浅野拓磨の“折れない心”。「1試合でひっくり返る世界」「自分が海外でやれること、やれないこともはっきりした」

ブンデスリーガ1部・ボーフムに所属する浅野拓磨。2021-22シーズンの加入初年度は27試合出場で3得点、2年目は25試合出場で3得点。FWとしては得点数の面で物足りなさも感じるが、それでも浅野が主力として起用され続ける理由はどこにあるのだろうか。ヨーロッパの地で7シーズンにわたってプレーしている日本代表FWは決して順調なキャリアを歩んできたわけではない。一時はドイツ4部リーグのセカンドチームで戦う時期も経験した浅野は、どのような思いを胸に、常に矢印を自分に向けて進化し続けられたのか。その成長の過程を振り返る。

(文=中野吉之伴、写真=picture alliance/アフロ)

技術ミスでボールを失うシーンもある。それでも…

日本国内において浅野拓磨は一番過小評価されている選手かもしれない。

2022年FIFAワールドカップ・カタール大会でドイツ相手に起死回生のゴールを決め、2022-23シーズン最終節で強豪レバークーゼン相手に所属クラブのボーフムを残留に導く大活躍を見せても、一定数以上の“アンチ”が存在する。

確かに誰もが驚くような鮮やかなプレーをする選手ではないかもしれない。相手守備を無力化するクリエイティブなプレーが得意なわけでもない。技術ミスでボールを失うシーンもそれなりにある。苦手なこと、課題としていることを挙げていったら、もっと他に良い選手がいるという主張をする人だっているのだろう。

浅野は2016年にヨーロッパに渡ってからすでに7シーズン。順風満帆な海外生活だったわけではない。むしろ苦労の連続といってもいいかもしれない。それでも毎シーズン浅野を必要とするクラブがあるという事実は変わらない。2021-22シーズンにブンデスリーガのボーフムへ移籍すると、戦力的に厳しいクラブを2年連続残留へと導いている。どんな時でもチームのために全力でプレーし、「ここぞ!」という場面で誰も予想しないようなゴールやアシストを決める浅野に対する地元ファンの評価は非常に高い。

ボーフムの取材に行くと、記者席に座る僕の耳に何度も「アサーノ!」という大声援が聞こえてくる。浅野が走り出すとスタジアムが沸く。スピードのある選手が常に動き回るというのは相手選手からしたら相当に厄介だ。守備でもまったく足を止めないし、タイミングよく体を寄せてボールを奪取することもできる。“相手が嫌がる選手”というのがチームにとってどれだけ価値があるのかを、ボーフムファンはよく理解している。そのどっしりと落ち着きはらった佇まいからはチームの主力として確かな自信を感じさせる。

「自分が海外でやれること、やれないこともはっきりした」

シュツットガルト2部時代から取材をしている筆者としては、「ここまで成長したのか」と感慨深くなる。

デビュー戦を思い出す。あれは2016-17シーズン・第4節のハイデンハイム戦だった。81分から途中出場した浅野は、「第1試合目にインパクトを残すことが大事だと思っていたので、自分の特長をどんどん出せればなと思っていました。けど、試合展開的にも自分の特長は出せずに終わってしまったかな」と悔しそうに振り返っていた。当時の監督はヨス・ルフカイで、チームメイトには細貝萌がいた。のちにドイツ代表FWとなる若き日のティモ・ヴェルナーもいた。

海外初年度だ。選手にとっては気合いも自信もマックス。輝かしい未来があるに違いないと誰だって信じて飛んでくる。

「2部で一番ゴール取るぐらいの気持ちでやっていかないといけない。2部で頑張るっていうところがゴールじゃないですし、まだまだ目指す先があるので、そこへつなげられるようにやりたいです」

海外サッカーはそんなに知らなかった。チームメイトも、対戦相手も誰が誰なのかも最初はわからないことのほうが多かったと話していた。

「もともとあんまり試合を見るようなタイプではなくて。日本にいるときも海外のサッカーを見てなかったですし。でも海外でプレーしていく上では大切なことなので、これからは見るようにして、イメージはつくっていきたいなと思います」

