「休養」も頭をよぎった世界王者、宇野昌磨単独インタビュー 表現者として目指す極致、そして〝最後〟の五輪への思い

インタビューに応じるフィギュアスケートの宇野昌磨=2023年6月、東京都内

 羽生結弦さんのプロ転向で新時代に入ったフィギュアスケート男子。大技クワッドアクセル(4回転半ジャンプ)を武器にイリア・マリニン(米国)が新風を吹き込む中、昨シーズンを通して主役を張ったのは宇野昌磨(トヨタ自動車)だった。グランプリ(GP)ファイナルを初制覇し、自国開催の世界選手権で日本男子初の2連覇を達成。ただ、栄光の裏には第一人者ならではの苦悩もあった。期待という名の十字架。休養も考えた冬。もがいた先に見えてきた光。東京都内で応じた単独インタビューで、赤裸々に思いを語った。(共同通信=藤原慎也)

 筆者が記事に盛り込めなかった話を含めて音声でも解説しています。共同通信Podcast #34【きくリポ】を各種ポッドキャストアプリで検索いただくか、以下のリンクからお聞きください。
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GPファイナルで優勝し、出水慎一トレーナー(左)、ステファン・ランビエル・コーチ(右)に祝福される宇野昌磨=2022年12月、トリノ

 ▽目標達成、それが苦悩の始まりだった
 1年前の初夏、宇野は充実のオフを過ごしていた。「本当に湧き上がるようなモチベーションがあった。ただただ毎日、練習がしたいと思ってリンクに通っていた」。新星マリニンの台頭にも刺激を受け、4回転ジャンプの精度向上を図ろうと自然と練習にも熱が入った。
 だが、シーズンが進むにつれて気持ちに変化が生まれる。昨年12月のGPファイナルのフリーでループ、サルコー、フリップ、トーループの4種類、計5度の4回転を着氷。前のシーズンから取り組んできた自己最高難度の構成を形にしたことで「僕が目標としてきたものが達成できてしまった」。そして、これが葛藤の「大きな要因になった」という。

世界選手権の公式練習で右足首を痛めた宇野昌磨(左)=2023年3月、さいたまスーパーアリーナ

 ▽けがで追い込まれた王者、感情のこもった演技に
 「できないことをできるようにするのではなく、できることをよりできるようにするのが難しかった」。練習では少しのミスが許せなくなった。頭に血が上ったまま、ジャンプを繰り返しては調子を崩す悪循環。羽生さんという追いかける背中も、闘争心に火を付ける強力なライバルもいない。「心の中ではそういう選択肢もあるかな」と次シーズンの休養が頭をよぎった。
 絶不調のまま乗り込んだ3月の世界選手権では追い打ちをかけるようなアクシデントに見舞われる。ショートプログラム(SP)前日の公式練習で右足首を負傷。直後は歩くことすらつらかった。
 絶体絶命の窮地と思われたが、人生は不思議なものだ。災い転じて福となす。「調子が下がっていく一方の中でのけがだったが、逆にそれが良かった。精神的に追い込まれたからこそできた、感情のこもった演技だった」。SP、フリーともにトップ。雑念の消えたスケーターは、王座を守り抜いた。

日本男子初の2連覇を果たし、メダルを胸に笑顔の宇野昌磨。左は2位の車俊煥、右は3位のイリア・マリニン=2023年3月、さいたまスーパーアリーナ

 ▽求める先にあるのは「自己満足なのかも」
 2連覇を達成しても、思いが満たされたり、目標を見失ったりする雰囲気はなかった。むしろ、渇望という言葉がふさわしかった。「自分のやりたいことが一つ成し遂げられたからこそ、過去に僕がもう一つ成し遂げたかったこと『表現者として自分の魅力は何か』を、自信を持って言えるスケーターになりたい」。ジュニア時代から憧れ続けた元世界王者の高橋大輔さんや師事するステファン・ランビエル・コーチを引き合いに「見ていると自分も踊り出したくなるようなスケーターになりたい」と目を輝かせた。

