「鹿実」のユニホーム、吸入器つけた寝姿に掛けた…「慎太郎、もう一度奮い立ってくれ」 高校の恩師、横田慎太郎さんとの「最後」を語る

鹿児島実業高校時代の恩師・宮下正一監督(左)と記念撮影をする横田慎太郎さん=兵庫県のやっこ旅館、2016年3月(宮下監督提供)

 鹿児島実業高校野球部OBで、元プロ野球阪神の横田慎太郎さんは18日、28歳で生涯の幕を閉じた。横田さんの恩師・宮下正一監督(50)は訃報を受け、「病気に立ち向かう勇気を見せてもらった。ただ両親や監督よりも先に逝くなんて」。教え子の早すぎる死を悼んだ。

 阪神にドラフト2位で入団した横田さんは、高校通算29本塁打。寮ではテレビを見ながらバットを握り、寝る時も“相棒”を隣に置いた。宮下監督は「野球をするために生まれてきた選手で、努力する才能もある。育てた中で一番のスラッガーだ」と振り返る。

 2016年3月、プロ入り3年目で初めて1軍の開幕スタメンをつかんだ。同じ頃、春の選抜大会出場のため宮下監督は甲子園近くの旅館にいた。「あいさつに行きたい」と言われたが断った。インフルエンザが流行しており、横田さんの身を案じたからだ。だが姿を現し、後輩たちにエールを送った。「来るなと言ってもあいさつに来る。真面目な慎太郎らしい」

 今年5月中旬、教え子を見舞うため神戸市に足を運んだ。ベッドに横たわる横田さんは目を閉じ、口には吸入器があった。「このユニホームを見て、もう一度奮い立ってほしい」と鹿実のユニホームを掛けた。願いはかなわなかった。

 己に厳しく、目標に対してぶれない。真面目で思いやりのある男だった。「部員たちに、横田慎太郎の存在をしっかりと語り継ぎたい」

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