同シーズン、チームは無事に2部で優勝し、1部昇格を果たした。だが、浅野は複雑な心境で昇格セレモニーを見つめていた。26試合に出場して4得点を挙げたが、最後の2試合は出場なし。他のチームメイトが笑顔で優勝皿を掲げていくが、浅野はしなかった。

「遠慮というか、試合に出て喜んで終わりたかった。今日は悔しさのほうが大きいですね。本当にいろいろな経験ができました。満足はいかないですし、納得もできないですけど、自分が海外でやれること、やれないこともはっきりしました」

「1試合でひっくり返る世界」浅野は前を見続けていた

2017-18シーズン。反省をバネに2年目での飛躍をもくろんだが、簡単ではなかった。昇格初年度で1部リーグ7位で終えたチームの好成績を裏目に、浅野の出場は負傷もありわずかに15試合・1得点。ハネス・ヴォルフ、タイフン・コルクト両監督の構想からは外れ、4部リーグに所属するセカンドチームで出場することもあった。

練習から何とかアピールをしようとするが、何をやっても監督の視野には入っていけない。試合になかなか出られないもどかしさ。やっとチャンスをもらったと思ったらすぐにまたベンチスタートになるやるせなさ。

同シーズン・第15節レバークーゼン戦後にはそんな現状を次のように語っていた。

「そういう世界かなっていうふうに捉えています。1試合でひっくり返る世界だと。出ているときこそ危機感を持ちながら常にプレーしています。今まで僕はそんなにすごい選手じゃなかったですし、日本でもコンスタントに試合に出ている時期というのはそんなになかった。現状は妥当なのかなって考えて、自分に少しでも余裕を持たせることも大事かなとは思います。何が足りないのかというのを改めて考えて、コツコツやっていけたらいいかなと」

課題と向き合い、自分の長所を出すために奮闘する。それでも取り組んでも、取り組んでも日の目を見ない時期が続く。試合に出られないどころかメンバーに入れない日もある。どこに向けて自分の気持ちを上げていけばいいかわからなくなってしまうと、アスリートは迷子になりがちだ。それでも浅野は前を見続けていた。

「常にやり続けることは僕の中では変わらないです。一日一日の練習で見せるんだという気持ちで、常にやっています。いつかパッと試合で使われたときに『準備してませんでした』ということだけはしたくない。チャンスが来たときにそれをものにできるような準備の仕方を続けていくしかないなと思ってやっています。運もあると思いますけど、その運も自分の味方として転がってくるように、今はいい準備をするだけだなと思います」

これまで培ってきたものへの自負。「失敗したっていい」

出場機会に飢えていた浅野は2018-19シーズンに1部ハノーファーへの移籍を決断。

これまでと違い、アンドレ・ブライテンライター監督が浅野の特長を評価し、獲得を熱望。最初から主力として期待されていた。これまでとは扱いが違う。そしてハノーファー最初の公式戦となるドイツカップ1回戦で1ゴール1アシストの活躍を見せた。

「いや、今までのサッカー人生であったり、これからを見据えた中でホッとしたって感情は全然ないです。逆に危機感のほうがずっとありますよ。この世界は一瞬で入れ替わるので、そうならないように、常に全力で自信を持ってやっていかないと生き残っていけない」

それでも、ハノーファーでも苦労は続く。チームが勝てない。絶望的なまでに勝てない。監督交代で流れを変えようとするが大きくは変わらない。結局このシーズンを17位で終えると2部降格となってしまった。浅野はケガで離脱していたことも影響し、わずか13試合出場で0ゴール。エースとして期待された男は、失意のどん底に陥ってしまう。

それでも浅野は歩むことを止めない。

ハノーファーからセルビアのパルチザン・ベオグラードへ活躍の場を移した2年間を経て、2021年にボーフムへ移籍。ブンデスリーガ1部へと戻ってきた。そこにはたくましさを増した浅野の姿があった。

ワンフェイクで相手の逆を取ってスペースに一気に走り込んだり、カウンターでボールを受けると、ドリブルで運びながらタイミングのいいスルーパスで味方のチャンスを演出したり。スルーパスで抜け出してシュートに持ち込むなどキレのある動きを随所に披露していく。

