せ、「それぞれを見慣れていても、並んで展示されることでわかることがある」と解説する。ぜひスクリーンで体感してほしい。

内部の人間だけではなく、元読売新聞社文化事業部で美術ジャーナリスト陶山伊知郎氏、フランス在住の展覧会プロデューサー今津京子氏にもマイクが向けられた。新聞社や放送局と共催して特別展を企画する日本ならではの協業体制システムについての話は興味深い。

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一方で、馬渕明子前館長は「このシステムがずっとある前提でいろんな仕組みができていますが、かなりの金額を出し、それに見合う収益を得ようとがんばっていた新聞社や放送局が撤退してしまうと、国立西洋美術館は大きな海外展ができなくなってしまう現実にすでにぶつかっている。それでいいのか、違う形で海外の展覧会をやるのか。抜本的に考え直して、それにふさわしいシステムを作っていかなくてはならない」と語っていた。

リニューアルオープンから1年。国立西洋美術館は今、岐路に立っている。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』
製作・監督・撮影・録音・編集:大墻敦
録音・照明:折笠慶輔 録音:梶浦竜司 カラーグレーディング:堀井威久麿
音楽:西田幸四郎 演奏:閑喜弦介(クラシックギター)多久潤一朗(アルトフルート)
音楽録音・リレコーディング:深田晃 技術協力:KIN 大石洋平 宮澤廣行
協力:国立西洋美術館 配給・宣伝 マジックアワー
日本/105分/ドキュメンタリー/DCP/©️大墻敦
公式サイト:https://www.seibi-movie.com/7月15日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

堀木 三紀

映画ライター/日本映画ペンクラブ会員

映画の楽しみ方はひとそれぞれ。ハートフルな作品で疲れた心を癒したい人がいれば、勧善懲悪モノでスカッと爽やかな気持ちになりたい人もいる。その人にあった作品を届けたい。日々、試写室に通い、ジャンルを問わず2~3本鑑賞している。(2015年は417本、2016年は429本、2017年は504本、2018年は542本の映画作品を鑑賞)

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