「M嬢を探しています」勤務中に“出会い系メール”800件やりとりした教師へ裁判所が突きつけた“極刑”

メールで相手女性に本名と勤務先も伝えていたという…(kouta / PIXTA)

「(SMの)M嬢を探しています」

これは、勤務中に学校の教師Xさんが出会い系サイトで送ったメールです。メールのやりとりの回数は800回ほど。

学校
「懲戒解雇だ!」

地裁
「懲戒解雇はダメ! やりすぎ」
「学校はXさんに995万円払いなさい」

高裁
「いやいや、懲戒解雇OK!」
「M嬢メールはダメでしょ」

そして、強烈なパンチが。

高裁
「Xさんが受け取った995万円だけどさ...」
「学校に返しなさい!」

KO!

ザックリ言うとこんな感じです。以下、分かりやすくお届けします。(K工業技術専門学校〈私用メール〉事件:福岡高裁 H17.9.14)(弁護士・林 孝匡)

※ 裁判を一部抜粋し簡略化、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

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▼ 勤務先
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・私立の学校法人

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▼ Xさん
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・授業を担当(自動車工学科)
・進路指導課長も兼任

どんな事件か

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▼ Mの女性と出会いたい!
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という気持ちが強かったようです。Xさんは少なくとも2年半くらいの間、勤務時間中に、いろんな出会い系サイトで女性とメールのやりとりをしていました。一例を挙げると以下のとおり。

==== Xさんが送信したメール ====
「自分はMじゃないかな? またはMですよって思っている女性の方、まずはお互いを十分理解するまでメール交換しましょう。話を重ねていく中でお互いの信頼が確立するまではプレーには入りませんし貴女の嫌がる行為は基本的にしません。ソフトでもハードでもご要望にお答えしますので、勇気をだしてまずメールを下さい。秘密厳守しますので安心して下さい」

「M嬢を探しています。経験、年齢は一切問いませんので少しでも興味があればメール下さい。お互いの感性を知ることが大切ですのでメールからゆっくり始めましょう。感性が合うM嬢と良きパートナーの関係が築けるようにお互いに努力していきたいと思っています。SMに少しでも興味があってマゾっ気の女性であればどなたでもどうぞメール待ってます」
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これを勤務中に送信しています。ていうか、SMって信頼関係が大事なようですね。

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▼ 危機管理能力、どうなってんの?
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Xさんはメールで自己紹介する時に、本名と勤務先を伝えていました。

女性から「学校のパソコンで女性とメールしてもだいじょうぶ?」「学校名出してだいじょうぶ?」と心配されるありさまでした。

■ 閑話休題
並行して、Xさんは妻と離婚しています。

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▼ バレる
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ある日、匿名で「こんな書き込みがありますが...」と学校に通報がありました。Xさんは出会い系サイトを使う際、メアドを閲覧可能にしていたようで・・・

「このメアド、Xさんじゃん」ってことでバレました。

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▼ 校長との面談
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翌月、校長がXさんを呼び出して、問いただしました。

Xさんは勤務中に出会い系サイトでメールしていたことは認めたんですが、謝罪、反省の弁は述べず。そんなに悪いことをしたとは思わないという態度でした(相当なSです。M嬢との信頼関係には注意を払うが校長との信頼関係はさほど気にせず)。

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▼ 懲戒解雇
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まずは出勤停止処分が出されました。その後、Xさんは謝罪文を提出しましたが、時すでに遅し。学校はXさんを懲戒解雇しました。

ジャッジ

弁護士JP編集部

ーーー 裁判所さん、どうですか?

■ 地裁
「解雇はダメです。学校はXさんにこれまでの給料を払え」

地裁判決のあと、Xさんは学校から995万円を受け取りました。ホッとしたところに鉄槌!

■ 高裁
「いやいや解雇はOKよ!」
「Xさん、残念だけど995万円を学校に返しなさい」

皆さま、想像できるでしょうか? 一度受け取った995万円を返さねばならない状況を。私なら法廷で暴れて警備員につまみ出されていることでしょう。

さて、なぜ判断が割れたのか? 見ていきましょう。

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▼ 地裁の判断
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地裁の判断は以下のとおり。

■ たしかに、Xさんは悪い
・出会い系メールは職務専念義務や職場の規律維持に反する
・教職員としての適格性にも疑問させる...etc
・懲戒解雇事由にあたる

■ しかし、懲戒解雇はやりすぎ
〈理由〉
・メールの内容が直接性的関係を求めるなどの卑わいなものじゃない
・授業などを特におろそかにしたことはない
・メールの送受信によって業務自体に著しい支障を生じさせていない
・投稿自体が学校の名誉等を毀損したとは直ちには言いがたい

地裁
「なので、懲戒解雇はダメです」

■ 解説
懲戒解雇の事由にあたるとしても、裁判所が「権利濫用だ!」と判断すれば解雇は無効になります。現在は以下の条文に規定されています。

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労働契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
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▼ 高裁の判断
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カエルのこころ / PIXTA

しかし、高裁でチャブ台返しです!

ーーー 高裁さん、懲戒解雇OKとした理由は何でしょう?

高裁 「下を見てよ。こんだけメールしてるんですよ。勤務中に」

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・約5年間 私用メール
受信 1650件くらい
送信 1330件くらい
・そのうち出会い系サイト 送受信800件
・半分くらいが勤務時間中
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高裁
「Xさんの行為は職務に専念する義務に著しく反し、その程度はカナリ重いです」

ーーー メールの内容はどうですか?地裁は「解雇ダメ〜」と判断した理由のひとつに「メールが卑わいじゃない」を挙げてますが。

高裁
「いや、M嬢のメール見てよ。露骨に性的関係を求める内容のメールを送信してますやん。しかもこのメールは1か月以上も第三者が閲覧できる状態にありました。Xさんの行為は著しく軽率かつ不謹慎だし、学校の品位や名誉を傷つけています」

高裁
「その他の事情も総合考慮すると懲戒解雇はやむを得ないです。不当に過酷とは言えません。懲戒解雇OK!」

そして、高裁は「Xさん! 学校に995万円を・・・返せ」と命じました。いや本当に、高校野球と裁判は最後までどうなるか分かりませんね。

ほかの裁判例

以下、裁判所が「懲戒解雇ダメ〜」と判断したケースを2つ挙げます。今回のXさんは懲戒解雇OKになりましたが、懲戒解雇するのってカナリ難しいんです。労働者にとって極刑なので。

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▼ 懲戒解雇はダメ(無効)
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過去に風俗嬢だったことを隠していたケース
上司に向かって「やる気か、コラ」とケンカを売ったケース

相談するところ

解雇された方や解雇をにおわされている方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

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