NATO、ウクライナ加盟見送り

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#29

2023年7月17-23日

【まとめ】

・NATO首脳会合、ウクライナは水面下で「実を取る」のが本音だった。

・ウクライナ「反転攻勢」の評価、希望的観測で判断してはいけない。

・米国内では「米国は中国よりもロシア対応に専念すべし」との声も。

今週は先週書けなかったNATOサミットの総括岸田総理の中東訪問を取り上げるが、まずは、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きから始めよう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを勝手に選んでご紹介している。欧米の専門家たちの今週の関心は以下のとおりだ。

7月18日火曜日 ペルーで反政府活動化によるデモ

【ペルーといえば昔は日系フジモリ大統領で有名だったが、同国内政は同大統領失脚あたりから徐々に不安定化し、2018年に現職大統領が弾劾裁判中辞任して以降は、5年間で大統領が5回交代する事態になっている。「強大化した大統領権限を制限すると、政権が不安定化する」の典型例なのかもしれないが、この種の悪循環は一度始まるとなかなか止まらない。】

米国「気候変動問題」特使、訪中を終える

【このところ国務長官、財務長官、気候変動特使が相次いで訪中しているが、米中関係改善の糸口はまだ見えない。更に、中国の国務委員兼外相が先月から姿を見せておらず、スキャンダルの噂すら聞こえてくるのだから、驚きだ。これではプロの中国外交官が主導する関係改善シナリオ案が中国側から出てくることはないだろう。困ったものである。】

7月20日木曜日 トルコと南アフリカの中央銀行が金利について審議

【ここではトルコを取り上げる。昨年10月の同国のインフレ率は85%超という24年ぶりの高水準だった。6月22日、エルドアンの大統領選勝利後に任命された新中央銀行総裁はようやく政策金利(1週間物レポレート )を8.5%から15.0%に引き上げた。利上げは2年ぶりかつ大幅である。筆者は金融の専門家ではないが、大統領が強く求めている低金利政策をようやく大転換するつもりなのだろう。さすがのエルドアンも経済原理には勝てないということかねぇ。それでも事前の利上げ幅予想が20%だったためか、一か月前、通貨リラは急落した。以上を受けて、今回トルコ中銀は金利に関する判断を下すことになる。】

7月21日金曜日 インドでG20 労働大臣会合開催

7月22日土曜日インドでG20エネルギー大臣会合開催

【インドは17日のG20 財務相会合に続き、精力的に閣僚会合を開催している。ここでもウクライナ戦争が影の主題となろうが、先のG20 財務相会合と同様、恐らくまとまった結論は出ないだろう。】

7月23日日曜日 カンボジアとスペインで議会選挙

【カンボジアの総選挙は、選挙管理委員会が、有力野党の選挙参加を認めなかったため、与党・人民党の圧勝が確実視されている。まあ、フンセン政権に民主主義を求めても無理なのだが・・・。一方、スペインは民主主義だが、最近同国では地方で「極右」の台頭が顕著だとNewYorkTimesが報じていた。スペインもフランスのようになるのだろうか?】

7月24日月曜日 フィリピン大統領が施政方針演説

【日本では大きなニュースになっていないが、個人的には外交関連部分が気になるところだ。

さて、今週の筆者の関心事はNATOと中東だ。まずはNATO首脳会合から。英エコノミスト誌は「首脳会合前、ウクライナと戦争終結後にNATO加盟のための明確かつ信頼に足る道のりが示されることを期待していた」が、その「願いすべては叶わなかった」と論じた。

一方、日本のリベラル紙は相変わらず、「ロシアの暴挙は許されないが、ウクライナへの武器供与や加盟国の軍備増強により軍事対立をこれ以上、激化させてはならない。」といった論調でお茶を濁している。うーん、ちょっと違うんだよね。

ゼレンスキーだって今の時点でNATO側が加盟の詳細な道筋を示せないことぐらいわかっているはずだ。されば、今回のNATO会合でウクライナは水面下で「実を取る」のが本音だったと筆者は見る。それよりも気になるのはウクライナの「反転攻勢」の評価だ。一部には「失敗」との声すら出ているが、それは可哀そうだろう。攻撃作戦は防御側の三倍の兵力が必要だと言われる。希望的観測で判断してはいけない。

もう一つ、CNNを見ていて驚いたことは、今回のNATO首脳会議ではG7が前面に出ていたため、日本への言及が多々あったことだ。これほどに日本が脚光を浴びるとは予想していなかった。時代は変わりつつあるのかなあ。但し、米国内では「日本ですらウクライナを支援するのだから、今米国は中国よりもロシア対応に専念すべし」との声も根強いらしい。この点は「痛し痒し」で、要注意である。

続いて、中東について簡単に述べよう。今回の総理中東訪問は3年前の安倍首相による訪問とは質的に異なる新しい要素が見られた。今や中東では外交面で大規模な地殻変動が起きている。2021年8月のアフガニスタンからの米軍撤退を契機に、米国は「中東から撤退する」という誤ったパーセプションが、実態以上に拡大しているのだ。

トランプの「イラン核合意」破棄を受け、バイデンは合意再生に努めたが、一度始まった負の流れはそう簡単には元に戻せない。あまり言いたくはないが、イランはいずれ核武装に進む可能性が高いだろう。イスラエルはその前に単独でも攻撃したいところだが、仮に米国の支援を受けても、それは決して容易なことではない。イランが核武装すれば、サウジは必ずこれに続く。中東での「核兵器の拡散」は今や可能性ではなく、蓋然性になりつつあるのではないかとすら思う。この点、詳しくは今週のJapan Timesに書くつもりなので、ご一読願いたい。

〇アジア

台湾の副総統が来月南米を訪問する際に「米国を経由する」と台湾外交部が発表、中国は「断固反対する」と反発している。副総統は蔡英文総統の特使としてパラグアイを訪問し次期大統領の就任式に出席するのだが、米国立ち寄りは既に慣例化している。米側の誰と会うかが気になるところだ。

〇欧州・ロシア

ロシアは、ウクライナ産農産物輸出をめぐる合意の履行を停止し、ロシア産などの輸出が実現しない限り、合意には復帰しないと発表した。これまで2か月ごとに「騙し騙し」に延長されてきた合意だが、今回ロシアはどこまで本気なのか、気になるところだ。ロシア側の新たな戦術だと思いたいが、今回はロシアも本気かもしれない・・・。

〇中東

ホワイトハウスは、17日、バイデン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相が電話会談し、秋に米国で首脳会談を行うと明らかにしたそうだ。バイデンだけでなく、民主党関係者とネタニヤフの関係はイスラエルの司法制度改革やパレスチナ政策をめぐり、最近一層険悪化している。この程度で関係改善に結びつく可能性は低いだろう。

〇南北アメリカ

米大統領夫人が来週パリの国連教育科学文化機関(ユネスコ)本部を訪問し、米国のユネスコ復帰記念の国旗掲揚式典に出席するそうだ。ユネスコも米国に振り回されて大変だろう。米国は脱退と復帰を繰り返してきており、今回の復帰で話は終わらない可能性すらあるからだ。それにしても、米国の対国連外交は本当に身勝手である。

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:(左から)バイデン米国大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領、カナダのトルドー首相とイタリアのメローニ首相と、ウクライナ支持を求めるG7諸国の共同宣言を発表する岸田文雄首相。 2023年7月12日 リトアニア・ビリニュス NATO首脳会議にて

出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images

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