「知的障害者にいろいろ教えたら出産が増えてしまう」は間違い 赤ちゃんロボットで疑似体験するスウェーデン、意外な結果に

赤ちゃんロボットでおむつ交換を実演してみせるリディア・スプリンガーさん=6月、スウェーデン・ウプサラ(本人提供)

 北欧のスウェーデンといえば、高福祉で知られる国だ。人権意識も高い。例えば日本では、知的障害のある人が子どもを持とうとしても、親や周囲から止められることが珍しくないが、スウェーデンでは赤ちゃんロボットを使って育児を疑似体験してもらった上で、自己決定を促すという。知的障害者の子育て支援に関する公的な専門機関もある。では、知的障害者もどんどん子どもを産んでいるのかというと、それはちょっと違うようだ。現地の専門家に話を聞くと、驚くことばかりだった。(共同通信=市川亨)

 ▽育児の大変さを知ってもらう
 本物の赤ちゃんのように泣き声を出し、おむつ交換や授乳などの行動を無線通信で記録する。スウェーデンで「ベビーシミュレーター」と呼ばれる米国製の赤ちゃんロボットだ。
 泣くタイミングや利用者が取るべき行動を事前に設定。数日間使ってもらい、適切に世話ができたかどうかコンピューターが評価する。育児を前もって練習できるため、スウェーデンでは知的障害のある人が子どもを希望したり妊娠したりした場合、この赤ちゃんロボットを活用している。
 「知的障害がある若者が『子どもが欲しい』と言うことはよくある。でも、これで疑似体験すると『こんなに大変だと思わなかった』と現実的に考えるようになる」
 同国南部ウプサラにある「子育て連携・開発・情報センター」。臨床心理士のリディア・スプリンガーさんはそう説明する。
 センターは、知的障害者らの子育てについて専門職への研修や情報提供、支援手法の開発を担う公的な専門機関。日本にはない組織だ。2005年に事業を始め、現在は地元自治体の公費で運営されている。
 職員は5人だが、全国で専門職の連携を後押し。福祉職や助産師、保育士、教師など多職種でつくるグループが国内約60カ所にできているという。

赤ちゃんロボットを抱くリディア・スプリンガーさん=6月、スウェーデン・ウプサラ(本人提供)

 ▽「寝た子を起こすな」論は間違い
 子どもができると自分の生活がどう変わるのか学べる「ツールキット」という教材も使う。(1)時間(2)お金(3)家族関係(4)住まい(5)技能―の五つの観点から、子どもを持つと必要になる事柄や、生活の変化を具体的に学ぶ。知的障害のある親が子育ての体験談を語る動画も提供している。
 「『いろいろ教えると、どんどん子どもをつくってしまうのではないか』という『寝た子を起こすな』論もあるが、実際は逆」とスプリンガーさん。
 一部の特別支援学校では高校生にベビーシミュレーターを使った授業をしており、ある高校では生徒の予期せぬ妊娠が大幅に減ったという。
 「実際の育児がどういうものか知ることで、多くの場合『今は子どもを持つのはやめておく』という選択をする。この『待つ』時間が重要なんです。良い親になるには、いろいろなことが求められるわけだから」。スプリンガーさんはそう話す。
 知的障害の母親に育てられた子どもの愛着形成についてセンターとウプサラ大の研究者が調べたところ、知的障害それ自体が愛着形成に悪影響を及ぼすことはないとの結果だったという。ただ、母親自身が育つ過程で虐待や不適切な養育を受けていた場合は、子どもに問題が生じる割合が高かった。
 この調査研究にも加わったスプリンガーさんはこう指摘する。「知的障害そのものよりも、支援の欠如や経済状況、精神的なストレスといった環境要因の方が影響が大きい。そこに着目したサポートが必要です」
 きちんと情報を与えた上での自己決定と、ニーズに合わせた早期からの適切な支援。センターはこの二つの考え方に貫かれている。

スウェーデンの「全国知的障害者協会」のユディス・ティモニーさん(本人提供)

 ▽知的障害者の親の不安は同じ
 日本では、知的障害者が子どもを持つことに反対する親や家族も多い。共同通信が今年1~2月に実施したアンケートでは、家族らの58%が反対だった。スウェーデンではどうなのか。
 「全国知的障害者協会」の政策担当者、ユディス・ティモニーさんに聞くと、「それはここでも同じ」と答えが返ってきた。「何%が反対かは分からないが、『自分が面倒を見ないといけなくなるのではないか』『自分が死んだ後はどうなるのか』という心配は、多くの親が持っている」。ティモニーさんは、ダウン症がある20代の娘の親でもある。
 「一般の人は『知的障害の親に育てられた子どもにはマイナスの影響があるのではないか』という懸念を持っている。その点も日本とさほど変わらないと思う」と答えた。
 スウェーデンは消費税の標準税率が25%と高い一方、手厚い福祉で知られる。だが、ティモニーさんによると、障害者の子育て支援に限らず「障害福祉にお金をかけ過ぎではないか」という議論が近年、政治家から上がっているという。ティモニーさんは「10年前とは状況が変わってきている」と懸念を示した。

赤ちゃんロボットでおむつ交換を実演してみせるリディア・スプリンガーさん=6月、スウェーデン・ウプサラ(本人提供)

 ▽「ピルを飲み忘れる」心配は無用
 知的障害者の結婚・出産を巡っては、北海道のグループホームで入居者が不妊手術・処置を受けていたことが昨年、明らかになった。「スウェーデンでも、同じようなことが隠れて行われている可能性はないですか」。ティモニーさんにそう尋ねると、「それは絶対ないと思う」と即座に答えた。
 スウェーデンでは、障害者らに不妊手術を強いた日本の旧優生保護法と同様の「断種法」を巡り、日本より20年早い1999年に救済法が成立した。性と生殖に関する女性の権利に対する意識も高く、避妊方法には幅広い選択肢がある。
 その一つが日本では未承認の「避妊インプラント」だ。ホルモンの一種を放出するマッチ棒サイズの器具を女性の腕の皮下に埋め込むもので、約3年間効果が持続する。
 途中で取り外すこともでき、煩わしさがない点がメリット。ティモニーさんによると、「知的障害のためピルを飲み忘れる」といった心配をしなくて済むため、知的障害の女性の間でも普通に使われているという。そもそも避妊方法を巡っても、日本とは前提条件が異なるといえる。

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