「クレームは日常茶飯事」患者から医療従事者へ“ペイハラ”被害の実情…解決の糸口は?

ペイハラの実態を「表沙汰にはしたくない」という医療機関も少ないないという(SoutaBank / PIXTA)

2023年2月。東京都八王子市の精神科『滝山病院』の看護師の男が入院患者への暴行容疑で警視庁に逮捕された。痛ましい限りだが、こういった医療従事者による患者への暴行事件は過去にも数多く発生し、都度、報道されている。

一方で、患者および患者家族から医療従事者に対する重大事件も度々起きている。2021年12月、大阪・北新地のクリニック放火事件では、元患者の凶行により多くの犠牲者が出てしまった。2022年1月には埼玉県ふじみ野市で立てこもり事件が発生。患者家族の男性が医師を銃撃し、殺害するという事件も発生している。

医療にまつわる当事者同士のトラブルには、二つのベクトルがある。

  • 医療従事者→患者および患者家族
  • 患者および患者家族→医療従事者

本記事では、後者にスポットを当てる。前出の大阪・北新地のクリニック放火事件、埼玉県ふじみ野市の立てこもり事件は、後者における最悪のケースだといえる。これほどまでに極端な例ではないにせよ、(患者および患者家族→医療従事者)というベクトルのトラブルは、全国的に日常的に起きている。「セクハラ」、「暴言」といった、いわゆる「ペイシェント(患者)ハラスメント」の常態化だ。

福岡市医師会が2022年に行ったアンケート調査では、医療機関の約4割が患者や家族からのハラスメントを受けたことがある、という結果が出ている。コロナ禍においては“発熱を理由とする診察拒否”に対するクレームが全国的に頻発し、医療従事者たちはいわれなき非難にさらされた。国の方針に従うしかなかった現場の人々が、罵詈(ばり)雑言を浴びせられるのは理不尽の極みだ。

今記事では、「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」にスポットを当てる。医療・介護現場トラブルの種を事前に摘む一助となれば幸いである。

現場の肉声

今回、複数の病院、クリニック、介護施設等に取材の申し込みをかけた。ところが、ほとんどの施設にNGを出されてしまった。万が一、この記事を読んだ患者や施設利用者が「自分のことではないか」と、新たなクレームを入れてくる可能性を恐れてのことだ。戦々恐々としているのである。特に、小規模な個人クリニックは「そういう話題は勘弁してください」とあからさまに尻込みしていた。

というわけで、対面取材を諦め、アンケートに切り替えた。しかし回答を寄せてくれたのは3分の1。しかも匿名を条件とされた。以下、現場から寄せられた生の声を、ハラスメント内容ごとに分けて列挙してみる。

【暴言】
「治療方針をめぐって怒鳴られた」(某消化器内科・医師)
「待ち時間が長いことに対する暴言は日常的にある」(某総合病院・受付)

【理不尽なクレーム】
「スタッフの対応が悪い、社員教育をやり直せという電話でのクレームが、1週間毎日続いた」(某眼科・受付)
「こちらに落ち度がないのに、理不尽なクレームは日常茶飯事」(某ケアプランセンター〈居宅介護支援事業所〉・所長)

【いやがらせ】
「意味不明な電話が2時間ほど続いた」(某心療内科・総務部)

【誹謗(ひぼう)中傷】
「人格否定ともいえる内容のメールを医院のホームページ宛てに送られた」(某耳鼻咽喉科・医師)

【恐喝】
「やってもいないことをでっちあげられ、訴えると脅された。しばらく眠れない日々が続いた」(某訪問看護ステーション・所長)

【セクハラ】
「お尻や胸を触られるなどのセクハラ行為は日常的にある」(某リハビリセンター・介護士)

【暴力】
「日常的につねられる、たたかれる」(某グループホーム・介護士)
「力いっぱいたたかれて青あざができた」(某脳神経外科・看護師)

以上、現場の肉声は痛々しいものが多く、医療・介護従事者への同情を禁じ得ない。ただし、【暴力】の項目については注意が必要だ。

某脳神経外科・看護師の「力いっぱいたたかれて青あざができた」という発言には続きがある。「実は私だけでなく、ドクターや他のナースたちもたたかれることはよくあります。高次脳機能障害の患者さんは、その症状として興奮し、暴力をふるうことがあるのです。なので、現場のスタッフとしては我慢するしかありません。患者さんも故意ではないので…」。

また、某グループホーム・介護士の「日常的につねられる、たたかれる」という言葉にも続きがある。「認知症が進んでいる方なので、仕方ないといえば仕方ないですね」。

病状によって患者や利用者が暴力的になる。この場合はペイハラとはまた別問題だといえるだろう。従事者がけがを負った場合は、ペイハラではなく労災認定等の話に変わってくる。

こと暴力に関して今回のアンケートでは、上記のようなやむを得ないケースを除いて、事案はなかった。しかし、その他に関しては、ペイハラに該当するといえるのではないだろうか。

ペイハラへの対策と対応

アンケート調査より、各施設のペイハラ予防策を以下に抜粋する。

「待合室の患者さんたちにこまめに声掛けをし、現在の混雑状況の理由(急患など)を詳しく説明することで、以前よりクレーム数が減った」(某総合病院・看護師)

