国を動かした「付き添い入院」経験者3600人の声 任意のはずが入院条件に ルール違反のケア代替も発覚、こども家庭庁が医療機関の実態調査へ

病室備え付けの小児用のベッドで眠る生後3カ月の子ども=2020年12月

 幼い子どもが入院する際、保護者が病室に泊まり込んで世話をする「付き添い入院」を巡り、病児やその家族を支援する東京のNPO法人「キープ・ママ・スマイリング」が6月、全国アンケートの結果を公表した。有効回答者は約3600人と過去に例のない大規模な調査で、本来は任意であるはずの付き添いが事実上、入院の条件となっていることや、保護者が心身ともに重い負担を強いられている状況を可視化する内容だった。
 この調査結果を受け、こども家庭庁と厚生労働省は2023年度中に医療機関を対象とした実態調査を行うと発表した。アンケートに寄せられた親の声が国を動かした形だ。
 「一日中ほとんど寝られない」「医療行為の代替を求められる」「経済的な負担がきょうだい児にも及んでいる」。当事者の声は、さまざまな面で深刻な問題が起きていることを物語っている。その一つ一つをたどりながら、子どもや保護者にとって最善の環境をつくるためにどんな手だてが必要なのかを考えた。(共同通信=禹誠美、山本大樹)

関西地方の女性が付き添い入院中に過ごした病室。手前が保護者用の簡易ベッド=2月

 ▽3食カップ麺、身を縮めて添い寝で仮眠
 「親の人権がないと感じた。付き添いが必須ならせめてまともな環境を用意してほしい」。約2週間の付き添い入院を経験した関西地方の30代女性は、共同通信の取材にそう訴えた。
 今年2月、女性の長男(4)は高熱に伴うけいれんを起こして近くの病院に入院した。付き添いについて病院側から希望を聞かれることはなかったという。「入院の条件かと思った。後から『制度上は任意』と知って驚いた」
 病室を離れられるのは1日に15分だけ。保護者向けの食事提供はなし。長男の昼寝中に急いで院内のコンビニに食事を買いに行き、3食をカップラーメンでしのいだ日もあった。
 長男が夜中に目を覚ますため、小児用ベッドの中で添い寝をして仮眠を取る毎日。入院から3日間はシャワーも浴びられなかった。4日目にようやく川崎病と診断され投薬を始めたところ、症状は軽快していったという。
 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため保護者の交代は認められず、2週間のケアは「ワンオペ」で乗り切った。その分、自宅に残した1歳の長女の世話は自身の母親や夫に頼んだ。女性は付き添い中の体験を振り返り、「子どものそばにいられたのは良かったが、最低限の栄養が取れる食事を提供するなど、保護者にも配慮してほしかった」と語った。

 ▽8割が付き添いを「要請された」
 キープ・ママ・スマイリングは、こうした過酷な付き添い生活をどれくらいの保護者が経験しているのかを明らかにするため、昨年11~12月にウェブ上でアンケートを実施した。対象者は過去5年間に入院中の子どもの付き添いや面会を経験した保護者とした。最終的に47都道府県の3643人から、計583病院について回答が寄せられた。
 公表された結果によると、病院側から付き添いを「要請された」と答えた人は全体の79%に上った。付き添いを希望したかどうかを尋ねる質問には、71%の人が「希望の有無を問わず、付き添いが必須だった」と回答した。
 前述したように、本来、保護者の付き添いは任意だ。厚労省によると、公的医療保険で病院に支払われる「入院基本料」には元々、子どもの世話にかかる人件費が含まれている。さらに厚労省の通知では「医師の許可を得た場合は付き添いが認められるが、その場合も看護要員の代替に当たるようなことはしてはならない」という旨が明記されている。
 だが今回の調査結果を見れば、病院側から保護者に要請するケースが多いのは明らかだ。しかも、その矛盾を取り繕うため「保護者が希望した」という体裁の「付き添い願い書」を作成する場合もある。アンケートでは回答者の71%がこの書類を提出していた。「病院側から要請されたのに、なぜこちらが『付き添い願い書』を出すのか」と釈然としない思いを抱えた人も多いだろう。

 ▽食事はコンビニ、24時間態勢で半数が体調不良に
 一般的に、付き添いの保護者には食事が提供されない。食べ物の調達場所に関する回答では「主に院内のコンビニや売店」が65%と最も多く、「病院から提供された食事(有料・無料)」と答えた人はわずか6%だった。子どもから目を離せないため買い出しに行けないことも多く、中には1日の3食全てが子どもの食べ残しだったという人もいた。
 寝る場所は「子どもと同じベッド」との回答が最多の52%で、次に多かったのが「病院からレンタルした簡易ベッド」(33%)だった。夜も子どもの世話や看護師の巡回、同室の子どもの泣き声などで大半の人が十分な睡眠を取れていなかった。
 保護者は24時間態勢で子どもに付きっきりになる。1日のうち、子どもの世話やケアに費やした時間は「21~24時間」との答えが最多で26%を占めた。睡眠や休憩はほとんど取れていないことになる。こうした生活を続けた結果、51%の人が付き添い中に体調を崩していた。体調を崩しても、病院でケアやサポートを受けられた人はわずか20%。自由記述では次のような声も寄せられた。
 「交代できる人がおらず、自分の治療のために他の病院を受診後、戻って付き添いを続けた」
 「精神が崩壊しそうになり、(病院側に)泣いて懇願して1日帰らせてもらったが、またすぐに行かなくてはならず、とてもつらかった」

