「スタジアム建築に税金を頼るのは格好悪い」ドームCEO安田秀一が語る経済合理的なスポーツとは

東京五輪の延期が決定し、延期という事実以上に、そこに至るまでの経緯に失望したと語る安田秀一氏。スポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」委員にも名を連ねた彼の日本スポーツ改革案の数々には学ぶべきヒントが溢れていた。日本におけるアンダーアーマーの総代理店「ドーム」創業者が語る日本のスポーツの課題と可能性とは?

(文・写真=宇都宮徹壱)

「Jリーグってどこか権威的で合理的でない」

東京臨海高速鉄道りんかい線、国際展示場駅から徒歩10分。かつての埋め立て工業地帯の一角に、アンダーアーマーのショップを併設した株式会社ドームのモダンなオフィスがある。日本におけるアンダーアーマーの総代理店であり、創業から来年で四半世紀を迎えるドーム。「ミュージアム」と呼ばれる天井の高いスペースで、インタビュー取材に応じてくれたのは、創業者で現CEOの安田秀一氏である。

「例えばサッカーで0-10で負けていたら、残り1分で『逆転しようぜ』とは誰も思わないですよね。であればこの1分を、どう次につなげていくのかということを、まず考えるべきですよね? 東京五輪についても同じだと思います。延期が決まっても、1年後に開催できるか誰にもわからないし、中止になってしまうかもしれない。試合終了間際と同様に、自分では解決できない課題に直面しているわけです。そうした中で、今回の東京五輪に向けて頑張ってきたアスリートたちには、この1年をどう生かしていくのか。ぜひ、日本のスポーツをより良くしていくための1年にしてほしいと思います」

最初に話題になったのは、取材日の1週間前に発表された、東京五輪の開催延期について。安田氏は常にスポーツを愛し、アスリートに寄り添い続けてきた経営者である。学生時代はアメリカンフットボールのプレーヤーであり、2016年に母校である法政大学アメフト部の監督に就任(翌年から総監督、現在はシニアアドバイザー)。スポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」元委員、そして筑波大学客員教授の肩書を持つ。そしてサッカーファンにとっては、「いわきFCの創設者」と言えば通りはよいだろう。

「いわきFCは8部(福島県2部)からスタートして、とうとうJFLにまで到達しましたし、Jリーグ百年構想クラブの承認もいただきました。でも僕の考えは終始一貫していて、最初からJリーグを目指していたわけではなく、スポーツを通じて地域を活性化することが唯一最大の目的だったんですよね。ちょっと悪口に聞こえるかもしれないですが、Jリーグってどこか権威的なところがあって、合理的でないところが僕の肌に合わないんですよ。『もっと合理的なやり方もあるんだよ』というのは、この本でも書いたことです」

「リーグ=同盟」が本来の意味、日本は「リーグが権威」

安田氏が「この本」というのは、このほど上梓した初めての著書『スポーツ立国論 日本人だけが知らない「経済、人材、健康」すべてを強くする戦略』(東洋経済)。『新・観光立国論』で知られるデービッド・アトキンソン氏から「そんなにスポーツに想いがあるのなら本を書くべきだ」と背中を押されたのが、執筆のきっかけとなった。テーマは、スタジアム・アリーナ改革、リーグ・団体改革、大学改革、女性スポーツ改革、メディア改革と多岐にわたる。Jリーグの話題が出たので、まずはリーグについての安田氏の考えを聞こう。

「アメリカの場合、例えばプロバスケットボールのNBAは、BAA(Basketball Association of America) とNBL (National Basketball League)がくっついて生まれたんですね。そもそも2つのリーグがあったということです。NFLも似たような歴史をたどっているわけです。その後に軌を一にしていくのですが、要するに理念が合う人たちで作るのがリーグなんですよね。リーグとは『同盟』っていう意味です。ところが日本の場合、まずJリーグというものを作って、それから『入ってきてもいいよ』というスタンスですよね。つまりリーグとは似て非なるモノになっています。日本では協会や連盟というNF(国内競技連盟)が管理しているにもかかわらず『リーグ』と呼んでいて、本来の英語の意味とはまったく違うわけです」

安田氏は大学時代、法政大アメフト部の一員として、ハワイで合宿した経験がある。現地で見聞きしたアメリカのスポーツ環境は、日本の体育会系文化しか知らなかった安田青年にとり、何もかもが新鮮な驚きの連続だった。そして起業後、アメリカやヨーロッパのスポーツビジネスを調査するようになり、日本との彼我の差に慄然(りつぜん)としたという。その差を埋めるべく、安田氏はこれまでにもさまざまな提言を行っている。Jリーグのあり方についても、彼は「お金があるクラブが集まってオーナー会を作るべき」と主張してきた。

「オーナー会を作ってチェアマンを選ぶというのが、本来の“リーグ”であり最も民主的な方法です。そこで『リーグの売上を1.5倍にします』とチェアマンが目標を立てて、それをオーナー会が承認したら、利益の調整をするのが本来のプロリーグのあり方です。イングランドでも、協会型の組織から離脱したチームが株式会社プレミアリーグを作って、そこに投資しているオーナーに権利があるという仕組みです。JリーグはMLSよりも、むしろプレミアリーグのガバナンスをモデルとするべきだと思っています」

