「日本の政治は、のど元過ぎれば熱さ忘れる」オンライン国会、結局やらないの? コロナ静まり議論置き去り、背景に憲法改正関連も…

オンライン国会を巡って議論された衆院憲法審査会=2022年3月

 新型コロナウイルスの感染拡大を契機に検討が始まったオンライン国会導入の議論が1年以上、棚上げになっている。コロナ禍が落ち着きを見せ始め、感染症法の位置づけが「5類」に引き下げられたことで緊急性や必要性が薄まったためだ。一方、海外ではオンライン審議を実施する国が急増している。日本の地方議会でもオンラインの委員会審議が増えてきた。なぜ日本の国会だけ議論が下火なのか。その背景に、入れ替わるように盛り上がってきた憲法改正との関連性を指摘する向きもある。(共同通信=荒井英明)

国内で新型コロナの新規感染者数が10万人を超えたことを伝える電光掲示板=2022年2月3日夜、東京・渋谷

 ▽「第6波」きっかけに導入議論が本格化
 オンライン国会導入の議論が本格化したきっかけは「オミクロン株」の流行だ。昨年2月、新型コロナの新規感染者が1日当たり10万人を超えて「第6波」が到来、感染者がちまたにあふれた。このまま国会議員の感染者が増えたら政策的な決定ができなくなり、社会機能が麻痺しかねない。
 警鐘を鳴らしたのは自民党の新藤義孝衆院議員。昨年2月の衆院憲法審査会で、国会の本会議場に入らずオンラインによるリモート出席を活用できないか問題提起した。

 ▽リモートは憲法で不可と解釈されてきた
 オンライン国会導入の「壁」となったのは憲法だった。56条1項に「両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」と記されているためだ。
 これは衆院、参院の本会議を開いて政府の予算や法律を成立させるには、一定数の国会議員の「出席」が不可欠なことを意味している。定足数は衆院(定数465人)であれば155人、参院(定数248人)であれば83人という計算になる。
 とりわけ憲法の定める「出席」は、従来の解釈では議場に国会議員が物理的に「いる」ことが要件とされていた。オンラインのリモート出席による審議や採決はできないことになっているのだ。

オンライン国会検討を問題提起した自民党の新藤義孝衆院議員(右)=2022年3月の衆院憲法審査会

 ▽解釈変更することで憲法ハードルクリア
 与野党は衆院憲法審査会で、これを柔軟に解釈しようと考えた。そこで目を付けたのが、国会議員が自ら議論や表決に参加できれば、出席と認める「機能的出席説」だ。
 複数回の議論や参考人の意見も踏まえ、大規模災害や感染症流行などで議員が登院できない時も、国会機能の維持は不可欠だと判断した。昨年3月、緊急事態時のオンライン国会を例外的に認める見解を共産党以外の賛成多数で議決した。具体的には、憲法や国会法の「出席」という文言自体は改正せず、衆院規則の「議場にいない」という一文を改める案を想定。議決はすぐに細田博之衆院議長に提出された。
 参院憲法審査会でも意見が交わされたが、共産党を除いてオンライン国会導入への異論は出なかった。与野党は、衆院議院運営委員会の下で制度設計の協議を開始した。だが憲法という最も高いハードルを乗り越えたものの、検討が進んだのはそこまでだった。
 

 ▽サイバーセキュリティーや整備費課題も
 制度設計の段階になり、まず浮上したのはサイバーセキュリティーの問題だ。国会議員が他者の干渉を受けずに、自らの意思で採決に参加できる安定したシステムが必要になる。本物そっくりの画像を作成できる「ディープフェイク」を悪用した国会議員成り済ましへの懸念も取り沙汰される。
 次に緊急事態時に限るか限らないかなどオンライン国会を認める条件も論点になった。妊娠や出産などの子育て、病気、障害、介護も含めるかどうかがポイントとなる。
 最後に整備費の問題。システムの整備費の見積もりは数百万円から数十億円と幅広い。巨額になった場合、国民の納得が得られるかは不透明だ。
 与野党は複数回協議したが、昨年6月の論点整理で導入への結論を先送りした。以降、衆院ではぱったりと議論されなくなった。参院でも停滞気味だ。

 ▽主要国は「オンライン国会」実施相次ぐ
 では主要国ではどうか。国会図書館が今年2月に公表した調査などによると、2020年の新型コロナの感染拡大に伴って、オンライン国会を実施した事例が相次いでいる。
 英下院は議場にいる議員と、ビデオ会議アプリ「Zoom(ズーム)」を使い、オンライン参加の議員による「ハイブリッド型」の審議を導入した。下院の歴史約700年で初めての試みだった。2020年に日本の参院が事情を聞いたところ、サイバーセキュリティーの問題に対しては、パスワードに加えて認証コードによる照合を議決時に課しているぐらいだったという。
 カナダの上下院もオンラインによる本会議の審議や表決を認めた。米国やドイツでは、委員会レベルでのオンライン参加をできるようにした。その後、コロナ禍は収束した。一時的でも導入することで実績が残った分、日本より前進した形だ。

