【コラム】香港「歌神」のコンサートが閑散期マカオのカジノ売上を底上げ!?(WEB版)/勝部悠人

マカオのツーリズム業界において、中国本土で労働節の大型連休がある5月と夏休みが始まる7月に挟まれた6月は伝統的な閑散期の一つとして知られている。カジノ売上が対前月で下落するのも当たり前のこととして受けとめられるが、今年は慣例を打破する異変が生じ、現地はやや騒ついている。今年6月のカジノ売上が対前月微減だったところまでは誰も驚かないとして、6月は5月と比較して1日短く、単日平均売上で比較すると、前月をわずかながら上回ったのだ。一体なぜなのか、気になるという方も多いだろう。

複数の大手金融機関がマカオのカジノ業界についてのレポートを定期的に発出しているが、実は早くも6月初旬の段階で好調に推移するとの予測を示していた。その理由として各行ともコタイ地区にあるカジノIR(統合型リゾート)ザ・ヴェネチアン・マカオ併設のコタイアリーナで張学友(ジャッキー・チュン)さんのコンサートが開催されたことによる波及効果だと指摘していた。このコンサートは単発のものではなく、追加公演も含めて6月2週目以降の4週末連続、12日間にわたり開催され、持続的に効果を発揮することにつながったとみられる。張学友さんについて補足すると、デビュー約40年を誇る香港のベテラン歌手で、「歌神」の愛称で人気を博しているそうだ。日本ではあまり馴染みがないアーティストかもしれない。筆者も現地の音楽事情に明るくないためローカルに聞き込みをしたところでは、比較的リッチな華人の有閑マダム層に支持されており、香港などから泊りがけでマカオへやってきてコンサートの前後にカジノでお金を使うのは容易に想像できるという感想が主だった。

これまでマカオでもコンサートはそれなりに開催されてきたが、基本的には単発で、カジノ売上に影響を及ぼしたという話を聞いたことは全くなかった。コロナが明けて正常化が進む中、マカオではIR運営企業による自社アリーナ施設でのレジデントショー形式のコンサート誘致が目立つようになっている。ラインナップについては、張学友さんと同じく長年にわたって活躍する香港のベテラン歌手が主だ。

日本の大阪で計画されているIRにも劇場が含まれるというから、「客を呼べるアーティスト」は誰になるのか考えてみるのも興味深いのではないか。香港や中国本土からの集客については、これからマカオのIRがどのアーティストを呼び、誰がカジノと相性が良いのかをウォッチしておくと参考になるかもしれない。香港のベテラン歌手のほか単発では中国本土やK-POP系も多い印象だ。

マカオのカジノ業界をめぐっては、本稿でも度々触れたが、いわゆるジャンケット頼りのVIPに依存したビジネスモデルが成立しない状況となったことで、大きな変化が生じている。カジノ運営企業が自助努力でマス客を呼び込まなくてはならず、中でもプレミアムマスをどう獲得していくかが課題だ。カジノと相性の良いアーティストのコンサート開催もその一環なのだろう。マカオのIR運営企業の中では、自前のアリーナ施設を持つサンズチャイナとメルコリゾーツがエンタメ分野に関してリードしていたが、前月(6月)にはギャラクシーマカオに新設する多目的ホール「ギャラクシーアリーナ」と中国IT大手、テンセント系の複合音楽サービス会社であるテンセントミュージックエンターテイメントが展開するパノラマ音楽ライブエンターテイメントブランド「TME Live(騰訊音樂超現場)」と戦略パートナーシップを締結し、大規模コンサートツアー、音楽フェスティバル、音楽セレモニーといった様々なエンターテイメントショーをオンライン及びオフライン開催すると発表し、大きな話題となった。他にも、各社はMICEやスポーツイベントの誘致にも力を注いでいる。ようやくマカオもラスベガスらしいスタイルになってきたのかもしれない。

マカオの今年1~6月累計のカジノ売上は前年同時期の3倍にあたる801.36億パタカ(約1兆4190億円)となったものの、コロナ前2019年同時期(まだジャンケットが健在だった)の5割強にとどまる。インバウンド旅客数は執筆時点で5月分までしか公表されていないが、回復度合いはカジノ売上と同程度。カジノ売上はマスがメインとなる中、ほぼインバウンド旅客数と連動するとみてよさそうだ。下半期にかけてインバウンド旅客数が安定的に回復するかは未知数のため、最終的にどの程度まで回復するかに注目したい。

エンターテイメントベニューの拡充が進むマカオ。写真はサンズチャイナが2023年5月にオープンさせた「ロンドナー・アリーナ」(資料)=筆者撮影

■プロフィール
勝部 悠人-Yujin Katsube-「マカオ新聞」編集長
1977年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、日本の出版社に入社。旅行・レジャー分野を中心としたムック本の編集を担当したほか、香港・マカオ駐在を経験。2012年にマカオで独立起業し、邦字ニュースメディア「マカオ新聞」を立ち上げ。自社媒体での記事執筆のほか、日本の新聞、雑誌、テレビ及びラジオ番組への寄稿、出演、セミナー登壇などを通じてカジノ業界を含む現地最新トピックスを発信している。

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