猿之助容疑者“逮捕”までの「加熱報道」…セクシュアリティ「暴露」記事に問題はなかった?

猿之助氏が出演予定だった「七月大歌舞伎」。いとこの市川中車が代役を務めている。(7月・歌舞伎座/弁護士JP編集部)

人気歌舞伎俳優だった市川猿之助容疑者(47)が、両親への自殺ほう助の疑いで逮捕された。

5月18日、のちに容疑者となる猿之助氏が、自身の両親と共に自宅で倒れていたという第一報は大きく報道され、瞬く間に日本中を駆け巡った。事件の真相については現在、警察による取り調べなどが進んでいるが、猿之助氏は「両親と心中を図った」 という趣旨の説明をしているという。

事件当日の朝に発売された週刊誌『女性セブン』が報じた「猿之助氏によるパワハラ・セクハラ疑惑」が、猿之助氏を自殺未遂および母親への自殺ほう助に駆り立てた一因ではないかとも言われている。

逮捕後の報道は加熱し、中には猿之助氏が遺書を宛てたとされる付き人A氏と「恋人関係にあった」とする記事(※A氏は否定)や、猿之助氏やA氏のセクシュアリティに臆測で触れる記事も多く見られた。このような報道は、本人が公表していない性的指向・性自認を第三者に“暴露”する「アウティング」には当たらないのだろうか。

同性間のセクハラ・パワハラ・性暴力等の事件について、メディアはどう報じ、読者はどう向き合うべきなのか。LGBTQ+に関する情報発信を行う「一般社団法人fair」の代表理事で、『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』の著者である松岡宗嗣氏に話を聞いた。

同性間の性暴力が報じられるようになってきたことは「重要」と話す松岡氏

報道に感じた「社会的な変化」

──猿之助氏のセクハラ・パワハラ疑惑が報じられた『女性セブン』の記事では、被害者の性別などは伏せられていたものの、文面から同性に対する性加害であることがわかる構成になっていました。この報道についてどのように感じましたか?

松岡氏:文章を読めば男性同性間の性暴力であることはわかりますが、あくまでも猿之助氏が行ったとされる「行為」についてのみ言及されていた点は社会的な変化を感じました。一昔前であれば、セクシュアリティの部分がネタにされたり、ゴシップ的な扱いになっていた可能性が高いと思いますが、今回の報道では『同性間であれ異性間であれ、性暴力やセクハラ・パワハラという行為が問題である』ときちんと提示されていたと思います。

──その後報道が過熱し、事件の当事者ではない付き人A氏について、誰もが特定し得る状態で猿之助氏と「恋人関係」にあったと報道されたことについてはいかがですか。

松岡氏:猿之助氏の遺書とされているものにA氏の名前が書かれていたということだったので、「どういう人なのか」という報道は起こり得るものだと思い、今回の事件に限らず事件関係者のプライバシーに関する報道の問題として線引きの難しさを感じます。ただ、今回のケースのように、特に性的マイノリティについて差別・偏見が根強い社会でどこまで詳細に報じるべきなのか、その報道の影響については慎重に考えて欲しいと思います。

「特殊だから」報道していないか?

──猿之助氏の疑惑だけでなく、ジャニーズ事務所の問題など、同性間のハラスメントや性暴力事件について声をあげる人が増え、報道も増えてきた印象です。

松岡氏:これまで同性間の性暴力やハラスメントが問題視されてこなかったり軽視されてきた中で、報道によって問題が明るみになってきている流れは、重要なことだと考えています。特にメディアにおいては、実名報道とアウティングの問題についてどう考えるかという論点があると思いますが、前提として、私自身は加害者の実名報道の必要性はあると思っています。

一方で、同性間の性暴力を実名で報じることによって、「報道する側にも予期しない」ケースが起こり得ることも事実です。過去にも、勤務先の中学校で男子生徒に性暴力を行ったとされる中学校教諭が実名で報道され、釈放後に自宅で亡くなったことがありました。

──どれだけ気を付けていても予期せぬケースが起きる可能性はあると思いますが、報道する側が特に気にとめるべきことなどはありますか?

松岡氏:同性間でセクハラや性暴力があった場合でも、被害者はもちろん、加害者が同性愛者であるとは限りません。加害者のセクシュアリティやアイデンティティを勝手に決めつけず、あくまでもその行為・行動を問題視して報じる、ということを徹底してほしいと思います。

また、先日、電車内で男性同性間での痴漢事件が実名報道された際に、Twitter上で『男性同士の痴漢で実名報道がされるというのは、むしろ男女間の痴漢事件を軽視してるんじゃないか』といった指摘があり、確かにと思いました。男性が女性に行った痴漢事件は、報道をほとんど見ません。メディアには、同性間の性暴力が「特殊だから」「珍しいから」といった理由で取り上げていないか、むしろ異性間で起きている事件を軽視していないかチェックしてほしいと思います。

ネタとして“消費”されないように

──同性間の性暴力において、被害者が被害を訴えづらい構造に、報道機関が加担してしまっていることはありますか?

松岡氏:どんなにメディアが気を付けていても、同性間の性暴力が報じられると、SNSなどではいまだに『ホモ』と差別的な用語を使って“ネタ”のように消費されてしまうことが多々あります。そういった差別的な投稿は、性暴力の被害を受けた人が、誰かに相談したり、被害を訴えることができない要因になり得ます。

──被害者が差別的な投稿を見ることで、被害を訴えたら自分も同じようにやゆされてしまうのではないかと萎縮してしまう。

松岡氏:そうですね。「アウティング」というのは、それ自体が問題というよりも、アウティングによって差別や偏見に基づく被害が発生したり、不利益を受けてしまうことが問題です。

被害者がたとえば同性愛者だった場合、被害を訴えることで自分のセクシュアリティが暴露され、生活が脅かされてしまうんじゃないかと言い出せなかったり、加害者と親密な関係だった場合にも、「加害自体は問題だけれど、加害者のセクシュアリティを明らかにすることで(加害者を)追い詰めてしまうんじゃないか」と考えて、被害が訴えられないという人もいます。

社会に差別・偏見がなければ、被害者ももっと声を上げやすくなりますし、メディアも単に異性間の性暴力と同等に報道することができると思います。そういった面からも、根本的には差別・偏見をなくしていくことが非常に重要です。

そのためには、事件の詳細を報道するときに、読者が差別的なコメントをしないよう注意喚起したり、SNSなどプラットフォーム側が差別的な投稿に厳格に対応することも必要でしょう。報道の中で同性間の性暴力で被害者が被害を訴えづらい構造や要因を紹介することも重要かもしれません。差別・偏見につながり得る消費のされ方を防ぎながら、問題は問題として報じられてほしいと思っています。

相談先

【心の悩みについての相談先】
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/(厚生労働省サイトに移行)

【性犯罪・性暴力についての相談先】
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.html(内閣府男女共同参画局サイトに移行)

【LGBTQに関する相談先】
https://nijiirodiversity.jp/513/(NPO法人虹色ダイバーシティサイトに移行)

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