「下手に出すぎず、毅然(きぜん)とした態度で接している」(某皮膚科・院長)

「利用者さんが暴れた場合は、男性スタッフが急行し、複数人で対応している」(某リハビリセンター・施設長)

「初回訪問は2名体制。対応の難しそうな方に関しては、ミーティングで対策を検討する。誠実に関わっていても理解しあえない場合、距離をさりげなくとっていく」(某訪問看護ステーション・所長)

「事前説明を丁寧に行い、理解を深めていただく」(某有料老人ホーム・総務)

「あいさつや会話など、利用者との関係性を深め、信頼関係を築く」(某在宅リハビリセンター・施設長)

「事前にトラブルを回避・軽減するため、職員たちに認知症への理解を深める研修を行っている」(某グループホーム・所長)

クレーム軽減対策として最も多かった回答は、事前説明を尽くすことで相互理解を深めるというもの。暴力やセクハラなど身体的被害を伴うペイハラには、人員増強や男性スタッフの追加など、数の論理で対抗するという意見が多かった。

そして各施設の専門性を問わず共通している対策の骨子は、患者・利用者との『信頼関係の構築』だ。こうした日々の努力によって、ペイハラが軽減されていることを期待したいが、それでも根絶には遠い。

実際にペイハラが起きてしまった場合はどう対応しているのか。以下に抜粋する。

「現場リーダーへ報告→所属長へ報告→所属長より本人へ注意→ケアマネへ報告→家族へ注意→ケアマネに共有→担当者会議を開催→改善がない場合は利用中止。こういったプロセスで常時対応している」(某リハビリセンター・施設長)

「ハラスメントの指針はあるが、ペイハラに関する規定、マニュアルは今後作成していく予定」(某消化器内科・看護師長)

「トラブルが発生した場合、常に顧問弁護士に相談している」(某クリニック・総務)

なお、ペイハラに関するマニュアルがあるという回答は、上記の某リハビリセンターのみ。他の施設は軒並み、案件ごとに対応しているとのことだった。ペイシェントハラスメントという用語が世間に浸透して久しいが、現場レベルではまだまだ明確なマニュアルが存在することが少ないというのが現実のようだ。

クレーム軽減対策は「事前説明を尽くすことで相互理解を深める」(※写真はイメージです SoutaBank / PIXTA)

ペイハラの被害者を守るために

起きないに越したことはないが、いざ起きてしまった場合にどうするか? 各施設の管理者は現場スタッフを守らなければならない立場にあるが、筆者のもとには、こんな声も寄せられている。

「あのクリニックは患者に優しくない、というような風評被害が怖いから、表沙汰にはしたくない。スタッフが大けがをするような事態であれば別だが、多少のペイハラであれば波風を立てたくない」」(某クリニック・医師)

「患者さんにひっかかれて出血したことがあったんですが、院長に説得されて、結果的に泣き寝入りでした」(某総合病院・看護師)

「暴れる患者を抑え込もうとして、もしも骨折でもさせてしまえば訴えられてしまうかもしれない。だったら殴られるほうがマシ」(某脳神経内科・看護師)

ペイハラ対応に関して管理者が消極的であり、現場スタッフも諦めてしまっているという風潮は危険だ。モンスターペアレントの構図とよく似ており、どちらか一方の立場が強くなってしまうのは、社会の公平性を保つうえで致命的な障壁となる。

理不尽な目にあった際の対処法

管理者が適切な対応を渋った場合、被害を受けても何も行動を起こさなければ泣き寝入りとなってしまう。ではペイハラの被害者は具体的にどうすべきなのか? 医療従事者はどこの誰に相談を持ち掛ければいいのか? 手順のポイントについて、労働問題にも数多く対応している松永拓也弁護士は以下のように説明する。

① 職場のペイシェントハラスメントに関する規定や手順を確認しましょう。ハラスメントを報告するための窓口や担当者が設けられている場合は、そこに報告することが考えられます。

② それらの整備が不十分である場合には、職場の人事部や法務部門に相談することも考えられます。

③ 職場側に相談できない事情、または相談したが対応してくれないといった事情がある場合には、労働組合や労働基準監督署、業界団体、弁護士に相談することが考えられます。

こうした行動を起こしたことで、経営側から疎まれ、不当解雇される可能性がないとはいえない。そういった理不尽な目にあった際にはどうすれば良いのだろうか。松永弁護士は次のように続ける。

「労働基準監督署に相談することを考える方もいると思いますが、解雇など労働契約に関することの場合、労働基準監督署に相談しても解決しません。その他にも労働局のあっせんや労働組合による団体交渉などが考えられますが、実効性の点で最も優れているとは言えません。弁護士に相談し、個別具体的事情に応じて適切にアドバイスや対応をしてもらうのが有益でしょう。

いずれの手段を執るにしても、不当な扱いを許容するような言動があってからでは取り返しのつかないことがあります。不当な扱いを受けた際には明確な発言等は避け、自分で対応しようとせず、できるだけ速やかに相談するようにしてください」

自衛手段の把握と行使は大切だが、そもそもペイハラそのものが減っていく社会が望ましい。コロナ禍に命懸けで働いてくれた医療・介護従事者に対し、感謝こそあれ、理不尽な八つ当たりなど決してあってはならない。

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