付き添い入院に関する全国アンケートの結果を公表するNPO法人の代表者ら

 ▽ルール違反の「医療的ケアの代替」も…
 病院側との役割分担にも問題がある。回答者の大半は食事や入浴の介助など、入院中は本来、医療従事者らが果たすべき役割を担っていた。親が人工呼吸器の管理やインスリン注射といった医療的ケアに従事した事例も確認されている。「薬の管理から服薬までを親が担い、看護師がチェックする。過去に数回、薬の種類に漏れがあったが、責任の所在があいまいで、親が自責の念にかられた」という悲痛な訴えもあった。入院中の医療的ケアを親に委ねている状況は、厚労省通知に背く明らかなルール違反だろう。
 経済的な影響も深刻だ。付き添い中は保護者の食費や洗濯、簡易ベッドの費用などで出費がかさむ。「経済的な不安を感じた」と回答した人は72%に上り、入院期間が長いほど不安を感じる傾向があった。長期入院の場合は仕事との両立が困難になり「正社員からパートになった」「退職を余儀なくされた」という保護者もいた。少しでも支出を節約しようと「きょうだいの学費や習い事をセーブした」という回答もあった。

 ▽付き添い入院は「子どもの権利」
 家族に過度な負担が生じているからといって、付き添い入院を全面的に廃止すれば良いというわけではない。子どもの回復や成長において親の存在は重要であり、親が子どものそばにいたいと思うのも自然なことだ。病児の福祉向上を目指す国際団体「病院のこどもヨーロッパ協会」は、その憲章の中で「病院にいる子どもたちは親または親の代わりとなる人に、いつでも付き添ってもらえる権利を有する」と明記している。
 また別の章にはこんな記述もある。「子どもの最善の利益のため、親が安心して付き添える環境の整備が必要だ」。実際、欧州では保護者用のベッドや食事が無償で提供される国も多い。今の日本に求められているのは、保護者が病児の状況や家庭事情に応じて、付き添うかどうかを主体的に判断できる仕組みと、付き添いを選んだ場合に安心して生活できるような環境づくりだ。

「キープ・ママ・スマイリング」の光原理事長=6月

 ▽保護者と医療関係者は「ワンチーム」
 最後に、今回のアンケート結果に対する所感や求められる対応策について「キープ・ママ・スマイリング」の光原ゆき理事長に聞いた。
 ―「キープ・ママ・スマイリング」では、平素から付き添い入院中の保護者に対する食料や日用品の無償提供など、さまざまな支援をしていますが、今回のアンケート結果を受けて、改めて感じたことはありますか。
 「新しい発見があったというよりは、日頃、支援させていただいているお母さんたちから聞く声がきちんと定量的に見える形になったという印象です」
 「私自身も先天性疾患を持つ次女の世話で、いくつもの病院に泊まり込んだ経験があります。次女は2014年に生後11カ月で亡くなり、それから10年近くたちますが、お母さんたちが置かれている環境は当時と変わらず、とても過酷だと思います」
 ―アンケートでは、多くの保護者が看護師らの業務の一部を担っている実態が明らかになりました。保護者の負担軽減のためにはどのような解決策が考えられるでしょうか。
  「親にも『子どものことはなるべく自分がやってあげたい』という気持ちがあります。小児医療においては子どもや家族の希望に応じて、家族がケアに参加できるよう支援することが奨励されており、親が子どもの世話をすることは否定されるものではありません」 
  「看護師の人数が圧倒的に足りないことも保護者はよくわかっています。ただ、アンケートの回答でも散見されたように『手術直後で、子どもの体に管がたくさんついているような状況でケアを担うのは怖い』わけです」
 「今後は、小児看護の専門家を中心に『親のケア参加』をきちんと定義し、『ここまでは看護師の仕事、ここはお母さんに期待すること』といった線引きやガイドラインを作成していただきたいと考えています。子どもの状態に応じてケアの役割分担を変更できるような仕組みになれば良いと思います」
 ―付き添い入院の問題が改善されない背景には、病院側も看護師不足で現場の負担が重くなっている事情があります。医療現場と保護者の関係性についてはどう考えますか。
 「親は子どもが元気になるためなら、自分が寝ていないことや食べていないことなんて気付かないぐらい『何でもしてあげたい』という思いがあります。それでも、さすがにベッドで寝返りが打てない生活や、コンビニ食が何カ月も続くと耐えがたくなります」
 「一方で、付き添い入院をしていると、小児科というのは手間がかかり、病院の中では不採算部門であるにもかかわらず、医師や看護師の皆さんが子どもに対して本当に真摯に向き合ってくれていることが良く分かります」
 「医療関係者と保護者は、子どものために手を取り合うワンチームであり、どちらも付き添い入院の問題に悩む当事者だと思います。現場の努力だけではどうしようもないからこそ、私たちは国にアンケート結果を提出し、対応を要望しました」

小倉将信こども政策担当相

 ―小倉将信こども政策担当相は2023年度中に医療機関に対する実態調査を行うと明言しました。厚労省が2021年に行った実態調査は回答率が1・4%と不調に終わりましたが、今回の調査実施に当たってはどのようなことを望みますか。
 「私たちが知らない医療機関側の事情もあるはずです。今回のアンケートで分かった保護者側の問題だけでなく、医療従事者の現状や課題もきちんと出し合った上で、子どもの入院に関わる人たち全員で小児の付き添いについて捉え直し『どう解決するのか』ということを考えていきたいです」
 「また、病院によって付き添いに関するルールはばらばらですし、ハード面でも簡易ベッドや食事提供の有無などは差があります。調査項目を設計する際は、そうした実情を知る当事者の声を入れていただきたいと思います」

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