バカンス・シーズン到来、一度は出かけたい夏の北欧へ

2023年7月、早くもバカンス・シーズンを迎えた欧州各国。多くの市民が7月半ばから2-3週間、都市を抜け出し、驚異の大自然や美しい景観に接し、避暑にサマー・アクティビティに終日いそしむ。欧州ではすっかり制度化・慣習化したバカンス(長期休暇)に、極東から駆け付けて避暑体験を共有する歓びは何ものにも代え難い。バカンス時期の海外旅行、一度ならず何度も経験したい旅となろう。

ただし、この時期、日本発の海外旅行は、東南アジア方面など緯度の低い地域への旅行を除くと、航空輸送が紛争地域を迂回する長時間飛行となるうえに高額となる。また、エポック・メーキングな円安傾向が続き、総じて経済的な浪費感を拭いきれない。海外の旅は、依然、ハードルが高い。したがって、目的の達成に向けて綿密な旅行情報の収集が必須となり、経済性、安全度、旅の意義などの確認作業に時間を割くなど、旅の主体性が問われる。

例えば、2023年夏の日本発欧州方面行のバカンス観光を費用対効果の上から検証し、実現可能性の高い場所を選択すると、緯度の高いノルウェー西海岸のベルゲンに滞在し、氷河の滑動が産んだ自然の造形、フィヨルド大景観に親しむ旅行がおすすめだ。なぜなら、航空運賃は欧州各国、どこに向かおうと、大きな違いがないことに注目したい。

一方、繁忙期に入り益々高騰する宿泊費の節減を視野に入れると、ノルウェー西海岸の観光地ベルゲンは、質の高い民泊施設(Air B&Bなど)が多数整備され、夏場の観光入り込み客に優しい。現地で必要となる交通費もフィヨルド探訪に船舶を利用すると、宿泊費用が節約できる。グルメな方には、オマール海老、タラバガニ、スモークサーモンなどの高級食材が原産地価格で食せる喜びは、計り知れない。何より、大自然の驚異、フィヨルドとの遭遇体験は、身も心も豊かにし、逞しくする。ノルウェーのフィヨルドは世界有数の人気観光スポットとして、いま脚光を浴びる。

驚異の大自然、ガイランゲルフィヨルドを遡航

「フィヨルドの真珠」と称されるガイランゲルフィヨルド(2005年に世界遺産登録)は、ノルウェーが推奨するフィヨルド観光の目玉。太古の昔から全く人を寄せ付けずに現代に至った幽玄な秘境界フィヨルドは、奥に進めば進むほど切り立った断崖に挟まれた深い水路に変わる。設備の整ったラグジュリアスな大型客船の客人となって断崖水路に進入していく醍醐味は、非日常的で不思議な体験。人生のハイライトの中で特に記憶に刻まれる貴重な旅となろう。

ノルウェー西海岸最大の観光都市ベルゲンから、「フッティルーテン」社の沿岸急行客船が、夏季限定でガイランゲルフィヨルド最奥のガイランゲル港に寄港する。お昼に拠点港のベルゲンを出港し、北上して途中、オーレスンという港町に寄港。翌日、オーレスンから大きな入り江を120キロも遡上した後、長さ16キロほどの名勝ガイランゲルフィヨルドに突入する。水路の両側から急峻な断崖が迫り、幾筋もの大滝が流れ落ちる。断崖のさらに彼方には、真夏でも冠雪した高山が延々と連なる。断崖水路は奥に進むほど、おおむね直線、沿岸急行客船は速度を上げて奥へ奥へと進む。「七人姉妹の滝」と名付けられた七条の大滝の通過点では、滝のある左舷側のデッキに乗船客が総出になり、水しぶきを浴びながら歓声を上げる。

ベルゲンを出港して一日後、沿岸急行客船は事無くガイランゲルフィヨルドの最奥地ガイランゲル村に到着する。早速、下船してバスに乗車し、海外メディアが絶賛するダルスニッパ山頂(標高約1,500米)からの大パノラマを見に行く。つづら折りのバス道は高度が上がると、周囲は万年雪が堆積する一面の銀世界に変わる。真夏に雪に触れる極めて稀な機会を得、冠雪した丘をトレッキングするツーリストが後を絶たない。

ダルスニッパ山頂に到着したら、山上展望台から俯瞰する大パノラマとの出遭いに勝るものはない。氷河の創造した巨大なU字谷。眼下にガイランゲル村とフィヨルドの狭水路、谷を囲む標高1,500米級の高山は万年雪に覆われ視線の彼方まで連なる。ダルスニッパ山頂からのフィヨルドの眺望は壮大雄大の一語、これぞ、神の残した絶景と言えよう。いま、世界中の人々から熱い視線が注がれるガイランゲルフィヨルド観光。大型客船の入港する夏季シーズン中に70万人を超えるツーリストが訪れる。

「一生に一度は見てみたい50の絶景」の王者、リーセフィヨルド

ノルウェーの誇る五大フィヨルドの内、唯一、ベルゲン市の南方に在るリーセフィヨルドは、ベルゲンから南に150キロ下ったスタヴァンゲル湾からさらに奥に入り込んだ全長42キロの狭水路。多くのツーリストは、船上の人となって断崖迫る長大水路に分け入ることより、フィヨルドを形成する断崖の背後の険しい山道をトレッキングして、「プレーケストーレン」(説教台という意)と名付けられた一枚岩の頂上に向かう。

老いも若きも一生に一度はプレーケストーレンへの登頂を果たそうと、世界中からリーセフィヨルドに駆けつける。その数、毎年、20万人余り。この岩峰がハリウッド映画「ミッション・インポシブル」のロケに使われ、主演の俳優トム・クルーズがこの崖をよじ登るシーンが一世を風靡したことや、海外観光メディアに「一生に一度は見てみたい世界の50の絶景」に何度も選ばれた実績に拠る。

プレーケストーレンという名の直立岩峰は、高さ604米で水面から垂直にそそり立つ。その高さは、例えてみると、東京スカイツリーの頂上階に建つ針の先(全高634米)にいきなり躍り出ることに等しい。わずか25米四方の狭い頂きは、登山を終えたツーリストたちで足の踏み場もない。高所への登頂を果たし、感激して万歳する人、同伴者と共に飛び跳ねる人、崖縁ににじり寄り、恐る恐る谷底を覗く人、人間模様まで剥き出しになる。

乳母車を頂上まで運び上げた若い家族に祝福

よく見ると、手摺も防護柵もない頂上の広場に、乳母車に幼児を載せた若いご家族がいる。麓のタウ港からプレーケストーレンの頂上までの岩肌の道のりを、よくぞ登り切ったと祝福したい。

大自然の造形を損なうことなく、フィヨルドの形成過程を将来に伝承しようとするノルウェーの観光施策はあくまで徹底している。我こそと世界各地から集まった元気者に混じって高さ604メートルの眺望を楽しむ内に、登山の疲れが一気に抜ける。周囲を遮るもののないプレーケストーレンの頂上からは、青く澄み切った海水を包み込む巨大なU字谷が一直線に伸び、岩肌が剥き出しの冠雪した連山が見晴るかせる。生物を寄せ付けない荒々しさと共に、クリーンで冷涼な世界がそこに在った。

(2015年の現地取材及び2023年の現地情報に基づく)

寄稿者 山田恒一郎(やまだ・こういちろう) 旅行作家

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