<書評>『みやこの自然と人』 地域で生まれた文化多様性

 子どもの頃、実家に備えてあった十数冊組の百科事典をめくるのが好きだった。目に飛び込んでくる見知らぬ地名や専門用語。ページをめくるたび、知らないことが、こんなにたくさんあるということを知って、わくわくした。この本をめくったときに、そんな記憶がよみがえる思いがした。持続可能性や生物多様性が重要であることは、少しずつ認知されている。加えて近年、生物文化多様性に注目が集まりつつある。

 自然と関わる中で育まれた、地域の人々が生み出した文化の多様性。『みやこの自然と人』は、従来の市町村誌の中で、「民俗」や「自然」といった項目の中でばらばらに触れられていた内容に、「生物文化」というあらたなくくりを投げかけ、地域の人々からの膨大な聞き取りを行う中で編まれた本だ。

 例えば、ぱっと、この本を開いてみる。目に入った「クサトベラ」という項目には、「山羊の餌。山羊が一番おいしいのはこれ」と書かれている。これは宮古島・狩俣の聞き取りだ。最初は山羊が「おいしがる餌」と読み間違えたのだがそうではなかった。山羊が「おいしくなる餌」がクサトベラなのだ。ページをめくると、山羊自身が一番好きな餌もちゃんと紹介されている。それはオオバギの葉とある。オオバギが山羊の一番好む餌というのは初めて知った。さらにページをめくってみる。久松ではクサトベラは「葉をお尻を拭くのに使った」とある。これまた、お尻を拭くのにクサトベラの葉を使ったという話を初めて知る。

 この本は、やはり百科事典だ。この中に、僕の知らない世界がどのくらい詰まっているのだろうと思う。琉球列島の島々には、島ごとに、はては集落ごとに異なった生物文化が育まれてきた。今、そうした文化の伝承が途絶えつつある。だから、この本を手にしてもう一つ思ったことは、「間に合った」という思いだ。今ならかろうじて間に合う、そのぎりぎりの時に、地域の生物文化の多様性について、これだけの知を聞き集めたそのことに驚嘆と感謝の思いがわく。

(盛口満・沖縄大教授)
 宮古島市史自然編小委員会(久貝勝盛委員長) 2014年に発足。今編では宮古野鳥の会、県内大学関係者、市教委職員など13人が執筆した。

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