YouTube動画の“映画制作”使用に裁判所「著作権侵害なし」…映像の「引用」が認められる要件とは?

イベントに登壇する前原一輝弁護士(左)と韓泰英弁護士(7月15日 都内/杉本穂高)

創作活動をする上で、「引用」は重要だ。大学で論文などを他者の著作物から一部を引用しながら書いた経験のある人は多いだろう。だが、映像作品の場合、引用はどのように考えればいいかはこれまで曖昧だった。そんな映像の引用について考える上で、非常に重要な判決が出された。

2019年に公開されたドキュメンタリー映画『主戦場』が、無断でYouTube動画を本編中に使用したとしてタレントのケント・ギルバート氏らから訴訟を起こされたが、今年3月31日に最高裁が原告らの上告を棄却し、当該動画の使用は、著作権法で定められた引用として認められるとした知財高裁の判決(2022年9月28日)が確定、『主戦場』製作者側が勝訴した。映像の引用に関する判決は極めて少ないだけに貴重な判例となった。

この判決を受けて、「映像作品における引用」についての勉強会が7月15日に東京都内で開催された。ドキュメンタリー・ドリームセンターが主催し、実際に裁判を戦った前原一輝弁護士らが登壇。裁判で争点になった動画の使用方法がいかなるもので、今後映画に関わらずYouTuberやTiktokerなどの映像制作者が引用をしたい場合、どのようなことを心がければいいかを解説してくれた。

著作物の“引用”とは

そもそも、引用とはどのような行為を指すだろうか。文化庁によれば、「公正な慣行に合致すること、引用の目的上、正当な範囲内で行われることを条件とし、自分の著作物に他人の著作物を引用して利用することができる。同様の目的であれば、翻訳もできる」となっている。そして、以下の条件を満たせば、引用と認められる。

文化庁サイト「著作物が自由に使える場合」より

文章の場合はわかりやすい。かぎ括弧などで、自分の書いた文章と他者の文章を明確に区別することは比較的容易で、自身の主張を補強するために引用すると考えれば主従関係も明確になるし、出所の明示も書籍名や著書名をきちんと書いておけば問題ない。

『主戦場』はドキュメンタリー映画であって文章表現ではない。しかし、著作権法上は文章でも映像でも、同一に著作物として扱われるので、引用も基本的には同じ考えに基づいて行うことが求められる。

『主戦場』裁判の争点

『主戦場』はアメリカ出身のミキ・デザキ監督によるドキュメンタリー映画で、慰安婦問題に斬りこむ内容だ。そのため、保守活動家たちの主張を取り上げる必要があり、YouTubeやFacebookなどに投稿された動画の一部を映画本編に挿入している。

本作の日本配給を担当した合同会社東風の木下繁貴氏によれば、本作はデザキ監督の個人制作で始まり、アメリカの著作権の考え方である「フェアユース」(公正利用)に基づき、現地の弁護士と相談しながら作られたとのこと。日本公開にあたって国内法に対応するため弁護士に相談し、一部の映像を修正した上で公開したが、原告に著作権侵害の訴訟を起こされた。

日本で公開するにあたり事前に弁護士に相談したと語る合同会社東風の木下繁貴氏(右)(7月15日 都内/杉本穂高)

原告の主張は、YouTube動画の一部が許諾なく使用されたというもの。本作で使用された七つの映像が著作権侵害だという原告の主張に対して、前原弁護士らは、著作権法(第32条第1項)に定められた「引用は公正な慣行に合致するもの」に該当すると反論。これらの動画の利用が引用の要件を満たしているのかが争点となった。

七つの映像は、挿入のされ方がそれぞれ異なる。パソコンでYouTube画面を開き、他の動画のサムネイルや、タイトルなどもわかるように挿入された映像もあれば、動画部分だけを全画面表示したパターンもある。全画面表示したものについては、本編のエンドロールに動画タイトルや制作者のクレジットを入れていたが、サイドバーや動画タイトルも見える状態で挿入したパターンのものについては、クレジットを入れていなかった。しかし、一目でYouTubeの動画であることがわかり、動画タイトルも画面内で確認できるようになっている。

東京地裁は、原告の請求を棄却。動画の挿入は他人の著作物と区別できるように用いられていて、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」(32条)で行われていると認定した。その後、原告は控訴したが知財高裁でも適法であると認められ、上告も棄却されたことから『主戦場』側の勝訴が確定した。

