初期宇宙に存在したのは銀河ではなく「暗黒星」? 初期宇宙の謎を解決する可能性も

天文学の進歩によって誕生から間もない頃の宇宙を観測できるようになると、従来の宇宙論との間には様々な矛盾があることが判明してきました。その1つは、観測されている初期の銀河が理論上の予想に反して発達しすぎているという問題です。テキサス大学オースティン校のKatherine Freese氏らの研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」で観測した初期の銀河の一部は「暗黒星(Dark Star)」と呼ばれる巨大な天体ではないかとする研究結果を発表しました。これが正しい場合、「発達しすぎた初期銀河」という存在そのものが幻だったことになり、矛盾が解消される可能性があります。

現在最も支持されている宇宙論では、宇宙が誕生した初期の段階では薄いガスしか存在していなかったと考えられています。そのガスが重力によって高密度に集まって恒星や銀河が形成されるまでには、数億年の時間がかかったはずです。

ところが、実際に初期宇宙を観測した結果、宇宙論の予測よりも早く発達した銀河や銀河団が発見されています。最近ではウェッブ宇宙望遠鏡による観測で、宇宙誕生から3億年後の時点ですでにかなり発達していた銀河が見つかりました。さらに観測を進めれば、より遡った時代にも発達した銀河が見つかる可能性もあると考えられています。現代の宇宙論は、宇宙誕生からこれほど短い時間でこのように発達した銀河や銀河団が形成・成長する理由を説明できないため、大きな謎となっています。

この謎を解明するべく研究に取り組んでいるグループの1つが、コルゲート大学のCosmin Ilie氏とJillian Paulin氏、およびテキサス大学オースティン校のKatherine Freese氏の研究チームです。Freese氏らは、ウェッブ宇宙望遠鏡で観測された初期の銀河のいくつかが、実際には「暗黒星」という天体ではないかと推定しました。

【▲ 図1: 暗黒星の想像図。暗黒星の本体の大部分は非常に巨大な水素とヘリウムの雲でできており、恒星のような一塊の天体であるようには見えない(Credit: University of Utah)】

暗黒星は、Freese氏らが2007年に提唱した仮説上の天体です。 “暗黒” といっても真っ暗な星というわけではなく、非常に明るく輝きます。驚くべきことに、暗黒星は直径が約30億km (※1) にも達し、大きなものでは太陽の100万倍以上の質量と100億倍以上の明るさを持つと推定されており、1個の暗黒星だけで1つの銀河に匹敵する明るさにとなり得るのです。Freese氏らは、大きな暗黒星であればウェッブ宇宙望遠鏡で十分に観測可能だと考えています。

※1…約30億km=約20天文単位。太陽の直径の2000倍、地球の公転軌道の10倍であり、土星の公転軌道とほぼ同じです。

暗黒星の大部分は薄い水素とヘリウムの雲でできていますが、0.1%の暗黒物質(ダークマター)(※2) を含んでいます。暗黒星は暗黒物質の崩壊 (※3) による熱で輝くと同時に、水素の核融合反応が起こる小さな塊、すなわち恒星になることが防がれていると考えられます。このため、暗黒星は放射量こそ非常に大きいものの、表面温度は約1万℃と、その巨大なサイズにしては低い温度に留まると推定されます。

※2…宇宙には重力でしか存在を知ることができない物質が存在します。光などの電磁波では観測できない “暗い (dark)” 物質であるため、これを暗黒物質と呼びます。

※3…Freese氏らは、暗黒星に含まれる暗黒物質はマヨラナ粒子であるニュートラリーノ (自身が反粒子な性質を持つ、ニュートリノとペアな存在である非常に重たい仮説上の粒子) であると仮定し、ニュートラリーノ同士の対消滅によって熱が発生するとしています。

Freese氏らは、ウェッブ宇宙望遠鏡で観測された初期の宇宙に存在すると見られる数百の銀河候補天体の中に暗黒星が含まれているのではないかと予想し、特に詳細な観測データが揃っている4つの天体「JADES-GS-z13-0」、「JADES-GS-z12-0」、「JADES-GS-z11-0」、「JADES-GS-z10-0」について分析を行いました。これらの天体は宇宙誕生から3億2000万年~4億年の時代に存在していたと推定されています。

【▲ 図2: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した初期の銀河とされる天体。上からJADES-GS-z11-0、JADES-GS-z12-0、JADES-GS-z13-0。今回のFreese氏らの研究が正しい場合、これは銀河ではなく暗黒星の画像であることになる(Credit: NASA & ESA)】

分析の結果、4つのうちJADES-GS-z13-0JADES-GS-z12-0JADES-GS-z11-0の3つについては、暗黒星と考えても矛盾しないことが判明しました。例えば、暗黒星からの放射で予測されるスペクトルデータと、今回分析された3つの銀河のスペクトルデータはよく一致します。また、JADES-GS-z12-0の分析結果は、表面温度が約1万7000℃の暗黒星で予想される観測データと一致します。

さらに今回の研究では、3つの天体が点状に見える、つまり銀河と比べて非常に小さな天体から光が放射されていると考えても矛盾しないことが明らかになりました。地球から観測した初期の銀河はある程度の広がりを持つ天体として見えるはずですが、暗黒星であれば点にしか見えないはずです。暗黒星は普通の恒星と比べれば巨大とはいえ、銀河に比べればはるかに小さな天体だからです。

以上の結果を根拠にFreese氏らは、JADES-GS-z13-0、JADES-GS-z12-0、JADES-GS-z11-0の観測データは、3つの天体が銀河ではなく暗黒星だと考えても矛盾しないことを示していると主張しています。これが正しい場合、3つの暗黒星は太陽の50万倍から100万倍の質量を持ち、太陽の数十億倍もの明るさで輝いていると推定されます。

現在のところ、暗黒星を構成する物質の一部であり活動のエネルギー源でもある暗黒物質は未発見です。暗黒物質が暗黒星を形成できるような性質を持っているかどうかも判明していないので、暗黒星が実在するかどうかははっきりしていません

しかしFreese氏らは、今回見つかった暗黒星の候補が本当に暗黒星なのか、それとも初期の銀河なのかを観測で判別することができると考えています。暗黒星には初期の銀河では見られない特徴がスペクトル線 (電磁波の波長ごとの強さであるスペクトルに現れる吸収線や輝線) として現れると考えられるため、分光観測を行うことでもしもそのような観測データが得られれば、暗黒星が実在する可能性が高まります。

誕生したばかりの宇宙に発達した銀河が存在した理由は現代宇宙論の大きな謎ですが、仮に暗黒星が実在したとすればそのような銀河は存在しないことになるため、大きな謎が解決されます。また、謎に包まれている暗黒物質の正体に迫ることにもなるため、これからの研究が期待されます。

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文/彩恵りり

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