7月26日の東京・国立競技場で、まるでサッカー欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝のようなカードが実現した。昨季CL覇者のマンチェスター・シティー(イングランド)とドイツ王者のバイエルン・ミュンヘンが激突。さらにパリ・サンジェルマン(フランス)とインテル・ミラノ(イタリア)も続々と来日した。ファン垂ぜんの欧州ビッグクラブが集った背景を探った。(共同通信=岡田康幹)
マンチェスターCとの交渉にあたったJリーグの中村健太郎ストラテジーダイレクター(SD)は、欧州選手権もワールドカップ(W杯)も開催されない今夏を「ゴールデンピリオド」と表現し、ビッグクラブを呼ぶ絶好機と捉えていた。また「昨年のパリSGの興行が商業面、運営面において非常に評価が高かった。日本のファンにとっても良かった」と、昨夏の成功が後押しの好材料となった。1年前のパリSGはメッシ(アルゼンチン)エムバペ(フランス)ネイマール(ブラジル)がそろい踏み。世界的スターを一目見ようと、試合だけでなく有料の公開練習にまで1万3千人超のファンが集まり大きな話題を呼んだ。
▽「世界一のクラブを呼びたい」
今回のマンチェスターCは、Jリーグが主催する「ワールドチャレンジ」に参戦。2017年はドルトムント(ドイツ)とセビリア(スペイン)を招き、19年にはチェルシー(イングランド)とJ1川崎が対戦。新型コロナウイルスの影響で21年は開催が見送られたが、今回は4年ぶりの開催がかなった。
「世界一のクラブを呼びたい思いが強くあった」と話す中村SDは、昨秋に動き始めた。英マンチェスターまで足を運び、Jリーグの野々村芳和チェアマンがクラブ幹部と直接面会するなどして交渉を進めた。
興行の黒字を目指す上で重要なポイントは、クラブの滞在期間を2泊3日のような短期ではなく1週間確保できたことだ。試合日以外にサッカークリニックやマンチェスターCのフェラン・ソリアーノ最高経営責任者(CEO)の講演を実施。大口のスポンサーを取り込みながら「試合以外の価値にも協賛していただき、招聘の費用を回収していく設計をした」。昨年のパリSGと同様に、試合前日の練習も有料で一般公開。横浜M戦を控えた7月22日は約3900人が国立競技場を訪れ、FWハーランドらスター軍団に声援を送った。
▽Bミュンヘン、サポーター目線の気遣い
ドイツ1部リーグ11連覇中のBミュンヘンを呼んだのは、同国リーグを放送するスカパーJSATだ。昨年11月に元日本代表主将の長谷部誠が所属するアイントラハト・フランクフルト(ドイツ)を招いた同社で、プロジェクトリーダーを務める小松利光氏は「どうしてもバイエルンは外せないピースだった」と計画を練った。ドイツで絶対的な看板クラブは引く手あまたで、アジア複数国との争奪戦を繰り広げた。「1月ぐらいに正式に提案をしたが、その時点では『結構厳しい。(他国で)ほぼ決まりかけている』と言われた」という。この難局でも相手の納得するスケジュールを提示しながら熱意を持って交渉を続け、見事に来日にこぎつけた。
Bミュンヘンとの折衝で、小松氏は日本側への気遣いを感じ取った。クラブは無理な要求はせず「日本のファンはどう思うか?(7月29日に対戦する)川崎のファンはどう思うか?」と、サポーター目線への丁寧な配慮を忘れなかったという。Bミュンヘンの提案により、川崎戦ではユニホーム背面の選手名がカタカナ表記に。せっかくの機会で、日本のファンに名前を覚えてもらいたいという気持ちの表れだ。
▽商業面だけでなくチーム強化を重視
かつて欧州ビッグクラブの訪日は商業目的が主だった。だが、シーズンの日程が過密でオフ期間の短くなった現在はビジネス面だけでなく、チーム強化を重視する傾向が格段に強まっている。
7月19日に横浜M、7月22日にG大阪と日本で試合を行ったセルティック(スコットランド)OBで元日本代表の中村俊輔さんは「(欧州クラブは)いろんな国を回りながら試合をして(チームを)つくっていく。Jリーグだときつい練習をやるけれど、僕がいた(欧州の)チームは試合を重ねてつくっていくので、すごく勉強になった」と経験を交えて説明した。7月23日に横浜Mと対戦したマンチェスターCのグアルディオラ監督は、シーズン中であるJリーグに触れ「(横浜Mは自分たちとは)状態が違う。私たちにとって良いテストになる」と、トップコンディションのチームとの実戦を歓迎した。
Bミュンヘンも対戦相手については何度も確認してきた。小松氏は「どんな試合をできるのか。そこがしっかりしていないと(クラブ側から)承認が下りない。マーケティングや事業サイドがやりたいと言っても強化部門がOKと言わないと。日本はW杯の常連だから(Jリーグにも)信頼はある」。BミュンヘンとしてはマンチェスターCはもちろん、近年のJ1で何度もタイトルを取っている川崎も強化の視点から申し分ない相手に映ったようだ。
▽ビッグマッチで日本のプレゼンス向上
今回は招聘元の異なるマンチェスターCとBミュンヘンによるドリームマッチも組まれた。来日の日程が重なり、Jリーグとスカパー双方から対戦のアイデアが出て試合開催が決まった。
トップクラブ同士が日本で試合をすることで欧州サッカー界における日本のプレゼンスは向上する。中村SDが「今夏マンチェスター・ユナイテッドやアーセナル、バルセロナは米国でやっていて、欧州のマーケットで米国でのトレーニングキャンプは知られている。今回で日本の認知にもつながる」と言えば、小松氏も「長い目で見てマーケットをつくっていかないといけない。この先も含めて、2チームが戦うのは大きな意味がある」と語った。
▽Jリーグと欧州サッカーのファンつなぐ
日本サッカーの発展に伴い、国内の有望選手が欧州クラブに移籍する潮流は止まらない。海外に目を向けるのは選手ばかりでなく、ファンも同様だ。中村SDは「それぞれのファンが乖離した層になっている。『俺は海外サッカーを見るからJリーグは見ない』とか」と認識する。今夏の豪華なマッチメークで「Jリーグのファンにも欧州クラブを見てほしいし、海外サッカーを見ている人にJクラブもかなりできるぞ、というのを見てもらいたい」と期待した。
公式戦では実現が難しい日欧クラブによる「夏の陣」は、それぞれのファンや関係者も巻き込んでJリーグと欧州サッカーをつなぐ可能性を秘めている。