カンヌライオンズ・レポート:広告業界の気候変動への取り組みは不十分 成熟した議論が必要に

Image Credit: Solar Impulse Foundation

6月に南仏カンヌ市で開かれた世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」では、気候変動関連の広告キャンペーンの受賞が過去最多となった。しかし、広告業界自体の気候変動への取り組みについては前進しているとはいえず、より成熟した議論によって取り組みを加速していくことが必要だ。今回はマーケティングの専門家であり、カンヌライオンズでSDGs部門の審査員を務めた経験のあるトーマス・コルスター氏が今年のカンヌライオンズについて報告する。(翻訳・編集=小松はるか)

トーマス・コルスター氏

カンヌラインズとその影響力を無視することはできない。しかし、カンヌライオンズのような大規模な広告祭でサステナビリティについて話し合うのは、兵器に関する会議で平和を訴えるようなものだ。

カンヌライオンズの幕開けを飾ったのは、バドワイザーやコロナなどのビールブランドを展開するアンハイザー・ブッシュ・インベブのマルセル・マルコンデスCMO(最高マーケティング責任者)だった。彼がその役割を担った理由は、同社が効果的な方法で成長を加速させ成功を収めてきたことが評価され、カンヌライオンズの70年の歴史で初めて2年連続「クリエイティブ・マーケター・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたからだ。

彼が私たちに気付かせてくれたのは、誰もが間違いを犯す可能性があるということ(同社は主力ビール「バドライト」の広告にトランスジェンダーのインフルエンサーを起用したことで保守派の不買運動にさらされ、その後の一貫性のない対応を巡って人権団体からも批判されている)、さらに彼の役割は、自社のクリエイティビティと連携する代理店のクリエイティビティを活用して、自社の成長を加速させるということだ。

大きな疑問がある。広告業界は責任ある成長を果たせるのかということだ。今年のカンヌライオンズに先立ち、応募企業にはCO2排出量などの情報開示を推奨する緊急の呼びかけが行われた。しかし、プログラムにおいても会話においてもこれらに対する反応はほとんどなかった。一方、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)については例年通りで、ジェンダー不平等・偏見に取り組む作品を表彰するグラス部門「Glass: The Lion For Change」があることも手伝って強い存在感を示していた。

カンヌライオンズに、まだ気候変動に特化した賞や部門がないことには失望する。グリーンウォッシュに再び注目が集まっていることからも明らかなように、広告業界は教育が不十分だ。私からすると、グリーンウォッシュが最初に注目された10年前に戻っているかのようだ。より困難な課題を探求するのではなく、同じことについて話し続けているのを見ているのは信じがたいほど悲しい。

さらに、サステナビリティや気候変動の話題を白か黒かに二極化しようとする動きもある。これは広告業界の過ちであり、企業活動に逆効果をもたらしている。そして、そのほとんどが美徳シグナリング(サステナビリティや気候変動に目を向けている美徳のある企業だとアピールすること)だ。

広告業界が前進する方法は、白か黒かではなく、サステナビリティの話題のなかにあるニュアンス(微妙な差異)に注目することだ。そして、それこそがカンヌライオンズで私たちが話し合う必要がある。カンヌライオンズは、議論を恐れず、意見の違いを良しとする仲間の集まりであるべきだ。私たちに必要なのは、世界一のマヨネーズについて語ることを卒業し、世界を救うことがいかに素晴らしいことかを語るようになった企業のセールストークではなく、気候変動について正直に話し合うことだ。

気候変動をテーマにした傑作

カンヌライオンズのプログラム全体において気候変動の視点が欠けていたことは非常に残念なことだった。しかし、気候変動をテーマにした作品にこれほど多くのグランプリと金賞が授与されたのは今回が初めてだ。

ここからは気候変動に関する注目すべき作品を紹介する。まずは、国連グローバル・コンパクトとブラジル・サンパウロにあるB3証券取引所による作品。地球を「EART4」という企業に見立ててB3証券取引所に上場させるという内容だ。作品は地球への依存状態を評価する重要さに光を当て、気候変動がどのように世界中に経済的大惨事をもたらすかを示している。同作品はクリエイティブB2B部門でグランプリを受賞した。

同じくグローバルサウスがテーマの作品でグランプリを受賞したのはツバル政府の「The First Digital Nation(世界初のデジタル国家)」。島国ツバルは気候変動による海面上昇で領土が水没する危機に瀕し、国家の存続が危ぶまれるなか、世界初のデジタル国家になることを余儀なくされている。大変革をもたらすクリエイティビティを表彰するチタニウム部門でグランプリを受賞した。

スイスの冒険家で環境活動家のベルトラン・ピカール氏が設立した「Solar Impulse Foundation(ソーラーインパルス財団)」は、フランスの国会議員らに法案を提案する面白いイニシアティブ「Prêt à Voter (投票準備完了)」を立ち上げた。脱炭素社会への移行を進めるための法律の採択を前倒しすることを目指し、577人の国会議員に対して各分野の専門家らが考えた50の生態学的イノベーションを法案としてまとめた本『Prêt à Voter』を制作して贈った。すでにそのなかから地熱エネルギー、浮体式洋上太陽光パネル、持続可能な農業におけるエネルギー利用に関する3つの法案が採択されている。クリエイティビティは役立っているのだ。プリント&パブリッシング部門で金賞を受賞した。

もうひとつローテクなアイデアを紹介したい。南アフリカの小売店「Makro(マクロ)」が開発した食品の寿命を延伸するステッカー「Life-Extending Stickers」だ。熟度に合わせてそれぞれの食材をどう使えば良いのかを教えてくれるもので、新鮮な果物や野菜をむだにせずに済むようになる。ドーナツ形のステッカーに表示された色のグラデーションはさまざまな果物や野菜の熟度に合わせてつくられており、それぞれの色や熟度をもとにどう調理するのが最良かを短い言葉で伝える。例えば、バナナに貼られているステッカーでは、緑は「炒めもの」、黄色は「アイスクリーム」、少し茶色くなってきたら「天ぷら」、さらに熟して茶色くなれば「カップケーキ」と記されている。作品はアウトドア部門で金賞を受賞した。

作品の裏側でも気候変動への取り組みが必要

カンヌラインオンズには大きく分けて2種類の企業が集まっている。自社の戦略に忠実で、経済的な不透明さにも関わらずサステナビリティを推進する企業。そして、短期的な思考に陥り、サステナビリティの取り組みを放棄する企業だ。後者は自社のリスクを高め、いつか問題を抱えることになる。

失敗を受け入れていこう。私も完璧ではない(認めざるを得ないことだが、私も意図せずグリーンウォッシュを行う企業の支援を行ってしまうことがある。しかし、そうでない仕事では、良い効果をもたらしてきた自負がある)。また、私たちの広告業界は完璧からほど遠く、「サステナビリティと広告」について語ることはまだ矛盾をはらんでいる。だが、クリエイティビティを活用し、マーケティングや広告による社会責任を果たし、願わくば、将来的にサステナブルもしくはリジェネラティブ(再生可能)な成長を先導する“誘導馬”へと共に変えていこうではないか。気候変動が進むこの世界は、広告業界がその責任を果たすのを待っている。

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