「あったらいいなをカタチにする」小林製薬は、DXで今何を目指しているのか

INDEX

外部環境の変化にともないDXが必要

そもそも、石戸亮氏はなぜ小林製薬株式会社に入社したのでしょうか。その理由についてこう語ります。

「最初のきっかけはたまたまファミリーマートのエグゼクティブ・ディレクター チーフマーケティング・オフィサー(CMO)の足立光さんに呼ばれ、バーに行った際に小林製薬の社長の小林章浩さんに出会ったことですね。2021年当初は『小林製薬でもこれからDXを推進していく。とはいえ、手探りだから月に1回くらいでミーティングに出てもらえないか?』というご依頼でした。そこから徐々にデジタル周りの施策に関わるようになり、2023年1月から私も正式にCDOとして入社する形になります。

同じタイミングで、小林製薬にもともとあったIT部門をCDOユニットという形にして社長直下の組織に変更しました。CDOユニットは『旧業務改革センター』にあったシステム部と新設された『DX推進グループ』で構成されています。

小林製薬、2022.12期4Q 決算説明会資料より

小林製薬では医薬品・オーラルケア・食品・芳香消臭剤・衛生雑貨品・家庭雑貨品・スキンケア・カイロなどのカテゴリーで150以上のブランドがありますが、その多くがドラッグストアなどの店頭で購入してもらう商品なのです。しかし、現代は一人一台スマホを持ち、IoTでさまざまなモノがインターネットに繋がるようになり外部環境が変わってきています。お客様自身が生活のなかで電動デバイスやアプリ連動サービスを求めていることもあります。小林製薬のコーポレートスローガン『あったらいいなをカタチにする』のもと、デジタルを用いた新しい製品やサービスの開発など従来の枠を超えたチャレンジを進めるべく私は入った形です」

小林製薬、2022.12期4Q 決算説明会資料より

CDOとして活動するなかで、石戸氏は「小林製薬のアセットや強みをまず活かすこと」が重要と言います。

「小林製薬は100年以上の歴史がある会社です。長く続いてきた会社には良い企業文化がたくさんあります。

例えば小林製薬には、40年以上続いてきた「アイデア提案制度」というものがあります。全社員が新商品や業務改善のアイデアを自由に提案できる制度で、その数は年間で約5万5000件にも上ります。当社が進めているDX戦略の1つ「あったらいいな開発のDX」では、こうしたアイデアに口コミなどの情報やデータを加味し、AIやデジタルを活用してブラッシュアップするプロセスなども考えています」

さらに続けて「アイデア提案制度以外にも小林製薬は素晴らしい文化を持っていると思います。事業部が意思決定をして実行までに至るスピード感は、ベンチャー企業に肩を並べるほどと感じています。

あともう一つ、変革に対しての意識も強い。それは組織としての成功体験があるからだと思っています。実は小林製薬は創業から卸事業を行っていて、売上に占める割合も実はそちらの方が大きかった。でも、2008年に意思決定をして製造販売事業に主軸を移しました。その結果、利益率が飛躍的に向上し、製造販売事業自体も伸びていった訳です。卸売業からメーカーになるというのは相当な覚悟がないとできません。この転換はDXを実行するよりも大変なものだと思います。このときの『変わらなければ』という意識は脈々と受け継がれていますから、デジタル時代でも小林製薬は変わっていけると私は思っています。

加えて、小林製薬は利益率が高いために財務体質がよく、成長投資がしやすい状態です。この点も大きなメリットですね。氷山モデルという考え方がありますが、『売上が伸びない』『生産性が上がらない』といった目に見えている課題は表に出ている氷山の一角です。その根本を探っていくのが大事です。これらはきちんと『なぜ?』を繰り返すこと。すると、本質的な問題が見えてきます。事業活動上の問題や運営体制、意識の問題が出てくるのです。マクロ的な鳥の目(将来・市場・経営・全社視点等)とミクロ的な虫の目(顧客・個別ブランド・現場・実務等)の両方で自社の課題をしっかりと認識することが必要だと思います」

