SNS上「バイトテロ」頻発は過剰な“お客様意識”も要因? 日本の「労働問題」解決に必要な“視点”とは

遠藤研一郎『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる 13歳からの法学入門』より(漫画:石山さやか)

AIの進化や、SNSの普及など日常生活の急激な発展に伴い、“労働”をとりまく環境も刻々と変化しています。

安易な気持ちで取り返しのつかない事態を招く「バイトテロ」のリスクや、働く人の健康を脅かす「ブラック企業」の問題まで、若いうちから身につけておきたい“労働と法律”に関する基礎知識を、中央大学法学部の遠藤研一郎教授(民事法学)が解説します。

※この記事は、遠藤研一郎教授の著作『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』(大和書房)より一部抜粋・再構成しています(漫画:石山さやか)。

【#1】どこからがいじめ?
【#2】インスタにウソの投稿をしたら?
【#3】だれかを好きになる自由

■将来どんな仕事をしたい?

わ〜。アカリさんのバイト先、大変なことになっていますね。最近、ブラックバイトやバイトテロなど、「アルバイト」に関するニュースをよく耳にしますよね。

もう少しすると、読者のみなさんも“働く”ということに接することになるかもしれません。この項では、そんな“働く”ということについてちょっと考えてみましょう。

いま、仕事を取り巻く環境が、とても速いスピードで変化しています。日本の人口の減少に伴って、労働する人口も不足していることが社会問題となっていますね。一方、IT技術が発達し、ロボットが仕事をする割合が増えてきました。日本に住む外国人の数も増えて、たくさんの外国人が日本で働いています。20年後の日本の労働環境がどのようになっているか、私には想像がつきません。そのようななかで、みなさんは、将来どんな仕事をしたいですか?

ソニー生命という会社が中高生を対象にして「将来なりたい職業」についてアンケート調査(2021年)をしたら、次のような結果だったそうです(7位以下は省略)。

【中学生男子】
1位:YouTuberなどの動画投稿者
2位:プロeスポーツプレーヤー
3位:社長などの会社経営者・起業家
4位:ITエンジニア・プログラマー
5位:ゲーム実況者
6位:公務員、会社員、プロスポーツ選手

【中学生女子】
1位:歌手・俳優・声優などの芸能人
2位:YouTuberなどの動画投稿者
3位:絵を描く職業、美容師
5位:ボカロP、デザイナー

このランキングのなかに、いま、みなさんがなりたい職業はありますか? 男子6位のプロスポーツ選手、女子1位の芸能人は昔からの定番でしょうか。他方で、男女ともそろってランクインは、動画投稿者。今の流行りが表れている気がします。……ちなみに、私のような研究者は入っていない(汗)。弁護士などの法律関係の職業は、男子で10位という、地味な結果に(汗)。

どの職業も、夢があって、とてもいいですね。

ただ、みなさんが将来、実際に選ぶ仕事は、「そこに夢があれば十分だ」とはならないかもしれません。もちろん、自分の好きなことを仕事にできたらいいと思います。でも、仕事をする目的は、夢の実現だけではないんですよね。だいたいの人は、仕事をすることによってお金(給料)をもらい、それで生きていく糧を手に入れているのです。「好きなことをしているけれど、お給料が全然もらえない」というのでは、ちょっと(かなり?)生きにくくなってしまうかもしれません。

求人広告から「労働条件」を見てみる

さて、みなさんは、会社の「求人広告」を見たことがありますか? そこには、いろんな「労働条件」が書かれています。労働条件とは、労働者がその会社で働くときに前提となる条件のことです。働く場所はどこか、働く時間は1日どれくらいか、休日は何日間あるのか、お給料はどれくらいかなど、いろんなものが書かれています。

このような求人広告を見た人が、働きたいという連絡を会社にして、面接などをします。そして、雇う側(会社)も雇われる側(労働者)も、「この人ならば、ウチの会社で働いてもらいたいなあ」「この会社ならば、働きたいなあ」と思ったら、労働契約という契約が締結されることになります。みなさんが、この先、アルバイトをしたり、パートや正社員として働きだしたりするときには、必ず、この契約を締結します。

働く人は守られている

ところで、世間で「ブラック企業」という言葉が使われはじめてから、ずいぶんと経ちました。みなさんは、この言葉を知っていますか?

ブラック企業とは、労働者に長時間の労働を強制したり、達成することができないような大変なノルマを課したり、適切なぶんの給料を支払わなかったり、休めるはずの休暇がとれなかったり、ハラスメント行為が横行するような会社のことをいいます。

あれ? 先ほどの説明だと、労働条件については、雇う側も雇われる側も、納得したうえで働きはじめているはずです。なのに、なんでブラック企業なんてあるんでしょうか?

まず、労働者(雇われる側)の立場というのは、会社(雇う側)と比べて弱いのが通常です。なかには、「ぜひ、あなたにこの会社で働いてもらいたい! 給料はいくらでも出します!」なんてラブコールを受ける労働者もいるかもしれませんが、大多数の労働者は会社から、「あなたの代わりの人くらい、いくらでもいる」なんていわれたりもするのが、キビしい現実です。だから、放っておいたら、労働者は会社の言いなりで働くしかありません。

でも、日本には、“労働者を守る法律”があります。「最低限、これ以上の条件で労働者を雇わなければならない!」というルールの存在です。現在、たとえば「労働契約法」や「労働基準法」という法律が、その役割を果たしています。

