紀州の名刀見てみよう 和歌山県立博物館が夏休み企画展

上から脇指・銘「於南紀重国造之」、刀・銘「陸奥守橘為康」、脇指・銘「大和守安定」(和歌山県立博物館所蔵)

 和歌山市吹上1丁目の県立博物館は、夏休み子ども向け企画展「きのくにのかたな―和歌山県立博物館の赤羽刀(あかばねとう)―」を開いている。日本がアジア・太平洋戦争に敗れた時、連合国占領軍に没収され、後に返還された「赤羽刀」約5600本のうち、1999年に文化庁から同館へ譲与された43本全てを初めて展示。きのくに(和歌山県)で江戸時代に作られていた「文珠(もんじゅ)鍛冶」と「石堂(いしどう)鍛冶」の二つの流派の日本刀を中心に、その魅力と見方を分かりやすく紹介している。8月27日まで。

 敗戦後、日本刀は武器として、個人が所蔵していたものを中心に連合国占領軍に没収された。その大半が海洋投棄などで処分されたが、一部の美術的価値がある作品が、東京都北区赤羽にあった米第8軍兵器補給廠(ほきゅうしょう)に集められた。その後は日本に返還され、所有者が判明したもの以外は1947年、東京国立博物館へ移され、保管されることになった。この約5600本の日本刀(接収刀剣類)は、最初の集積地にちなんで「赤羽刀」と呼ばれる。

 「接収刀剣類の処理に関する法律」が95年に成立し、元の所有者へ返還したものを除く4569本が、国と地方の公立博物館で活用されることになった。県立博物館が譲与を受けた日本刀43本のうち、2005年までに作業が困難な8本を除く35本が、県内の研師らによって研ぎ直しがされ、かつての輝きを取り戻している。

 文珠鍛冶の代表的な刀工である初代・文珠重国は大和国(奈良県)の出身で、隠居後に駿府城(静岡市)にいた徳川家康に仕えた。家康没後は、紀伊国に転封された徳川頼宣に仕えて和歌山城下で、お抱え刀工として活動した。江戸時代を通じ、11代にわたって作刀していたことが知られる。重国の作品はバランスの良い美しい反り姿で、大和の伝統的な作風である直線的な直刃(すぐは)のものが中心という。

 紀州の石堂鍛冶は、近江国蒲生郡(滋賀県東近江市)の石堂寺の門前で作刀していた流派の一部が紀州へ移り、徳川頼宣に仕えた刀工集団。17世紀の中頃まで紀州で活動した後、江戸・大坂などへ移り、各地で分かれて作刀を続けたとみられる。紀州の石堂鍛冶の作品は反りが浅く、四角い波の刃文を幅広く焼いているのが特徴。大和守安定は石堂鍛冶の刀工で一時期、和歌山でも制作していたが、後に江戸に移った。その作品は「業物」(わざもの、よく切れる刀)として有名で、江戸の武士に人気があった。

 展示資料は、脇指・銘「於南紀重国造之」や刀・銘「陸奥守橘為康」、脇指・銘「大和守安定」など県立博物館所蔵の43点。

 関連行事として、ミュージアム・トーク(展示解説)を7月8、16、22、30日と8月5、13、19、27日の午後1時半~2時半、同館企画展示室で開く。ワークショップ「ホンモノの文化財にさわってみよう!」を8月5日午前10時~正午、同館エントランスホールで開く。

 開館時間は午前9時半~午後5時(入館は午後4時半まで)。月曜休館(ただし、7月17日は開館し、18日は休館)。入館料は一般280円、大学生170円、高校生以下と65歳以上、障害者、県内に在学中の外国人留学生は無料。毎月第1日曜(期間中は8月6日)は無料。

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