[食の履歴書]秋山博康さん(犯罪コメンテーター・元徳島県警刑事) 〝早さ〟にあやかって 新タマネギで験担ぎ

秋山博康さん

仕事の成功を願って、験担ぎをする人もいると思います。私もその一人で、新タマネギを食べることで験を担いでいました。

普通のタマネギは出荷する前に1カ月くらい風通しの良い所に干します。それに対して新タマネギは、取ってからの出荷が早い。この早さにあやかりたいと思ったんです。犯人を早く捕まえたかったから。

うちの奥さんは、淡路島の生まれです。実家は農家で、タマネギを作っているんですよ。20年ほど前、結婚して淡路島に行って初めて新タマネギを食べた時、独特の甘味にびっくりしました。「何やこれ? 普通のタマネギとちゃうやん」とね。

新タマネギの収穫・出荷は、毎年3、4月。私も休みの時に手伝いに行きました。なんと昼休みの時間に、畑の真ん中で新タマネギをそのまんま生で食べるんですよ。それもビールを飲みながら。いやあ、うまかったですねえ。

新タマネギが出る3、4月というのは、警察の人事異動の時期。年度末には、よく強盗事件とか殺人事件が起こっていたんですね。3月に起きた事件は初動の段階で捕まえなかったら、人事異動で捜査員が代わってしまうこともあるんです。そのためか、なかなか検挙に至らんということも実際あったわけです。

年度変わりの時期に起きた事件を早く解決するため、女房の実家から届いた新タマネギを食べ続けてみました。毎朝自分でスライスして、淡路島流にポンマヨといってポン酢とマヨネーズをかけて。

そうしたら、初動捜査の段階で捕まえたんです。これはやっぱり新タマネギのおかげだと、毎年、験担ぎで食べるようになりました。

刑事の重要な仕事に、張り込みと事情聴取があります。どちらも刑事ドラマでよく出てきますが、食べ物についての描写は違いますね。

ドラマだと、張り込み中には車内でパンと牛乳を食べるのが定番。だけどそれはありません。冷たい牛乳は腹を壊すんで。それに車の中で食べていると、目立つでしょう。

今はどこに行ってもコンビニがあるので変わってきているでしょうけど、昔は交代で近くに食べに行きました。張り込みは2人で組むのが原則なので。大体の刑事は、素早く食べ終わるように麺にします。私もラーメンかうどんでした。食事中に動きがあるかもと思うと、気が気でなかったですね。

事情聴取のときに、容疑者にかつ丼を勧めることもありません。こうして得た自白は、憲法38条と刑事訴訟法319条に違反します。容疑者が後になって「おいしいかつ丼を食べさせられたので、自白しました」と言い出したら、証拠になりません。

私が刑事になろうと思ったのは、10歳の時です。私の家に夜中、泥棒が入ったことがありました。おやじが110番して、刑事さんが来ました。私は犯人がガラスを割る音、廊下を歩く音を聞き、とても怖い思いをしたんです。そんな私に刑事さんは「おじさんが犯人を捕まえるから、安心せい」と言ってくれました。被害者の気持ちをおもんばかっての一言。それを聞いて憧れたのです。

刑事は被害者の代理人なんです。ですから、被害者の代わりに容疑者の手首に手錠をかけた瞬間は、本当にうれしく思います。

でも逮捕の後は書類を書かないといけないから忙しい。そのため打ち上げは、容疑者を起訴したときに起訴祝いとしてやります。検察官を呼ぶこともあり、単に喜ぶだけではなく、捜査中の反省会も兼ねます。

打ち上げが終って家に帰ったら、赤飯を食べました。自分へのご褒美です。独身の頃は買いに行きましたし、結婚してからは奥さんに炊いてもらいました。起訴後に食べる赤飯ほどおいしいものはないですね。 聞き手・菊地武顕

あきやま・ひろやす 1960年、徳島県生まれ。79年、徳島県警巡査拝命。交番、機動隊を経て、84年に刑事として配属された。「おい!小池」で有名な殺人指名手配小池事件に長らく携わり、注目される。その後テレビの警察特番にたびたび登場し「リーゼント刑事」の呼称で人気を博す。2021年3月の定年退職後は「刑事バカ一代」をモットーに、犯罪コメンテーターとして活動する。

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