「水の都、夢を開く窓」 バンジャルマシンの魅力が詰まった、心温まる友情物語 【インドネシア映画倶楽部】第56回

Jendela Seribu Sungai

*夢が窓をたたく時、川がそれをかなえてくれる*—。川と共に暮らす南カリマンタン・バンジャルマシンの子供たち3人が、それぞれの夢に向けて、励まし合いながら進んでいく。伝統的な暮らしがたっぷり盛り込まれ、バンジャルマシンに行きたくなる。

文・横山裕一

南カリマンタン州の最大都市バンジャルマシンは市内を流れるマルタプラ川とその支流などが多く、川と生活をともにする伝統文化があることから「スリブ・スンガイ」(直訳「千の川」)との別名を持っている。インドネシアではたくさんあることを「スリブ(千)」と表現することが多く、「スリブ・スンガイ」はまさに「水の街」「水の都」といったところである。伝統的な水上マーケットで有名な観光都市でもある。

ローカル色豊かなバンジャルマシンを舞台に、子どもたちがそれぞれの夢に向けて励ましあう、爽やかな友情物語が本作である。主人公の男子小学生アリアンはマルタプラ川沿いに住み、学校へも小舟で通うバンジャルマシンっ子である。クリディンと呼ばれる地元ダヤック民族の伝統楽器奏者の父親に憧れてクリディンを片時も手放さないが、父親は苦労を見越して趣味にとどめるよう諌めている(クリディン=Kuriding=は竹製で、口元で弾く音を口内で共鳴させる伝統楽器。各地に似た楽器がある)。

ある日、アリアンのクラスにクジョラという女の子が転校してくる。彼女は山岳部の部族出身で、父親は伝統的なまじないで住民の病を治す祈祷師である。クジョラは父親が祈祷する際、太鼓を叩いて手伝っていたが夢は医者になることだった。しかし、クジョラの出生時に母親が死亡してしまったため、父親は医者に不信感を持ち、クジョラの夢に反対し祈祷師を継ぐことを希望している。

アリアンの伝統的な自宅前の川の反対岸には近代建築の立派な家があり、2階の窓越しに踊りをする影をある日アリアンは見つける。踊っていたのはブンガという女の子で、四肢の筋肉麻痺の病を抱えるものの踊り子になりたい夢を持っていた。しかしやはり親に反対され、自宅に篭りがちだった。

この3人がお互いに励まし合う中、アリアンがバンジャルマシン主催の伝統舞踊コンテストに出場しようとブンガに提案する。アリアンとクジョラもそれぞれ伝統楽器のクリディンと太鼓で伴奏し協力しようというものだった……。

夢と現実の狭間に悩みながらも明るく励ましあう物語は爽やかで好感が持てる。同時に伝統文化を守り引き継ごうとする考えの一方で、現代社会との齟齬から伝統文化を生業とはしにくいとの考えが主人公らの親を通して対比されているように、現代に生きる地方の少数民族の課題や葛藤も的確に示されている。

本作品はバンジャルマシンの市政府が観光客誘致も含めて全面協力して制作されている。しかし宣伝臭くはなく、マルタプラ川と人々の生活の関わり方や街並み、水辺の美しさ、山岳部へ行く際に乗る竹でできた伝統的な筏など、物語内で自然な形で街や民族の魅力が紹介されていて、観ていて実際に行きたくなる。

バンジャルマシン市長本人も市長役で出演しているのには若干気は削がれるが、物語全体に違和感はない。これまでにも他作品だが西ジャワ州バンドゥンを舞台とした作品のたびに現西ジャワ州知事(元バンドゥン市長)がピンポイント出演することが度々あった。彼は現在副大統領候補に取り沙汰されることもあり、知名度アップに利用していたと穿った見方もしたくなる。しかしわずかな出演と引き換えに、地方政府協力のもとスムーズに街頭撮影が進められる利点もあり、制作側はそれほどこだわりはないのかもしれない。

本作品でいえば、違和感なく物語内で街や民族の独自の雰囲気を感じ取ることができ、地方色豊かな作品に仕上がっている。ポストコロナで観光業復興のため、今後似たような地方政府協力の作品が追随することも考えられるが、本作品のような形式であれば是非観てみたいとも感じる。

ジャカルタのあるジャワ島とは一味異なる、カリマンタン島バンジャルマシンの魅力が詰まった、心温まる物語を是非ご覧いただきたい。(一部地元ダヤック語が入るのと、耳が不自由な方のために全面インドネシア語字幕)

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