映像の引用要件とは

使用したい映像があった場合、その著作者に許諾が取れれば一番スムーズだ。しかし、時にはそれが難しい場合もある。今後はこの判例が、ひとつの基準になりそうだ。『主戦場』はどのようにして、引用の要件を満たしたのだろうか。

著作権法が定める引用には「公正な慣行」に合致している必要がある。曖昧な表現だが、前原弁護士によると、おおむね以下の要素で判断されるとのこと。

①著作物を引用する目的
②目的と著作物の関連性
③引用の長さ(量)
④出所の明示の有無・方法
⑤著作権者の利益の侵害の有無・程度

まず、その著作物を引用する必然性が重要だ。『主戦場』の場合、慰安婦問題について保守側の活動家たちの主張を示すことが目的だった。引用の長さについても、該当する主張が出てくる場面に限って、必要最小限の使用を心がけている。

出所の明示が争点としてもっとも重要になったが、エンドロールにクレジットのなかった動画についても、挿入場面でその動画のタイトルと制作者のYouTubeチャンネルが明示されていたため、十分に元の著作物にたどり着けると判断された。

裁判所は今回の裁判で、「出所表示の内容や態様、表示から元の著作物にたどり着くことが可能な程度に出所を明示しているか」を判断したのだと前原弁護士は語る。

つまり、どういう形でも出所をきちんと明確にすることが大切で、その方法は『主戦場』のようにYouTube上の画面をそのまま見せるようなやり方や、別途テロップを入れる形、エンドロールに記載するでもよいという。

映像の引用をめぐるもうひとつの判例と比較

映画と引用の「公正な敢行」に関する判例は今回の裁判を含め2件しかないというが、その2件が対照的な結論になっていると前原弁護士は紹介する。

もうひとつの事例はドキュメンタリー映画『沖縄うりずんの雨』だ。本編内に沖縄の放送局のニュース映像を使用して著作権侵害の訴えがなされ、出所の明示をしていなかったために敗訴したとのこと。また、引用された映像と本編その他の映像との「区分の明瞭性」にも疑問が呈されたそうだ。この2件の事例を比較し前原弁護士は、今後映像を引用する際には、以下のことに留意すべきだと説明する。

①「引用する側」と「被引用映像」を区別する
②主従関係を明確にする
③引用の目的に関連する映像を必要な分だけ引用するよう努める
④出所表示を出典にたどり着けるように明示する

その他、引用した著作者の利益などが考慮される場合もあるので、その点にも留意した方がよいだろうとのこと。今後、業界でガイドラインが策定されれば、それが「公正な慣行」として認定されることもあるとした。

肖像権について

裁判について説明する前原弁護士(7月15日 都内/杉本穂高)

ドキュメンタリー映画は現実の人物を写すものなので、肖像権の問題は必ずつきまとう。本人の許諾を得て撮影するのが一番良いが、それができない場合もあるだろう。『主戦場』をめぐる裁判でも、「肖像権の侵害」が争われた。

肖像権侵害は、撮影された者の社会的地位や撮影の場所や目的、必要性などを総合考慮して、撮影された者の「社会生活上の受忍の限度を超えるかどうか」が判断される。

『主戦場』裁判では、侵害を訴えた当該人物が政治活動を行っており、その活動を靖国(やすくに)神社という一般にも開かれた場所で行ったものを撮影していた。裁判所は、政治団体は広く国民の論評の対象になるべきもので、当該人物が普段から公に行っている活動を撮影したものであり、私生活を映したものではないので違法とは言えないと判断した。

基本的には文章の引用と同じ

前原弁護士は、「基本的には映像でも引用の考え方は文章と同じだ」として次のように話す。

「著作権法上は文章と映像を区別していないので、『公正な慣行』に合致すれば問題ない。『主戦場』はドキュメンタリー映画だが、この判例はドキュメンタリー映画に限らず、あらゆる映像ジャンルについても参照可能だろう」(前原弁護士)

映画以外の映像作品、テレビやネット動画であっても、きちんと上記の要件を満たせば、映像の引用は認められる。ただ、テレビ局などは、過去の映像データを販売した上で使用許諾をする場合もある。引用の要件を満たしていれば、訴訟時は勝てるかもしれないが、訴訟を起こされること自体がリスクでもあるため、制作の現場ではさまざまな事情を総合的に判断する必要はあるだろう。

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