80年代は洋楽黄金時代!椎名林檎 “丸サ進行” のルーツは「クリスタルの恋人たち」  グローヴァー・ワシントン Jr.「Just The Two Of Us」のコード進行に通じる名曲5選

J-POPの様々な楽曲に多大な影響を与えている「丸サ進行」とは?

僕は普段J-POPはほとんど聴かないのだが、何故か『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日)というTV番組はよく観ている。で、この番組で数年前からたびたび聞くようになり、個人的にも気になっていたのが「丸サ進行」という言葉だ。

「丸サ」とは、椎名林檎の楽曲「丸の内サディスティック」のことで、この曲で使われている「Abmaj7→G7→Cm7→Eb7」というコード進行が、J-POPの様々な楽曲に多大な影響を与えていることから、「丸サ進行」と名付けられたのだそうだ。そこで、インターネットで調べてみたところ、「丸サ進行」を取り入れている楽曲として以下の各曲が出てきた。

■ くるり / 琥珀色の街、上海蟹の朝 ■ あいみょん / 愛を伝えたいだとか ■ Vaundy / 東京フラッシュ ■ YOASOBI / 夜に駆ける ■ Official髭男dism / I LOVE… ■ なとり / Overdose ■ ずっと真夜中でいいのに。 / 残機

実際にはこれら以外にも「丸サ進行」の楽曲は山ほどあるらしく、もう少し前の曲だと、ORIGINAL LOVE「接吻」、MISIA「つつみ込むように…」、m-flo「come again」、BONNIE PINK「A Perfect Sky」なんかも同じカテゴリと言えそうだ。とにかくこのコード進行はJ-POPの世界でそのくらい “定番” になっているということで、シングルリリースされていない「丸の内サディスティック」が椎名林檎の代表曲・人気曲の一つであり続けているのは、そういう理由もあるのかもしれない。

「丸サ進行」のルーツ、「クリスタルの恋人たち(Just The Two Of Us)」

だが、実は「丸サ進行」には、そのルーツと言われる楽曲が存在する。グローヴァー・ワシントン Jr.の「クリスタルの恋人たち(Just The Two Of Us)」だ。この曲では「Dbmaj7→C7→Fm7→Ebm7 Ab7」というコード進行が繰り返されていて、キー(調)が違うので判りにくいが、「Fm7」から「Ab7」に移る時に「Ebm7」を経由する点を除けば「丸サ進行」と同じである。

このコード進行はメジャー(長調)とマイナー(短調)の間を漂う感じで進んでいくのだが、この明るくも暗くもない、昼でも夜でもない、どっちつかず(ambivalent)で曖昧(ambiguous)な感覚を与えられることが、僕たちが「クリスタルの恋人たち」に対して “おしゃれ” で “都会的” という印象を持つ理由の一つなのではないかと思う。

ただ、これは僕の個人的な感覚かもしれないが、この曲を「丸の内サディスティック」と聴き比べてみると、19年も前にリリースされた「クリスタルの恋人たち」の方が圧倒的に “おしゃれ” で “都会的” な感じがする。その秘密は、おそらく洗練されたサウンドにある。

ジャズ・フュージョン界を代表するサックス・プレイヤーの一人、グローヴァー・ワシントン Jr.

グローヴァー・ワシントン Jr.は、ジャズ・フュージョン界を代表するサックス・プレイヤーの一人で、「クリスタルの恋人たち」は、彼が1980年にリリースしたアルバム『ワインライト』に収録されている。超一流のミュージシャンしか参加していないから当然かもしれないが、この作品は当時の最高品質と言っても決して言い過ぎではないと思う。

「クリスタルの恋人たち(Just The Two Of Us)」を語る上で、特に引き合いに出されるのが、リチャード・ティー(キーボード)が奏でるローズ・ピアノの音色だ。フェイザーというエフェクトが掛けられていることで、何だかサウンドがキラキラしている。もちろん、それだけでなく、スティーヴ・ガッド(ドラムス)のバスドラムやマーカス・ミラー(ベース)のグリッサンド(押弦した状態で指を滑らせる奏法)の音も素晴らしい。

要するに、何が言いたいかと言うと、コード進行は楽曲を形作る要素の一つに過ぎないということである。似たようなコード進行でも、メロディーやリズム、そしてサウンド次第で楽曲の印象はいくらでも変わっていく。

今回調べてみて判ったことだが、そもそもコード進行で楽曲をカテゴライズしたがるのは、どうやら日本の音楽関係者と音楽ファンくらいのようなのだ。実際、インターネットで英語で検索しても、あまりヒットしなかった。