2021-22シーズン・第12節レバークーゼン戦後にミックスゾーンで話を聞くと、受け答えの言葉の端々からこれまで培ってきたものへの自負を感じさせられた。

「足元で受けたあとに仕掛けられる場面、自分の間合いでの攻撃ができるシーンが増えてきた。でももっともっと相手に怖がられるプレーを増やしていきたい。特にスペースで受けてシュートに行けたら。受け手も出し手も失敗したっていい」

2年ぶりのブンデスリーガのレベルは「やっぱり高かった」と振り返っていた。単純なスピード勝負では勝てない。

「自分のスピードが何回も止められるくらい周りも速い。自分がまだまだ未熟だからこそ過剰に感じていたのかなと思ったりもしていましたけど、戻ってきてやっぱりレベルが高いなって。セルビアで2年やったからこそ感じるものもあります。でも、それでもやれるっていう自信はある」

ブンデスでゴールを決めるのって本当に大変。だからこそ…

攻撃的な選手としてゴール、アシスト数が物足りないという指摘は間違っていないし、その課題を誰よりも深く理解しているのは浅野本人だ。

だからといってそこにばかり目がいってしまったら、チームを助けることもできなくなってしまう。ボーフムではかなり広いプレー範囲を豊富な運動量でカバーし、多くのタスクを同時に担っていた。チームメイトのCBマキシム・ライチュが「練習でいつも対峙しているけど、浅野は重心が低くて彼を相手に守るのは本当に難しい」と褒めていたように、ボールを収めて運ぶクオリティは相当に高い。浅野がいるといないとではまるで違うというくらいの存在感を見せてくれる試合も少なくない。

2022-23シーズン・第33節ヘルタ戦後にそうした自分が担う役割について次のように話していた。

「(得点とアシスト)そこだけにこだわらず、試合に出ている以上チームのために全力でプレーするところは、自分が成長してこれた部分だと思う。どういう状況でも、どの試合でも自分がやるべきことに100%集中して、シーズン通して戦えていると思う。もちろん結果がすべての世界なので、そんなこと言ってる場合じゃないとも思います。ただ僕は結果が出ていたとしても出てなかったとしても、やるべき事に集中して次の試合に向けて100%準備して、またそれを100%きっちり表現する。そういうところはシーズン通してやれているかなと思っています」

そういえばハノーファー時代にこんなことをつぶやいていたことがある。

「ブンデスでゴールを決めるのって本当に大変だなぁ」

前述のレバークーゼン戦後に今もその感触を持っているのか尋ねてみたら、「間違いないですね」と即答して、話を続けた。

「チャンスがある中でやっぱり決まらないのは、自分の実力不足も間違いなくありますけど、間違いなくGKも含めて、このリーグのレベルの高さというのを痛感しています。だからこそゴール決めたいですね」

人の成長は他者と比較されるべきものではない。昨日の自分を超えるために、明日の自分を信じるために、今日という日をどのように過ごすのか。その積み重ねが人の芯を太くする。ブレが生じることもあるだろう。自分を信じられなくなる日もあるのかもしれない。「それでも……」と、信じられるものを持っている人はやはり強い。

浅野もそうやって歩み続けている。そして成長し続けている。

折れない心。

その大切さを誰よりも体現している選手ではないだろうか。

<了>

なぜ板倉滉はドイツで高く評価されているのか? 欧州で長年活躍する選手に共通する“成長する思考”

「同じことを繰り返してる。堂安律とか田中碧とか」岡崎慎司が封印解いて語る“欧州で培った経験”の金言

フライブルクで幸せな時間を過ごす堂安律。ブンデスリーガ最優秀監督が求める“クラブ哲学に合った”選手像とは?

なぜ長谷部誠はドイツ人記者に冗談を挟むのか? 高い評価を受ける人柄と世界基準の取り組み

そのプレスではプレッシャーにならない。日本人が欧州移籍で直面する“インテンシティ”の真の意味とは

© 株式会社 REAL SPORTS