【土用の丑の日】絶滅危惧の「うなぎ」は食べてよい?「養殖だからOK」には大きな誤解が

今日、7月30日は土用の丑の日。土用とは季節の変わり目の時期のことを指す。もともと日本には、丑の日には「う」の付くものを食べるという習慣があり、江戸時代後半から夏バテ予防にとうなぎを食べるようになったといわれている。

実際にこの時期は、スーパーなどにもうなぎの蒲焼がずらりとならんでいる様子を目にできる。しかしこのうなぎ、絶滅が危惧されているのはご存知だろうか。

ニホンウナギは国際自然保護連合(以下、IUCN)で、2014年から絶滅危惧種に区分されている。実際に、日本の天然ウナギの漁獲量は1970年以降減少の一途を辿っており、1960年代に3000トンあった漁獲量は2022年には59トンにまで落ち込んでいるのだ。

このような状況の中で、うなぎを食べるのは”あり”なのだろうか? 本誌が20代〜60代の男女400人を対象に、アンケートを実施すると、食べてよいと思うが75%、食べてはいけないと思うが17.8%という結果に。

食べてよいと思う、と答えた人からはその理由として「店頭に残って廃棄されるより良い」、「1年に1回程度ならよい」「養殖だから」などの意見があがった。

食べてはいけないと思う、と答えた人からは「絶滅しては困るので、食べるなら数を増やせてからがいいと思う」「食べることが絶滅につながるかわからないが、確実なことがわかるまで、とりあえず食べないことにしている」などの声が。しかし「自分だけが不買したところで周りが食べるので売れる、売れるので捕る、というサイクルは止まらないので難しいところ」と、複雑な胸中を明かすものもあった。

『結局、うなぎは食べていいのか問題』(岩波書店)の著書がある中央大学法学部教授の海部健三(かいふ・けんぞう)さんは、うなぎを食べることは「良い悪いという話ではないので、こうとは言い切れない。個々人が自分で考えて判断するべきだが、そのためにはまず前提となる知識を得ることが必要」と語る。そもそもその判断軸になる”うなぎの実情”さえ、あまり知られていないのが現状なのだ。

たとえば、国内で消費されるうなぎは99%以上が養殖。しかし、これらの養殖うなぎも実は”天然由来”。ニホンウナギは全て、自然環境下で生まれた天然稚魚のシラスウナギを採捕し、養殖池で育てて出荷されたものなのだ。

そしてこのシラスウナギが獲れる量も年々減少傾向にある。 1970 年代は 50 トンを超えていたシラスウナギの国内採捕量だが以後減少を続け、1990 年に20トンを割り込んだ。2022年度の採捕量は10.3トン、2023年は5.6トンとなっている。そのため、アンケートでの食べて良い派の回答にあったような「養殖だから」というのは、現状”うなぎを減らさない”ことにはつながらないのだ。

このように誤解も多いうなぎ問題。そこで、今回は海部さんにうなぎ問題を解説してもらった。

■絶滅危惧種がスーパーに並んでいるのは一体なぜ?

そもそも絶滅危惧種なのに、なぜスーパーで売られるなど簡単に食べられる状況なのか。

「一般的な感覚でいうと、『絶滅危惧種なら、こんなにスーパーに並ばないのではないか?』と考えるかとおもいます。しかし、うなぎには、食べてはいけないという規制はないのです。そして、消費者はうなぎを求めています。消費者は食べたい、禁止するルールもない、ですからスーパーは提供している、ということです。また、絶滅危惧種が消費されていること自体がものすごくおかしいわけでもありません」(海部さん・以下「」内同)

絶滅危惧種に指定されている生き物だからといって、食べてはいけないということにはならないのだという。

「絶滅危惧種には、基準が複数あります。たとえば、個体数がすごく少ないから絶滅危惧種という場合もあれば、たくさんいても急激に減っているため絶滅危惧種に区分されることもあります。

ニホンウナギの場合は急激に減っていることを理由として絶滅危惧種に区分されています。しかし、個体数は多く、おそらく数百万の単位と考えられることから、消費を規制する段階にはありません。これに対して、個体数が少ない生物は消費が規制される場合があります。例えばアマミノクロウサギはニホンウナギと同じように絶滅危惧種に区分されていますが、個体数が少なく、現存する個体数は数千頭です。アマミノクロウサギは”種の保存法”という法律の定める国内希少野生動植物種に指定され、捕獲が規制されています。ニホンウナギは”絶滅危惧種”ではありますが、”希少種”ではないのです」

では、うなぎは数が多いので、絶滅することはないのだろうか?