世界選手権のエキシビションで演技する宇野昌磨=2023年3月、さいたまスーパーアリーナ

 ただ、表現面を示す演技点は世界選手権でSP、フリーとも3項目全てで9点台をそろえており、既に世界のトップだ。それが分かっているからこそ、求める先にあるのは「自己満足なのかもしれない」と感じている。「10点満点の表現なんてあってはいけないと思っている。欲しい評価は、お客さんがどう思ってくれるのか、自分がどう思えるのか」。数字では測りきれないフィギュアスケートの奥深さ。高橋さんやランビエル・コーチが到達した極致に、宇野も近づこうとしている。
 オフはアイスショーに重点を置き、新シーズンは例年よりも遅い始動を予定する。8月に横浜市、9月に名古屋市で開催される「ワンピース・オン・アイス」では海賊王を目指す主人公ルフィに扮す。「フィギュアスケートの魅力を体現したい。そのために僕からすごくかけ離れている、本当ならやらなさそうな何かを演じたいと思っていた」。アニメのキャラクターという新たな挑戦も、殻を破るきっかけと捉えている。

アイスショーの発表会見に出席した宇野昌磨(中央)と織田信成(右)、本田望結さん=2023年6月、東京都内

 ▽3度目の五輪「目指すならそれが僕の集大成」
 フィギュアスケートの日本勢で、五輪3大会連続のメダルを獲得した選手はいない。次々と若手が台頭する競技で、第一線を走り続ける難しさを物語るデータだ。宇野も12月には26歳。3年後のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪について水を向けると「ちょっとまだ(先が)長過ぎる。今から考えるとつらくなっちゃう」と苦笑いを浮かべつつ「目指すなら多分それが僕の集大成というか最後になると思う」と打ち明けた。

平昌冬季五輪フィギュアスケート男子のメダル授与式で、金メダルを手に笑顔の羽生結弦(左)と銀メダルの宇野昌磨=2018年2月、韓国・平昌

 ベテランの域に入ってきたことは自覚している。「この2年はトップに立てたけど、勢力図が変わって、もう僕には無理だなって思ったら、果たしてそれでも僕は続けられるのか」と不安がない訳ではない。だからこそ、銀メダルに輝いた2018年平昌冬季五輪、銅メダルだった2022年北京冬季五輪を「競技人生の通過点」としてきたのに対し、26年は「やると決めたなら、初めて五輪というものを目指すことになる」。3度目の五輪出場には、かつてない覚悟が求められると予感している。

北京冬季五輪のエキシビションで演技する宇野昌磨=2022年2月、北京

 ▽優勝を期待される立場も…「すごくいい悩み」
 アイスショーへの出演が続く中、既に新たなSPの振り付けを終えるなど、新シーズンへの準備は着々と進む。左足首故障からの復活を期す北京冬季五輪銀メダルの鍵山優真(オリエンタルバイオ・中京大)やマリニンら若手から追われる立場であることに変わりがないことは理解している。
 「世界選手権3連覇を期待されるのは分かってるし、それに応えたいっていう気持ちはある。でも、やっている側としては『1位以外、あんまり価値ないよ』って言われてるような感じがして、つらい立場だなとも思う」と本音も漏れる。

アイスショーで演技する宇野昌磨=2023年5月、横浜市

 一方で、思い出すのは4年前。指導者不在で臨んだ2019年11月のフランス杯で8位に終わり、GPで初めて表彰台を逃した。得点を待つ「キス・アンド・クライ」で1人涙をこぼし「もうすぐ引退かな」と弱気になるほどのどん底を味わった。「期待されなくなり始めた時期があったことを考えると、これだけ優勝を期待される立場にいるのは、すごくいい悩み。少し肩の力を抜いて挑めたら、ちょうどいいのかな」。もがき、悩むことで一歩ずつ成長してきた日本のエース。足元をしっかりと見つめながら、シニア9シーズン目を迎える。

イベントに参加したフィギュアスケート男子の宇野昌磨=2023年5月、名古屋市

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