それでもブラック企業がなくならない

お〜、それならば労働者は快適に働けるじゃないか! と思うかもしれません。しかし、実際はそうではありません。悲しいことに、ブラック企業は全然なくなりません。なぜでしょう? それは、シンプルに、労働基準法や労働契約法などの法律をきちんと守らない会社があるからです。法律を無視したり、違反していることを隠したりします。では、なぜそのようなことをするのでしょうか? それは、会社は、収益(利益)を上げたいからです。会社としては、労働者が安い給料でたくさん働いてくれる状態がよい(得な)のです。残念なことに、「法律通りにやっていたら、会社は成り立たないよ」なんてことを平気でいう会社もあります……。

では、これに対して、労働者は何か文句をいわないのでしょうか? じつは日本では、労働者がぐっとガマンをしてしまう傾向にあります。

「会社のためだからしょうがない」とか、「仕事が大変なのはあたりまえだ」とか、「大変なのは私だけじゃない」とかいう空気が社会に蔓延しています。でも、そのような社会の雰囲気を取り除いていかないと、「過労死」などの悲しい事件が、いつまでたってもなくなりません。日本では、仕事が原因で健康を害してしまったり、死んでしまったり、追い詰められて自殺してしまう人がとても多いのが現実です。

じゃあ、労働環境に文句がある場合は、だれにいえばいいのでしょうか? まずは、会社と話し合うという手段があります。ひとりで会社に文句をいう勇気がなくても、労働者がまとまって、会社と話し合う組織(労働組合)を利用することも考えられます。

さらに、「労働基準監督署」という国の組織もあります。そこに相談すると、場合によっては、国が、トラブル解決のために会社を調査したり、会社に対して「法律違反はやめろ!」と注意(むずかしい言葉で「是正勧告」といいます)してくれたりする場合もあります。

バイトテロをしたらどうなる?

ブラック企業も問題ですが、他方では、会社のものを盗んだり、職場の同僚をいじめたり、仕事を平気でサボったりする、困った従業員がいることも問題となっています。なかでも、最近よく耳に入ってくるのが、「バイトテロ」。この項のマンガのような、見過ごすことができない悪ふざけがSNSに投稿されて、問題となっています。店内でアイスクリームが置いてある冷凍庫に寝そべってみたり、ピザの宅配のバイクでわざと信号無視をしてみたり、お客さんに出すための食材をゴミ箱に捨ててからそれを拾って調理してみたり……。このような行為を「バイトテロ」なんて言葉で表したりしているようです。

アカリさんのバイト先でも、アルバイトの店員が、厨房で悪ふざけして、調理する前のハンバーグでキャッチボールしている動画を、Twitterにアップしてしまったようですね。まず、このような行為は、単に、バイト先をクビになるというような話ではすまされません。犯罪行為にあたる場合も少なくないのです。たとえば、お店の業務を妨害したとみなされれば、「威力業務妨害罪」(刑法234条)に該当して、3年以下の懲役または50万円以下の罰金の可能性があります。

また、「損害賠償」も負わされます。売ることができなくなって捨てなきゃいけなくなった商品の代金はもちろん、お店が休業になったり閉店に追い込まれたりした場合には、「営業利益(営業していたならば得られたはずのお金)」も全部賠償しなければなりません。そうなったら、賠償金は何百万円とか、何千万円という単位に膨れ上がることも考えられます。

バイトテロはなぜ起こる?

Q. なかなか無くならない「バイトテロ」。 このようなことが頻繁に起こってしまう原因は、どこにあると思う?

さて、みなさんならば、この質問にどんなふうに答えますか? バイトテロとはいうけれど、テロといっても何か政治的な主張があるわけじゃなくて、単に悪ふざけをしていただけの場合が多いみたいです。では、なぜ、そんな悪ふざけが起こってしまうのでしょうか?

もちろん、悪いのは動画をアップした本人なんですが、みなさんには、それだけでなく、いろんな角度から原因を考えてみることをオススメします。たとえば、雇い主である会社自身はどうでしょうか? もしかすると、人件費を安くするために、正規社員を少なくして、アルバイトを多くしているのかもしれません。アルバイトをちゃんと管理できるようなしくみがつくれていない会社の体質が、バイトテロを生み出している可能性もあります。

また、SNSはどうでしょうか? 先ほど紹介したように、「将来なりたい職業」で男子1位、女子2位が、動画投稿者です。その動画を見る視聴者は、みんな「過激なもの」を要求していますよね。多くの視聴者が食いつく過激なものを求めて、「悪ふざけ」ではすまされない行為にまでエスカレートしてしまうなんてこと、考えられませんか?

さらに、お店のお客さんだって、間接的な原因になることもあり得ます。クレーマーであったり、態度が横柄なお客さんが世間にはたくさんいて、店員さんも、自分の仕事にやりがいや誇りなどを感じることができない状態になっていたらどうでしょう? お店に迷惑がかかるようなことも、「べつにこの会社がどうなっても、オレの知ったことじゃないし……」と無責任な行動をとるようになるかもしれません。そうだとすれば、「店員なんだから、お客様に感謝したり、お客様をていねいに扱ったりするのは当然でしょ!」という、過剰な“お客様意識”が、バイトテロを生み出している可能性だってありますよね。

このように、ひとつの社会問題に対する解決策を考えるには、いろんな角度から、「どこに原因があって、どのような規制(ルール)をつくるのがいいのか?」を考える必要があるのです。

ただ、勘違いしてほしくないのですが、それは、悪ふざけをした人に責任を負わせなくてよい、ということではありません。むしろ、取り返しのつかない事態を招いたことの責任は、しっかりと負わなければなりません。そしてその責任は、その人が悪ふざけをしたときに考えていたものの何十倍も重たく、ときには、自分のその後の人生も台無しにするほど、背負いきれないものとなります。みなさんも、もし今後、アルバイトをしたりすることがあるのなら、社会の一員として働くという自覚を持つことが大事です。

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