【作詞家 松井五郎インタビュー】女性ボーカルを語る〜岩崎宏美、澤田知可子、田村ゆかり…  大好評!作詞家 松井五郎インタビュー第2弾!

前回(『【作詞家 松井五郎インタビュー】女性アイドルを語る〜工藤静香、中森明菜、柏原芳恵…』)に引き続き、松井五郎がこれまで手がけてきた楽曲を自らセレクトしたプレイリスト “G-ism〜松井五郎セレクション” についてのインタビュー、今回は “女性ボーカル編” について語ってもらった。

“女性ボーカル編” は、全56曲、“女性アイドル編” にも選ばれている工藤静香や中森明菜、中山美穂らのよりフェミニンな楽曲、さらに平原綾香、坂本冬美、テレサ・テン、中江有里、増田惠子などの話題曲も加わり、全体として大人な仕上がりとなっている。

岩崎宏美に提供した、より自由で気ままな女性像

まずは、女性アイドルから女性アーティストへと完全に移行する際に多くの楽曲を手がけた岩崎宏美について尋ねてみた。岩崎には、彼女が大手芸能事務所を独立した84年の翌年、2枚のアルバム『戯夜曼』『cinema』の大半の楽曲を手がけ、より自由で気ままな女性像を描くことで、あらたな岩崎宏美像を描くことに成功した。また、その翌年にシングルとしてリリースされた「好きにならずにいられない」は、大人のラブソングとして今でもライブの定番となっている。

松井:80年代や90年代は、アルバム1枚の作詞をほぼすべて手掛けるという仕事が多かったですね。岩崎宏美さんより前では、デビューまもないチャゲ&飛鳥(現:CHAGE&ASKA)のチャゲの楽曲や安全地帯、世良公則さん、その後もHOUND DOG、氷室京介などはアルバム単位の仕事が多かったですね。そういった場合は、かなりの頻度でレコーディングにも立ち会います。スタジオで打ち合わせをしたり、歌いながら歌詞を変えていったりということもありますから。それは男性アーティストに限らず、例えば女性アーティストでは、中山美穂さん、井上昌己さん、岩崎宏美さんなどもそういった形でしたね。

その中で、岩崎さんの『戯夜曼(ぎやまん)』は、「恋孔雀」や「星遊戯(ほしあそび)」など漢字3文字タイトルのタイトル、『cinema』の方は、どれも映画っぽいタイトルという1曲ごとの決め事がある中で作っていったんですね。この頃、20代後半となった宏美さんに年相応の歌詞を書いていて、特に制作側から変化を求められたわけではありません。

―― とはいえ、松井が提供し最初にリリースされた「夢狩人」(シングル「決心」との両A面)には、「恋しいひとの名は風の音色で 腰に巻いた絹をはらりと落とす」といったフレーズがあり、これは彼女の代表作でもある「聖母たちのララバイ」で感じさせる母性とは一線を画している。

そういえば、アルバム『戯夜曼』には、1曲だけ漢字三文字ではない先行シングル曲「決心」が収録されているのだが、同アルバム内に「射麗女(しゃれいど)」という「決心」と全く同じ構成の楽曲(つまり「決心」のメロディーで違和感なく歌える楽曲)があるのが、個人的にとても不思議だったが、その謎を尋ねてみた。

松井:これは「決心」だけがアルバムより先に出来ていたんですよ。カメリアダイヤモンドのCMタイアップも決まっていて。その「決心」と「射麗女」が全く同じ形式なのは、おそらく最初、同じメロディーにこの2つ歌詞をつけていて、それで「射麗女」には別のメロディーをつけたのだと思いますね。そして、『cinema』の方を見ると、「そのとき彼女はジーンセパーグ」などは自殺を考えた女性がテーマになっていたり、映画のワンシーンを持ってきたり、タイトルだけ拝借したり、とにかく映画をモチーフに書いていますね。

―― アルバム全体を担当すると、より自由な遊び心も発揮できるということが見て取れた。また、2010年代は奄美大島出身の歌姫、城南海(きずきみなみ)への歌詞を提供しており、本プレイリストでも「あなたに逢えてよかった」と「いつか星になる」がセレクトされている。これらの作品にはどういった狙いがあるのだろうか。

松井:この前に韓流ドラマのカバー曲集を出していますが、その頃から彼女は格段に歌が上手くなったんですよ。その彼女の表現力の向上に詞の内容もかなり影響されましたね。

“めざせ100曲”!澤田知可子の洋楽カバー集「Vintage」「Vintage II」に費やされた相当量のエネルギー

―― 城には韓国カバー集で関わった松井だが、2022年からは澤田知可子の洋楽カバー集『Vintage』『Vintage II』の日本語詞やアルバムのプロデュースも手がけている。これは、ゆったりと聴けるように言葉も歌声も演奏も実に繊細に作られた力作なのだが、松井は相当量のエネルギーを費やしたのではないだろうか。