表層的な現象だけを追うのではなく、“なぜ?”を繰り返して根本的な課題を見つけ出す

大企業ならではのメリットを活かしながら、課題の本質まで掘っていくことの重要性を石戸氏は説いています。

実はデジタルは難易度が低い、きちんと学べば誰でも取り組めるモノ

小林製薬株式会社CDOユニット ユニット長 執行役員 石戸 亮 氏

その上で、石戸氏は「デジタルはそれほど難易度が高くない」とも言います。

「そもそもITのベンチャー企業は創業から3~5年で上場するケースも少なくありません。また世界最年少プログラマーは6歳でギネス認定されており、最年長プログラマーの若宮正子さんは現在88歳だったりもします。それだけデジタルは、きちんと学べば誰でも取り組めるモノだと思っています」

実際に戦略を考えて施策を行う上で石戸氏は何を大事にしているのでしょうか。

「僕自身は20代後半でマネージャーになり行き詰まったときに、教えてもらったことを大事にしています。それは『敬意』『感謝』『傾聴』というベースがあり、その上に『寛容』『配慮』があり、その上に『挑戦』があるというキーワード。挑戦をするためには周囲への配慮や感謝が欠かせません。

石戸さんが在り方として大事にするもの。挑戦のベースには「感謝」

企業には、これがなければ自社のビジネスモデルが成り立たないといった重要な要素や、今まで積み上げてきた実績やブランドがあります。DXは新しい挑戦として昨今注目されがちですが、長年培ってきたものを否定してはいけないと思います。

小林製薬には50年以上お客さまからご支持いただいている『ブルーレット』を始めとしたロングセラーの商品が多く存在します。これまで会社が培ってきたこのようなモノやコトに対しての配慮は欠かせません。外部から来た私が文脈を無視した改革を行って散逸させるようなことが合ってはならない。あとは、新しいことを行ってみたときに失敗しても寛容の心を持つことも大事ですね」

関西の企業がDXに取り組むわけ

石戸氏が小林製薬にいる理由の一つに、「関西」というキーワードもあるという。

「関西の企業からDXを行うというのも一つの目的です。僕自身も小林製薬に深くコミットするため、2023年1月から大阪に引っ越して住んでいますよ。自分が東京のIT企業で働いていたときに感じていたのは、東京と関西の情報格差。外資のIT企業は進出するときには東京に支社を置くことが多いため、関西からではキャッチアップが難しい。一方で関西圏も優良企業が非常に多いのに、クローズドなコミュニティになっていたりしてもったいなさを感じていました。企業数の都道府県ランキングだと東京が一位で大阪が二位、その数の差は数倍ですが、最新テクノロジーの情報やデジタル人材数、デジタルの仕事数で言うと数倍以上の差があると体感しており、この差が埋まると関西はもっと良くなると思ってます。京都に至っては100年以上続く会社が最も多い。関西は日本経済において今後とても意義のあるエリアだと思っています。

人材の流動性も課題としてありますね。IT人材は就職先となるとどうしても東京の企業を選びがちです。関西にIT企業が少ないのも課題だと思っています。関西出身のIT人材が『地元で働きたい』と思っていても、その受け皿がないので、東京で働かざるを得ない状況になっている。だから、Jターン、Uターン、Iターンなどの人材も、いずれは小林製薬にも入社していただきたいと考えています」

小林製薬に移ってまもなく半年。どんな所感を持っているのでしょうか。

「自分自身としては、サイバーエージェントで子会社を立ち上げているときの感覚に近いですね。

デジタルにおける戦略策定から採用・育成まで幅広い領域を先導して取り組んでいく必要がある。またサイバーエージェントのネームバリューは親会社へのもので子会社には必ずしも当てはまらなかったように、今は小林製薬という企業へのイメージにDXという単語が紐づいていない状況です。それを知ってもらうために、やるべきことは全部挑戦していきたいと考えています」

これからの小林製薬のDXがどんな形になっていくのか。石戸氏の今後と小林製薬に益々注目したいところです。

© ウイングアーク1st株式会社