小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=33

 監督は、男たちに合図した。彼らは手際よく家財道具をトラックに積み込んだ。移民の所帯道具はそれほど多くないので、荷積みはたちまち終った。男手の多い八代一家ではあったが、ピストルを腰にして行動している彼らに手向かうことはできなかった。最後に家族全員荷台に乗るように命じた。泣き、抵抗するつたえや房江を、屈強な男たちがトラックに乗せてしまった。追放の話が伝えられ、田倉親子が現場に駆けつけたとき、トラックは土煙を巻き上げて彼方に消えて行った。

「あの人ら、どこへ追いやられんだろう」

 律子は、視野から消えたトラックの残した土埃を見つめて涙ぐんだ。

「耕地外へ追放するだけだ。そう遠くへはいかないだろう。働き手のある家族だからどこへ行っても歓迎されるやろ」

 田倉はさほど心配げな顔もしなかったが、いつまでも、その場を動こうとはしなかった。

 

マラリア禍

 

 八代家が去っても、彼らに同情する声は殆どなかった。監督罷免の話も持ち上がらず、耕地全体のバランスは保たれていた。巨大な機械の歯車のように、各自、課せられた任務に精を出した。

 雨期には除草しても草は枯れない。そのまま根付いてしまうので、そういう日は他の仕事をすれいいのだが、耕地側は何が何でも一ヵ月にひと廻りの除草を強いる。コロノたちは、明らかに徒労と知れる作業には熱がこもらない。

 その日の田倉は、何かやりきれぬ思いで、鍬を引いていた。朝食の時間に、律子は弁当を広げて勧めた。田倉は浮かぬ顔をしている。飯は僅かに箸をつけたのみで止めた。

「どうも旨くない。律子、半分食べてくれ」

 田倉は、弁当箱の飯を半分律子の皿に移した。食欲旺盛な律子は嬉しかったが、田倉の様態がいつになくおかしいのが心配だった。母親の病状がまだ充分と言えない今、父に寝込まれたらそれこそ万事休すだ。

「一体、どうしたの」

「どうも、全身がだるいんだ」

「食べないと身体が持たないわ」

「欲しくないものは仕方がないさ」

 弁当箱を置いて、煙草に火を点けてはいるが、いつもの元気が全くない。

「今日は煙草も苦い」

「すぐ、家に帰って休んだら」

 律子は仕事にかかったが、田倉は木の切り株に身をもたせたまま眼を閉じていた。

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