松井:最初にまず書きたいテーマというのがありますよね。その上で僕が今回やりたいと思ったのは、これまでの日本語詞は、どうしても英語の聴感が残ったままカバーされるため、違和感が残るんですよね。だから、そこの部分を、うまく洋楽のグルーブを活かしながら、日本語の良さも出るような日本語詞にできないかなと思ってトライしてみたんです。できるだけ日本語にする、しかも、その日本語が英語と同じ語感であるように工夫する。そこを上手く仕上げることに大きなモチベーションがありました。

だって、例えば、バート・バカラックの曲に自分の歌詞が乗るわけですから。その意味ではとてもモチベ―ジョンが高くて、僕が書くこと自体の苦労はほぼなかったのですが、せっかく1曲を仕上げても、必ずしも楽曲の許諾が下りるわけではないというのが、今回、一番大変なことでしたね。

―― この『Vintage』シリーズは、“めざせ100曲” ということで、今も許諾申請が続けられており、松井五郎にとっても澤田知可子にとってもライフワークとして継続されている。本作の大いなる魅力については、是非、澤田知可子インタビュー(『【澤田知可子インタビュー】21世紀に残したい泣ける名曲「会いたい」を歌い続けて…』)をお読みいただきたい。

田村ゆかりには松井から約80曲もの提供作が

本プレイリストに戻ると、「雨音はモノクローム」と「まだ好きでいさせて」が選曲されている田村ゆかりはトータルで約80曲もの松井からの提供作があり、実は女性アーティスト最多となっている。

松井:実は、田村さんは、安全地帯、玉置浩二に次ぐ多さになっているんですよ。彼女は声優出身の可愛い歌声で人気ですが、作品によってはロック色の強いもの、ダンサブルなものなどバラエティーに富んでいるので、いろんな曲を書いています。

―― 確かに、「まだ好きでいさせて」の方は、声優系ボーカリストに多いキュートな要素が強めだが、「雨音はモノクローム」の方は、アンニュイな雰囲気になっていて、松井らしい魅力が反映されているのが分かる。その他、“女性ボーカル編” で、特に聴いてほしい曲を尋ねてみた。

松井:この中だと、諌山実生さんの「誰も知らない」(05年アルバム『恋愛組曲 〜ONE AND ONLY STORY〜』収録)ですね。諌山さんには、1曲しか書いていないのですが、曲調と詞の世界をかなりマッチさせて作れたと思っています。

―― 本作は、「どれだけあなたを好きでいたか誰も知らない 心はいまでも花をつける こんなに」というサビのフレーズが印象的なミディアム・バラード。諌山の歌声やメロディーが、松井五郎の歌詞世界によって一層深みを増すのが興味深い。

松井:この他に、作品がひとり歩きしてくれたなと思うのが、森山良子さんの「家族写真」(‘09年アルバム『Living』収録)ですね。元々、僕の作詞と良子さんの作曲でサーカスに提供していたのですが、良子さんが気に入って歌うようになったんです。

――「家族写真」は、その後、合唱付きver.が発売されるなど、彼女のライブや合唱コンクールでも話題の1曲。サビの「明日へ向かうほど 近くなる昨日がある」というフレーズや、ラストの「忘れないで ぬくもりは どこにもいかない」など、誰もが自分の想いに重ねることだろう。

ところで、名作、名フレーズの多い松井だが、1曲を仕上げるのがとても早いことでも業界内では有名だ。

松井:先日も、林哲司さんのイベントでゲスト出演した時、お客さんからテーマをもらって即興で書きましたよ。昔は、僕の名前を騙るニセモノが結構いたんですよ。作曲家は人前でも即興で作ったりもしますが、作詞家は人前であまりしませんから、ステージの上で、ちゃんと証明しようと思ってやりました。集中すると、話していることや考えているものがすぐ出てくるんですよ。

“女性ボーカル編” でセレクトされた中には、MISIAやJUJUなど今でもヒット常連のアーティストもいる一方で、ブレイク前の実力派アーティストのものも少なくない。しかし、松井五郎の歌詞は、そういったキャリアの長短やヒットの大小の関係なく、どの作品も独特な熱を帯びていることが大きな特徴なのだ。だからこそ、これを機会にプレイリストで偶然かかった曲もスキップしないで、まずは聴いてみることをオススメしたい。きっと、自分の知らなかったアーティストを知ることが出来たり、時には過去に置き去りにしていた切ない感情を呼び起こしたりすることだろう。

カタリベ: 臼井孝

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