体罰や暴言による「指導死」なくせるか、悩み命絶った熊本の中学1年生 「現場の意識改革を」、再発防止を願う各地の遺族

第三者委の報告書を受けて、要望書を提出する遺族=2022年11月、熊本市役所

 教職員の不適切な指導で子どもが死に追い詰められる「指導死」が、各地で問題となっている。2019年4月、熊本市立中に通っていた1年生佐藤優太さん=仮名=は自ら命を絶った。市が設置した第三者委員会は、小学6年生の時に担任だった教諭による不適切な指導が影響を及ぼした可能性を指摘。市教育委員会の調査では、他の生徒に対する暴言や体罰を含め、不適切行為は40件以上に上ると判明した。国も不適切な指導の対策に乗り出す中、遺族らは「現場の意識改革を」と訴える。(共同通信=小松陸雄、小玉明依、窪田湧亮)
 ▽円形脱毛症に睡眠不良も
 「冗談を言って、周りと一緒に笑う子だった」。記者が昨年11月、優太さんの自宅を訪れると、母親は小学5年時の通信簿を見て涙を流した。当時の担任は通信簿に「友達が困っていたらすぐに気づいてくれた」とコメントを記載。優太さんは将来、医療機器をつくるなどして「人の役に立ちたい」と話していたという。
 学校の様子を楽しそうに話していた優太さんの様子が変わったのは、6年生になってからだ。口数が減り、夏には円形脱毛症になっていた。卒業を直前に控えた頃には、トイレやシャワーを浴びる時間が異常に長くなり、夜中にも頻繁に起きるようになっていたという。
 2019年4月18日夜、優太さんは亡くなった。直後に「死」と書き込んだノートが見つかり、学校が書き込みを把握しながら、保護者に伝えていなかったことも明らかになった。

息子の遺影に話しかける母=2022年11月、熊本市

 遺族の要望を受けて、熊本市は自殺の背景を調べる第三者委を設置。委員会は2020年11月から調査を始め、53回の議論を経て、2022年10月に報告書を公表した。
 報告書では、優太さんが小6時に抑うつ状態に陥っていた可能性が高く、それが徐々に悪化したのが自殺の一因だと指摘。その上で、「元教諭の不適切な指導が、発症や増悪に強く影響した蓋然性が高い」と結論づけた。

熊本市の大西一史市長(左)に報告書を手渡す第三者委員会の委員長=2022年10月24日午前、熊本市役所

 ▽「バカ」は日常、管理職指導も効果無く
 管理職や熊本市教育委員会による指導が十分でなかった実態も浮かび上がった。
 第三者委は小6時に担任だった元教諭について「『バカ』『アホ』などの暴言が日常的に行われていた」と指摘。「時には頭を叩くこともあった」という。不適切な言動を理由に登校を渋った生徒が複数いて、「多くの子どもに心身の不調や行動面の影響を見ることができる」としている。
 優太さんと小6時に同じクラスだった男子児童の保護者によると、教諭は児童の胸ぐらを引っ張り、用具箱に打ちつけた。全治1週間の頸椎打撲や急性ストレス反応と診断され、保護者は被害届を提出。元教諭は書類送検され、不起訴処分(起訴猶予)となった。
 取材に応じた他の元同級生も「今でも(元教諭と)似た体形の人を見ると、身構える」と打ち明ける。
 管理職は体に触れず指導をするよう注意したというが、元教諭は第三者委の調査に対し、「指導を受けたことはない」と回答。第三者委は管理職の対応も「不十分」だと批判した。

第三者委員会(右)から報告書を受け取る、優太さんの遺族=2022年10月24日午前、熊本市

 ▽現場に立ち続けた元教諭
 学校の管理職へ対応を求め続けた保護者や同僚教諭もいた。だが事態は改善せず、元教諭が担任となり1年が経過しようとした2019年3月、保護者らが教育委員会に文書で処分を要請。これを受けた調査で、教育委員会は翌年3月に体罰や暴言など計40件を把握した。対応の遅れについて、相談内容が記録に残っておらず「組織として事態の把握が遅れたのが一因」と説明している。
 元教諭は研究授業の講師を務めるなど指導力が評価され、2022年11月まで教壇に立ち続けた。12月、元教諭は2014~18年度にした計40件以上の不適切な指導を理由に、懲戒免職処分となった。当時の同級生や保護者らは直後に記者会見を開き「1件すらあってはいけないはず。対応が遅い」と怒りをあらわにした。一方、元教諭は今年2月、免職に当たる行為はなかったとして、市人事委員会に審査請求した。
 教育委員会は7月現在も、元教諭による不適切指導に関する情報を受け付けている。

元教諭の懲戒処分を受け、記者会見を開く当時の同級生ら=2022年12月、熊本市

 ▽自殺や自殺未遂の子どもは100人以上か
 教職員らによる不適切な指導に注目が集まったのは、2012年に大阪市にある市立(現府立)桜宮高のバスケットボール部で主将を務めていた男子生徒が、顧問の体罰を苦に自殺したことがきっかけだ。鹿児島県奄美市でも2015年、市立中1年の男子生徒が自殺。同級生に嫌がらせをしたと誤認した担任の指導が原因だった。
 「指導死」で子どもを失った各地の遺族らは、対策の必要性を訴え続けている。5月末には、支援グループの一つが文部科学省とこども家庭庁に、原因調査の徹底を求める要望書を提出した。
 教育評論家の武田さち子さんは、報道や各自治体が公表する調査報告書を元に、背景に不適切指導がある小学生~大学生、高専生らの自殺や自殺未遂を独自に集計。1989年以降、2023年5月までに108件確認したという。

教育評論家の武田さち子さん(一般社団法人「ここから未来」提供)

暴言や体罰を理由に不登校に追い込まれた子は他にも多くいるとして、データは「氷山の一角に過ぎない」と推測する。
 文部科学省もようやく、再発防止に向けた実態調査に乗り出した。小中高校生の自殺統計で、学校側が判断して報告する自殺の背景事情に、2022年度の調査分から「教職員による体罰、不適切指導」の選択肢を追加した。
 教員向け手引書「生徒指導提要」も2022年12月に改訂した。「大声で怒鳴る」「物をたたく」といった行為を例示し、威圧的指導をしないよう注意喚起をしている。
 ▽遺族「現場変わって」
 熊本市は問題を受けて、子どもや保護者の相談窓口を新設した。子どもの人権を守り、市教育委員会との連携強化を図る部署「こどもの権利サポートセンター」の設置も発表し、今春から準備室を発足させている。
 一般社団法人「ここから未来」で武田さんとともに活動する大貫隆志代表理事は、優太さんが亡くなった背景を調べる第三者委に委員として参加。「(元教諭を)早く現場から外すべきだった」と指摘する。

熊本市の第三者委員会に参加した大貫隆志代表理事=2019年11月30日、東京都港区(一般社団法人「ここから未来」提供)

 第三者委の報告書では、学校や市教育委員会に対し、心理学などを専門とする識者による研修や、子どもの自殺などに速やかに対応するマニュアル整備を提言している。「遺族が子どもの命と引き換えに手に入れた報告書の提言の内容にまずは取り組むべきだ」と訴える。
 優太さんの母親も「教職員らの問題行為をちゃんと調べ、処分につなげてほしい。息子が生きていたら望んだはずだ」と訴える。報告書の公表後には、2022年11月には教育長へ具体策を示すよう求める書面を提出。再発防止の要は学校管理職らの意識改革だとして、「新しい仕組みをつくっても、学校現場が変わらないと意味がない」と訴えた。

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