国会議事堂

 ▽地方議会では委員会審議の導入例が多数
 一方、日本の地方議会では委員会の審議に限定して、オンライン出席を認める動きが拡大した。
 共同通信社が全国の地方議会議長を対象に昨年11月から今年1月にかけて実施した調査によると、全体の9%が委員会などをオンラインで開催したことがあると回答。都道府県が26%、市区が11%、町村が6%だった。「委員会へのオンライン出席は可能」とする2020年4月の総務省通知が実施の契機となった。
 さらに今年2月には総務省は、それまで地方自治法を根拠に認めなかった本会議も一般質問限定でオンラインを容認する通知を出した。認める事例に育児や介護なども加えた。
 全国都道府県議会議長会議事調査部の久保正行副部長は、コロナ禍や緊急災害時だけでなく、育児、介護などで審議に参加できない議員が出席可能になることで「多様な人材を集められるようになる」とオンライン導入のメリットを淡々と語る。

 ▽「5類」移行でコロナ禍前に戻る国会
 今年の通常国会は3月から議員の大半がノーマスク姿になった。5月に新型コロナは5類に引き下げられて、密集回避のための出席者抑制措置も解除された。コロナ禍前の光景に戻りつつある。
 公明党の北側一雄副代表は4月の衆院憲法審査会で「(オンライン国会の)議決から1年以上経過している。速やかな検討をお願いしなければならない」と主張。国民民主党の玉木雄一郎代表も5月の記者会見で「『喉元過ぎれば熱さ忘れる』みたいなことをしがちなのが、日本の政治や行政だ。ほったらかしは許されない」と訴えた。だが自民党は「なかなかハードルが高い」(高木毅国対委員長)として、オンライン国会の導入に慎重な姿勢は崩していない。

インタビューに答える上智大学の上田健介教授=東京都千代田区の上智大学

 ▽憲法改正不要と分かって導入に力入らず
 海外の議会や日本の地方議会で事例があるのに、なぜ日本では、オンライン国会を導入できないのか。憲法が専門で、オンライン審議を取り入れた英国議会にも詳しい上田健介・上智大法学部教授に見解を尋ねてみた。
 上田氏は「まずコロナが下火になり対応する必要がなくなったからでしょう」と推し量る。その上でポイントとして(1)国会議員の行動原理(2)日本的考え方(3)憲法改正への思惑―の3点を挙げる。
 1点目の国会議員の行動原理。上田氏は「オンライン国会に限らず、審議の仕方など国会のルールを変えていこうという姿勢に乏しい」と批判する。国会で重視されてきた先例主義に触れながら「国会議員はルールを変えることもできる。本当に必要があり、それが理にかなっているのなら、今までの手法に固執する必要はない」と断じる。
 2点目の日本的考え方だ。サイバーセキュリティーなどの課題が立ちはだかり、足踏みしている状況に関し「完璧主義」が根底にあるのではないかと分析する。「課題を完璧にクリアして100点満点じゃなければ、制度を変えられないと思っているのではないか」
 これに対して英国ではどうか。「英国人のマインドはとりあえず実験的に挑戦して、駄目だったらやめればいいし、問題があれば改善すればいいというのがある」と指摘。実際、英国の下院は、出産や育児などの際に代理投票の適用を認め、次は長期傷病時についての議論へと進んでいるという。

参院予算委員会でマスクを着用せずに答弁する岸田文雄首相=2023年3月13日

 3点目は憲法改正だ。「オンライン国会の話は、もともと『憲法改正をしなければ実現できないのではないか』との改憲派の思惑含みで議論のテーブルに上った経緯があった」と見立てる。ただ、改憲は必要ないとの判断に至っており「批判的に見ればこれ以上、オンライン国会の議論に力が入らなくなっているのではないか」といぶかる。

 衆院憲法審査会では、緊急事態時の国会議員任期延長の規定を新設する憲法改正論議が活発化している。上田氏は「憲法改正につながりそうだから、力が入っている」と冷ややかな視線を送る。
 上田氏はこうも注文を付ける。「オンライン国会の課題が多いのは分かるが、いろいろと試したらいい。一度仕組みを作れば次の緊急事態に対応しやすくなる。改憲論議もいいが、その前に国会議員が考えないといけないことはたくさんある」
 岸田文雄首相はデジタル技術普及が柱の「デジタル田園都市国家構想」を掲げる。コロナ禍が再び深刻にならない限りオンライン国会を実現できないとしたら情けない。

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