あの日、教室で…生徒守り負傷の男性教諭、教壇復帰も残るまひ 同僚も心に傷/戸田・中学校刺傷(上)

事件から約4カ月たっても傷痕やまひが残る男性教諭の左腕=6月24日、埼玉県さいたま市

 試験監督中は教室の後ろに立ち生徒を見渡すのが男性教諭(60)の常だった。生徒は隠し事ができず、緊張感があるからだ。埼玉県戸田市立美笹中学校、3月1日正午過ぎ。その時、私服姿の小柄な少年が静かに入ってきた。空いた机に荷物を置き、手を入れている。「不登校の生徒か、卒業生が入ってきたのか」。状況を把握できなかったが、このままにはしておけない。教諭が退室を促そうと少年に近づいた時、脇腹に衝撃が走った。ナイフが少年の手に握られていた―。

 教室の後方で教諭が切り付けられた時、少年の背後には生徒たちがいた。教諭はとっさに生徒の方に向き直った少年を羽交い締めにし、「先生たちを呼んできて」と叫び、生徒たちを逃がした。

 教室を出た少年を追った教諭が「刃物を持っている」と知らせると、近隣の教室は生徒を守るため内側から施錠。少年に追い付き、もみ合いとなった教諭は再び切り付けられた。しかし廊下の両側から数人の男性教諭が駆け付け取り囲むと、少年は抵抗をやめ座り込んだ。その後、刃物を取り上げられた少年を隔離する人と、負傷し流血する教諭に付き添う人に分かれ、ある同僚教諭は自らも血まみれになりながら止血を手伝ってくれた。

 複数箇所を切り付けられた教諭は重傷を負った。8時間に及ぶ手術や入院を経て教壇に復帰したものの、左手にまひが残っている。連携して冷静に対処した教員らも、見えないダメージを負っていた。現場に居合わせた同僚の中には、生々しい情景がフラッシュバックして心療内科に通院したり、しばらく眠ることができなかった人がいたという。

 事件を生き延びた教諭をさらに困惑させたのは、県教育委員会の「労災の対象は症状が固定するまでの治療費などで、それ以外は民事。自分で加害者と示談の交渉をしてもらうしかない」との説明だった。「公務で生徒を守り負傷したことが民事なのか。これでは学校で階段から落ちるのと変わらないのではないか。それに、同僚たちの心のダメージまで県教委が把握して労災などでサポートをしてくれればよいのに」。教諭の事件後の手探りの日々が始まった。

 戸田市立美笹中学校で3月、当時17歳の少年が教室に侵入し、男性教諭を刺した。今月、さいたま家裁が少年を少年院送致の保護処分と決めたことが明らかになったが、重傷を負った教諭や教育現場には、その後の補償や安全対策の課題がのしかかっている。被害者支援の課題を追いかけた。

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