「クリスタルの恋人たち」との共通点が見出せそうな楽曲ベスト5

―― といったことも踏まえて、今回はコード進行を軸としながらも、雰囲気や時代性において「クリスタルの恋人たち」との共通点が見出せそうな楽曲を選んでみた。この5曲を続けて聴いたら、高度経済成長(1950年代後半〜70年代前半)とバブル景気(80年代後半〜90年代初頭)に挟まれた、あの頃の気分がきっと蘇ってくるはずだ。

【第5位】ミッドナイト・スター「キュリアス」
1980年にデビューした米国のエレクトリック・ファンク・グループ。5枚目のアルバム『プラネタリー・インベイジョン』に収録。シングル・ヒットした訳ではないのに、LSG(レヴァート、スウェット、ギル)にカバーされたり、多くのヒップホップアーティストにサンプリングされたりしたことで、後世に名を残すことになった。現代のダンスフロアでも人気のミディアムスローナンバー。

【第4位】デバージ「アイ・ライク・イット」
次世代のジャクソン5としてモータウンから売り出されたグループ。2作目のアルバム『オール・ジス・ラヴ』に収録。この柔和なコード進行と美しいメロディーを耳にしたバート・バカラックが、驚愕して連絡を取ってきたという逸話が残されているが、はたして本当だろうか。その後もヒット曲を出したものの、メンバーの薬物依存や麻薬密売が表沙汰になる等トラブルが多発、1989年に解散した。

【第3位】アイズレー・ブラザーズ「シルクの似合う夜(Between The Sheets)」
1950年代から活躍する大御所ソウルグループ。分裂前最後のアルバム『シルクの似合う夜(Between The Sheets)』に収録。83年にリリースされたので、先に世に出ていた「クリスタルの恋人たち(Just The Two Of Us)」の影響を受けていても不思議ではなく、実際コード進行は激似、と言うかほぼ同じである。古今東西、数多くのアーティストにサンプリングされていることでも有名。

【第2位】シェリル・リン「ガット・トゥ・ビー・リアル」
デビューアルバム『スター・ラヴ(Cheryl Lynn)』に収録。リリース当初「ガット・トゥー・ビー・リール」と表記されていたこの曲は、典型的なダンスビートなので、「クリスタルの恋人たち(Just The Two Of Us)」と似たコード進行だと言うと意外に思われるかもしれない。だが、TOTOのデヴィッド・ペイチ、そして後のスーパープロデューサー、デイヴィッド・フォスターとの共作ということもあって、実はAORっぽい雰囲気を持っている。

【第1位】ボビー・コールドウェル「風のシルエット(What You Won't Do for Love)」
デビューアルバム『イヴニング・スキャンダル(Bobby Caldwell)』に収録。アルバムジャケットに顔を載せなかったことで、黒人だと勘違いされてブラックチャートで火が付いた。そういう意味でも「風のシルエット」という邦題は秀逸だと思う。日本ではボズ・スキャッグスと並んで “ミスターAOR” と呼ばれて大人気だったが、米国ではこの曲しかヒットしなかった。「クリスタルの恋人たち(Just The Two Of Us)」より前にリリースされているので、本当はこっちがルーツなのかも。

■ Billboard Hot 100 / Official Singles Chart Top 100
■ Got To Be Real / Cheryl Lynn(1979年2月17日 全米12位、2010年4月17日 全英70位)
■ What You Won't Do for Love / Bobby Caldwell(1979年3月24日 全米9位)
■ Just The Two Of Us / Grover Washington, Jr. With Bill Withers(1981年5月2日 全米2位、5月30日 全英34位)
■ I Like It / Debarge(1983年4月9日 全米31位)
■ Between The Sheets / The Isley Brothers(1983年7月23日 全英52位)
■ Curious / Midnight Star(1985年4月6日 全英92位)

■ Billboard 200 / Official Albums Chart Top 100
■ Cheryl Lynn / Cheryl Lynn(1979年3月3日 全米23位)
■ Bobby Caldwell / Bobby Caldwell(1979年3月10日 全米21位)
■ Winelight / Grover Washington Jr.(1981年4月11日 全米5位、5月23日 全英34位)
■ All This Love / Debarge(1983年6月18日 全米24位)
■ Between The Sheets / The Isley Brothers(1983年7月9日 全米19位)
■ Planetary Invasion / Midnight Star(1985年2月2日 全英85位、2月16日 全米32位)

カタリベ: 中川肇

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