「厨房にクマおる」加賀の観光施設 緊迫の9時間半、階段踊り場にフン 本社記者ルポ

クマが荒らしたとみられるレストランの机や椅子。椅子には爪痕のような傷が付いている=19日午後7時、加賀市永井町

  ●開店前に叫び声

 「キャー厨房にクマがおる」。19日朝、営業前の観光施設「月うさぎの里」(加賀市永井町)に女性従業員の叫び声が響き渡った。クマ侵入の一報を受け、緊迫感漂う現場を目指したが、国道が封鎖されて施設には近づけない。大勢の報道陣とともに川を挟んだ対岸から、9時間半にわたって行われた捜索活動を見守った。(加賀支社長・小林広大)

 施設前の国道305号は午前9時32分に通行止めとなり、後輩記者や金沢から駆け付けたカメラマンとともに、対岸に陣取った。捜索活動が大詰めを迎えた午後4時ごろはちょうどワイドショーの時間帯。各局が全国に生中継し、山あいの静かな地域は大騒ぎとなった。周囲はパトカーが行き交い、サイレンも鳴り響いた。

 捜索終了後の午後6時半ごろ、取材に応じた施設運営会社社長の宮谷正志さん(54)は疲れ切った表情を浮かべながらも、クマ出没当時の状況を事細かく説明してくれた。

  ●カーテン爪で引っかく

 午前8時半ごろ、開店準備をしていた女性従業員が勝手口から調理場に入ると黒い影がのぞき、目を凝らすとクマだった。女性の叫び声を聞いた従業員14人全員が事務所に退避した。

 調理場のこんろの火を消すため宮谷さんが恐る恐る事務所の外に出ると、階段踊り場でクマが立ち上がり、カーテンを爪で引っかいていた。「想像以上に威圧感があり、怖かった」と宮谷さん。その後、クマの姿は消え、踊り場の窓から屋外へ出たと考えられるという。その先は山があり、そのまま山中に逃げた可能性が高いという。

 店内では、クマが好き放題に過ごした痕跡がいくつも残されていた。1階レストランの椅子には爪で切り裂いたとみられる跡があり、踊り場にはコロコロとしたフンがいくつもあった。人的被害はなく、ウサギも無事だったのは不幸中の幸いだ。

  ●ドローンで姿探す

 「中にまだクマがいるのか」「駆除されたらしい」。情報が錯綜(さくそう)する中、やきもきすること9時間半。市などによると、捜索隊の安全確保に万全を期すため、ドローン(小型無人機)で姿を探し、さらにクマが意外な場所に潜んでいないか警察官が1、2階をくまなく見て回ったため、時間がかかったという。

 施設の外では猟銃を持つ猟友会員が出番に備えた。猟友会の谷武さん(70)=同市三木町=は「早朝に近くで大きなクマの足跡が見つかっており、同一個体かもしれない」と推測した。

 19日は来店や食事の予約が200人分入っていたがキャンセルに。20日は安全管理を万全にした上で通常通り営業するという。

 地元では今年に入ってクマの目撃が相次ぐ。

 施設近くに住む無職西内容子さん(80)は「外で遭遇するかもしれないと思うと出歩くのが怖い」と声を震わせた。クマの侵入直後に様子を見に来た自営業田中繁さん(73)=同市三木町=は「この辺りは山と川に挟まれ、クマが移動しやすい条件がそろっている。けが人がなくて良かったけど人騒がせな」と話した。

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