「東京五輪の延期」で残念に思えたこと

ところで、この時期に出版されたスポーツ関連書籍の多くが、今年開催されるはずだった東京五輪の特需を見込んでのものであるのは明らか。この『スポーツ立国論』にも、少なからずそうしたにおいは感じられる。またドームにしてもアンダーアーマーにしても、当然ながら東京五輪を見据えたビジネスの仕込みをしていたはずだ。それらが無に帰したことについて、安田氏はただ一言「今は耐えるほかないですね」。ただ延期という事実以上に、そこに至るまでの経緯についても、安田氏は深い失望感をにじませる。

「JOC(日本オリンピック委員会)の山下(泰裕)会長が、ずっと『予定どおりに開催』って言っていたのが、すごく残念に思えました。スポーツに人生を懸けてきた人って、本来は負けというものを知っているんですよ。まあ、山下さんは現役時代、負け知らずでしたけど(笑)。例えばダルビッシュ(有)さんも大変素晴らしい世界に誇るアスリートですが、彼もたくさんの敗戦を経験しています。だからこそ『これは負け戦だな』と思ったらジタバタせず、堂々と敗北を受け入れます。でもこの国では、0−10で負けているのに『まだまだイケるぞー!』とか言っている体育会系の人が、いまだに多いんですよね」

実は安田氏は、東京五輪のメイン会場となる新国立競技場の建設に関して、驚くべきアクションを起こしている。人脈を駆使して、政府高官にプレゼンを行っていたのだ。折しも「ザハ(・ハディッド)案のままでよいのか?」という議論が、国民レベルで沸き起こっていた時期の話。安田氏の頭にあったのは、1996年のアトランタ五輪のメイン会場(センテニアル・オリンピックスタジアム)が、大会後に野球場(ターナー・フィールド)に改修された事例である。

「20分の時間をいただいて、『アトランタ五輪の時みたいに野球場にしましょう!』とプレゼンしたんです。そうしたら『もう、間に合わない』と。結局、ザハ案はひっくり返って隈研吾案になって、普通に大きめの陸上競技場を作ってしまいましたよね。2002年の(FIFA)ワールドカップの時に何個作ったんだよって話ですよ(笑)。もっと経済を軸に考えないと、合理的な議論ができないというのが、僕が最も主張したいこと。国も五輪の経済効果をうたっているくせに、僕がこういう主張をすると、なぜか攻撃の的になるんですよね」

日本を変える可能性を秘めた「スポーツ」と「若者」

大会後の新国立の活用について、安田氏は《民間拠出の総工費800億円でドームスタジアムに改装し、年間集客数300万人を超える読売ジャイアンツが利用する》という自身のアイデアを披瀝(ひれき)している。多くのサッカーファンには、およそ受け入れ難いアイデアだろうが、安田氏はその理由をこう解説する。

「新国立競技場の建設費は1529億円。でも広島(東洋)カープの(Mazda)Zoom -Zoomスタジアム(広島)は約90億円でできたんですよね。新国立のお金で、あれが10個以上できてしまうんですよ。しかもカープの場合、(1シーズンで)222万人の集客があって、一人5000円を使ったら111億円の収入があるわけです。野球は70試合のホームゲームができるので、サッカーよりも経済効率が高いわけです。なので、新国立の場合、1529億円も税金を使って、その後どうするんですかって話ですよ。そもそもスタジアムを作るのに、税金を当てにするのって格好悪いじゃないですか。むしろスポーツで稼いで、税金を払う側になろうよって話なんです」

なるほど。「スタジアムを作るのに、税金を当てにするのって格好悪い」という言葉は、サッカーファンにはいささか耳の痛い話だ。とはいえ野球vsサッカー、あるいはアメリカvs日本という二元論で考えると、話は無意味な平行線で終わってしまう。それに安田氏の目指すところは、新著の帯に書かれているとおり「スポーツで日本という国を強くする」こと。それを実現するために不可欠なのが、未来を担う「若者」である。スポーツと若者。この2つの光明について、最後に安田氏に語ってもらおう。

「かつて『世界に通用する日本人』といえば、ビジネスの世界でも芸術の世界でもたくさんいたわけですよ。今の時代、ビル・ゲイツくらいすごい経営者って、日本にいます? 日本人が唯一、世界を驚かせている分野があるとすれば、それはスポーツですよ。テニスでいえば、錦織圭や大坂なおみ。メジャーリーグ(MLB)だったら、大谷翔平。大谷くんはメジャーでも二刀流を実現して、それまでの常識を吹き飛ばしました。そういう若者たちが、もっともっと出てきたら、日本は変わっていくのかなって思っています」

<了>

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PROFILE
安田秀一(やすだ・しゅういち)
1969年生まれ、東京都出身。株式会社ドーム代表取締役CEO。筑波大学客員教授。法政大学第二高等学校でアメリカンフットボールを始め、キャプテンとしてチームを全国ベスト8に導く。大学全日本選抜チームの主将も務める。法政大学文学部卒業後、1992年に三菱商事入社。1996年に株式会社ドームを創業。米国アンダーアーマーの日本総代理店として日本市場の開拓を続ける傍ら、アメリカ、ヨーロッパのスポーツビジネスの調査を開始する。著書に『スポーツ立国論 日本人だけが知らない「経済、人材、健康」すべてを強くする戦略』(東洋経済)がある。

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