「数が多くても絶滅する生き物はいます。最も有名な例はリョコウバトというアメリカの鳥でしょう。一説には50億以上と、かつてアメリカ合衆国において世界最大級の個体数を誇っていた鳥ですが、ヨーロッパからの移民が流入したのち100年あまりで激減し、1914年に絶滅しました。人間の開発による環境変化と狩猟の両方が影響したと考えられています。ですので、数が多いから大丈夫とはいえません。

特に、うなぎの場合には増える要素がありません。適切な管理がなされてないし、生息環境の改善も進んでいない。ですから、このまま減っていく以外の将来を想像することが難しいのです。

現在ニホンウナギが減少しているということは、うなぎが増える速度より消費速度の方が上回っているということです。ニホンウナギ資源を回復させ、持続的に利用するためには、再生産によってうなぎが増える速度を上げつつ、消費する速度を減らす必要があります。うなぎが増える速度を上げるためには河川や河口域など生息域の環境を改善することが重要です。消費する速度を下げるには、漁獲量の制限が必要になります」

特にうなぎを食べて良いかどうかについては、この”適切に管理されていない”という点が大きな問題なのだと言う。

「現在のところニホンウナギは適切に管理されていません。たとえば、消費する速度を減らすためには、採るうなぎの量を規制する必要がありますが、この”漁獲上限量”が、結局そこまでは採れないという過剰な量に設定されているのです。

日本、中国、韓国、台湾の4カ国では”池入れ制限量”とよばれる、養殖のために養殖池に導入するシラスウナギの量の上限を78.8トンまでに抑えるよう、2014年に合意しました。しかし、現状78.8トンのシラスウナギを獲ることはできません。実際の4カ国・地域の池入れ量合計は、池入れ量制限導入後の平均で40トン程度と、制限の半分にとどまっているのが現状なのです。

つまり、現在の池入れ量制限にはシラスウナギの採捕量を削減する効果がないのです。上限が大きすぎるので、実質“採り放題”ということになります」

■日本では“違法うなぎ”ではないことを証明できるうなぎを見つけることが難しい

さらに、”違法うなぎ”が横行していることもうなぎの管理をより困難にする。水産庁の資料によると、令和4年漁期の国内のシラスウナギの採捕報告数量5.5トン、輸入数量5.8トン、合計11.3トンに対し、養殖業者のシラスウナギ池入報告数量は16.2トン。 4.8トンの出どころ不明、つまり密漁や無報告のシラスウナギがいるのだ。

「このような違法な漁獲や流通は、漁獲量と漁獲努力量の把握を困難にします。 漁獲量と漁獲努力量を把握することができなければ、ニホンウナギをどの程度漁獲しても良いのか、基準を設定することができません。

さらに、輸入されているシラスウナギのほとんどは香港からの輸入です。香港から輸入されるシラスウナギの大部分は台湾など採捕国から密輸されたものと考えられます。令和4年漁期の輸入量5.8トンのうちの大部分が香港へ密輸されていたとすれば、日本の養殖場へ池入れされた16.2トンのうち、7割程度に当たる10トンが違法行為を含むルールに反した採捕・流通を経ていたことになります」

消費者としては、食べるにしても“違法”ではないうなぎを選びたいところ。どうしたら、見極めることができるのか?

「流通情報の追跡が可能であること、いわゆるトレーサビリティが確立されているうなぎを探すということになりますが、現実的にトレースができているうなぎは残念ながらほとんどおらず、ルールを守って流通しているうなぎかどうかを消費者が判別するのは難しいのです。結果として、うなぎを消費することを通じて、消費者は間接的に違法行為に加担し、犯罪組織に資金源を提供してしまっている状況です」

つまりうなぎを食べる以上、“違法うなぎ”を食べている可能性を否定できないのだ。

「まずは知って考えることが重要です。とはいえ、うなぎの問題は生態も人間との関係も複雑で、理解することは簡単ではありません。この問題を解決しようとNGO、科学コミュニケーター、専門家らと協力して、ニホンウナギの現状について楽しく学ぶことができる”うなぎ生き残りすごろく”を作りました。無償貸与していますので、お役立てください。

うなぎの問題を解決するにあたって、うなぎのことを知る以外に、もう一つ重要なことがあります。食品について考えるとき、安心と安全と価格だけではなく、資源と社会の持続性について考えることです。自分が食べている食品が適切な資源管理、流通管理を経て供給されているかどうかという基準も含めて食品を選ぶことで、資源の持続的利用と、密漁、密輸、奴隷労働など違法行為の抑制に繋がります」

うなぎが絶滅してしまっては、2度とうなぎを食べることも、誰かに食べさせてあげることもできない。心から安心してうなぎを食べることができるようになるために、国も業者も消費者も考えなければいけない時期が来ているようだ。

【教えてくれたのは…】

中央大学法学部教授・海部健三さん

著書に『結局、うなぎは食べていいのか問題』(岩波書店)

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