平成芭蕉の「令和の旅指南」② 「共感力」に秀でた縄文人からのメッセージ

長野県・山梨県の日本遺産「星降る中部高地の縄文世界」

私が幼少期を過ごしたのは、三重県名張市黒田荘という「黒田の悪党」で知られる伊賀流忍者発祥の地で、小学生の頃までは私は山の中で生活していました。そのため、私は幼い頃から山岳信仰や縄文人の生活に関心を抱き、これまでに数多くの縄文遺跡を訪れて縄文文化を研究してきました。

四季がはっきりしており、食料となる動植物が豊かで、道具の材料になる黒曜石などの石に恵まれたおかげで、縄文人は自然と共存できる独自の文化を築いたわけですが、同じ文化が1万年以上も長い間、続いた時代は世界にも例がありません。

2019年3月21日の春分の日、私は長野県茅野市民会館で行われた「甲信縄文フェスティバル」シンポジウムのパネラーとして招かれましたが、このイベントは茅野市を中心とした甲信地域が「星降る中部高地の縄文世界~数千年をさかのぼる黒曜石鉱山と縄文人に出会う旅」をテーマとする「日本遺産」に認定された記念事業でした。

縄文人の食生活と日本の食文化

その基調講演では歴史研究家の河合敦先生による「縄文文化を中心とした日本の古代史について」という興味深い話がありました。河合先生は「縄文人は蓄えるということをしなかった」とおっしゃっていましたが、私はすべての争いは「人が所有するもの」を奪い合うことが原因となることが多く、縄文人はその奪うものを所有しなかったので、平和な時代を築けたのではないかはないかと考えています。

自然界において人間以外の動物は、必要な時に必要最小限の食料しか求めず、また蓄えることもほとんどしません。百獣の王ライオンですら、生きるためのハンティングはしても無駄な殺生はしていないのです。

その点人類は多くの食料を蓄えては無駄にすることも多く、動物本来の嗅覚や感覚も失いつつある危険を感じます。すなわち食べ物の賞味期限は自然界の動物同様、食べる人が自己責任で判断し、食料も縄文人を見習ってもっと大切にすべきではないでしょうか。

特に日本人の食文化は「切られた新鮮なものを食べる」ことが主で、西洋料理のようにフォークとナイフで「自ら切って食べる」文化ではありません。そのため、包丁や日本刀においては「切れ味」という表現を使うのです。よってこの日本の食文化も切れ味鋭い黒曜石の石器にルーツがあるのではないでしょうか。そして、この切れ味鋭い黒曜石による道具と優れた土器利用がこの地の縄文文化を支えたのだと思います。

黒曜石鉱山と縄文人に出会う旅

国宝土偶「縄文のビーナス」

パネルディスカッションでは美術史家の山下裕二氏がコーディネーターを務め、パネリストには私と河合敦先生、そして『初めての土偶』著者の誉田亜紀子氏、黒曜石体験ミュージアム学芸員の大竹幸恵氏の4名が登壇しました。

大竹さんからは黒曜石発掘調査のこと、誉田さんからは有名な国宝の土偶「仮面の女神」や棚畑遺跡から出土したもう一つの国宝土偶「縄文のビーナス」についての興味深いお話がありました。

現在、私はこの日本遺産「星降る中部高地の縄文世界~数千年を遡る黒曜石鉱山と縄文人に出会う旅」をテーマとしたツアーを企画し、お客様をこの地の縄文遺跡へご案内して「仮面の女神」や「縄文のビーナス」の国宝土偶も紹介していますが、縄文時代はやはり女性が生命の原点であり、感謝の対象として崇敬されていたように感じます。すなわち、縄文時代は男性の狩猟採取の活動も認識しつつも、あくまで女性の勤勉さと充足・安定を尊ぶ文化であったと考えられます。

縄文文化は日本文化のルーツ

また、縄文文化はヨーロッパのように石の文化ではなく、木の文化であったため、縄文時代の建物はほとんど土となって、表面上に見えるものは残っていませんが、目を閉じると風とともに縄文人からのメッセージが聞こえてくるような気がします。

総じて縄文人は、今日の私たちよりも自然や他人に対する「共感力」が秀でていたのでしょう。「共感力」とは一種の直観力で、目に見えない自然の脅威や人の言葉以外のメッセージ(メタメッセージ)を感じ取る能力です。

それが弥生時代となり、稲作文化による階級社会が生まれ、安土桃山時代の南蛮文化や明治以降の近代ヨーロッパ文化によって日本は近代化し、縄文文化に刺激を与え、活性化させてきたのです。しかし、西洋の価値観による社会が淘汰されつつある現在、日本人の本質的な文化である縄文回帰が起きているように感じます。

すなわち、日本人は本来、すべてのものに神の存在を認める平和的な民族なので、縄文文化こそが日本文化のルーツと言ってもよいのではないでしょうか。私は長野県・山梨県の日本遺産「星降る中部高地の縄文世界」のストーリーを知れば、「縄文文化こそが日本人の内なるフロンティア精神」だと思えてきました。

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なお、本投稿は「令和の旅指南」ですが、7月7日には私が平成の時代に旅して感じたことをまとめた『平成芭蕉の旅指南 人生が変わるオススメの旅』が三省堂書店、Amazon、楽天ブックス等で発売となりました。

日本の伝統文化を訪ねる日本遺産の旅に加えて人生を変える新しいテーマ旅行、平成芭蕉独自の旅の楽しみ方とテーマ旅行に関する企画アイデアノート、さらに松尾芭蕉の旅から学んだ旅行術についても紹介していますので、ご一読いただければ幸いです。

寄稿者 平成芭蕉こと黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ)クラブツーリズム㈱テーマ旅行部顧問/(一社)日本遺産普及協会代表監事

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