トーマス号は根強い人気 復旧途上の大井川鉄道

観光客が待ち構える新金谷駅に登場した「きかんしゃトーマス号」

 【汐留鉄道倶楽部】5月からコロナ規制も緩やかになったことを受け、2歳半になった男の子の孫を連れて、大井川鉄道(静岡県)の「きかんしゃトーマス号」に乗りに行くことにした。孫はまだ「トーマスに会いたい」などと気の利いた言葉をしゃべりはしないが、毎週テレビで放送されるアニメは欠かかさず視聴、おもちゃのプラレールでは青の機関車、トーマスとその親友の緑の機関車、パーシーがお気に入りで、聞き覚えた挿入歌を遊びながら歌っている。そんな孫をさらに喜ばせたくて、娘夫婦と双方の両親(もちろん私も)、生後半年の下の孫娘を連れ、総勢8人で彼の地を目指すことになった。

 沿線人口の少ない大井川鉄道は全国のローカル私鉄の中でもいち早く観光路線を打ち出し、1976年には蒸気機関車の保存運行を始めた。そして2014年に登場したのが「きかんしゃトーマス号」である。きかんしゃトーマスとは、世界中の子どもたちに親しまれている英国制作の3DCGアニメ(最新作は2D)で、小型の蒸気機関車のトーマスを主人公に、仲間の機関車や貨車、重機が空想の島を舞台に活躍しながらもついつい騒動を起こしてしまうという物語だ。大井川鉄道では、トーマスをモデルに車体を鮮やかな青に塗り替えた(清掃が大変だろう)蒸気機関車が大きな目をくりっとさせ、観光客が乗る客車もアニメに登場する列車同様にオレンジへと塗り替えられた。

この日の予約状況。朝の段階で7両の客車がほぼ埋まる人気だ

 この日、イベント列車は午前便と午後便があり、私たちは余裕を持って午後便を予約した。乗車1時間前には新金谷駅前に着き、座席指定のチケットを受け取った。駅舎に隣接した休憩所でしばらく待機していると、シュッ、シュッと機関車が駅のホームに入線してくる音が聞こえた。あわてて線路の近くに駆け寄ると、シュワ―と蒸気を大きく吐き出しながら青い車体がゆっくりと目の前を横切った。「本物は大きいねえ!」と周囲から歓声が上がった次の瞬間、石炭の灰が交じった霧がさっと上から降ってきて、頭にも服にもかかってしまった。「これこそ蒸気機関車の醍醐味だ」と汚れにも感心してしまう。

出発に備えた最後の準備で石炭をくべる

 客車は7両連結、各車両ともそこそこの乗客が乗っており、わが一行は通路を挟んで4人掛けのボックスシート2つを占有して出発だ。しばらくはゆっくり街中を走るが、風景が田園地帯に変わるとスピードが出てきた。気が付くと鉄道と並行する道路を、見おぼえのある顔をした赤いバスが並走している。アニメにも登場するいたずら好きのバーティ―だ。

 わいわい言いながら、小さな橋、小さなトンネルをくぐって走ること約15キロ、7つの無人駅を通過して約30分で家山駅に到着した。本来はこの先、本線の終点である千頭駅までの約22キロも走るはずなのだが、今年の運行は残念ながらここまでだそうだ。理由は昨年9月の台風15号被害である。線路内に土砂が流入するなど被災個所が数十カ所に及び、ある程度は復旧したが、いまだに山間にかかる路線の大半で部分運休が続いているのだ。一般住民の生活もあるから、家山から千頭までは現在バスによる代行運転が続いている。復旧には概算で約20億円近くかかるとみられ、費用負担などの議論が始まっているところだ。

急カーブを行く「きかんしゃトーマス号」

 コースは短くなってしまったが、7両の客車がほぼ埋まるほど観光客が訪れているのだから、トーマス号の人気はなかなか根強い。

 家山からの折り返しは、そのまま単線の線路を逆走することになる。なんだかんだで1時間以上を列車内で過ごし、沿線風景とガタンゴトンという懐かしい車輪の音を楽しむうちに、新金谷駅に戻った。最初はしゃいでいた孫も、吹き込む優しい風に居心地が良くなったようで、眠けをこらえているようだった。これで大人1人3500円。部分運休が続く経営も厳しい中、蒸気機関車を運行する手間を考えると納得の料金だ。

車内販売の明るい声に財布のひもも緩む

 列車の窓から見つけた地元産品を販売する「KADODE OOIGAWA(かどで・おおいがわ)」に立ち寄った。実は新金谷から4つ目の門出(かどで)駅に直結した、緑茶を主役にしたフードテーマパークで、レストラン、カフェ、マルシェなどがそろう複合施設だ。新東名高速のインターに近く、2020年11月にオープンしたばかり。そもそも門出駅自体が同じタイミングで開設された新駅なのだという。海の幸も含めて買いたいものがなんでもそろう観光拠点にふさわしい施設だと思ったが、トーマス号はこの新駅に停車せず通過してしまう。アナウンスでも一切触れられなかったと思う。ちょっともったいないなと思った。初夏の日差しは傾いてもまぶしい。旅の終わりは、チョコレートとミルクの味が楽しい「石炭の煙色」のソフトクリームで締めくくった。

 ☆共同通信・篠原啓一

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