なぜ女子サッカー長者番付はアメリカ代表の独壇場なのか? 米スポーツビジネスのメカニズムに見る2つの理由

開催中のFIFA 女子ワールドカップに出場する選手の収入ランキングで、トップ10のうち9枠をアメリカ女子代表選手が占めた。女子サッカー強豪国の平均年俸と比べてもゼロが一つ多い。その理由はなぜか? アメリカのスポーツビジネスに詳しい高橋亮氏に話を聞き、その背景を探った。

(文=松原渓、写真=AP/アフロ)

アメリカ代表選手が上位を独占

7月20日にオーストラリアとニュージーランドで開幕したFIFA 女子ワールドカップは、大会史上最多の観客数が見込まれている。オーストラリアとアイルランドの開幕戦にはワールドカップで最多となる7万5784人の観客数を記録し、開幕から6日目にしてチケットの販売枚数は150万枚を突破。最初の16試合の総観客数は前回の2019年フランス大会から54パーセント増で、今後も記録更新が続きそうだ。

また、今大会は賞金総額も過去最高の1億1000万ドルになることが発表されている。少女たちにとって、女子プロサッカー選手が華のある職業だと実感する大会になるだろう。

7月21日には、アメリカの経済誌フォーブスが、今大会に出場する女子サッカー選手の長者番付を発表。驚いたことに、トップ10のうち9人を占めたのは、アメリカ女子代表選手だったのだ。

アメリカ代表以外で唯一ランクインしたのは、2021年から2年連続バロンドールを獲得したスペイン代表のMFアレクシア・プテラスのみだった。

具体的な金額を見てみると、1位のFWアレックス・モーガンが710万ドル(約10億円)。2位がFWメーガン・ラピノーで、700万ドル(約9億9000万円)。3位がスペイン代表プテラスで、400万ドル(約5億7000万)。4位以下のアメリカ代表の選手たちは次の通り。

4位 FW トリニティ・ロッドマン(230万ドル約3億3000万円)
5位 DF クリスタル・ダン(200万ドル=約2億8000万円)
5位 MF ジュリー・アーツ(同上)
5位 FW ソフィー・スミス(同上)
8位 MF リンジー・ホラン(150万ドル=約2億1000万円)
9位 MF ローズ・ラベル(140万ドル=約2億円)
10位 DF ソフィア・ウエルタ(130万ドル=約1億8000万円)
(1ドル142円で計算/すべて税金を除いた額)。

こうして見ると、モーガンとラピノーがずば抜けているが、2人とも、収入の約9割がフィールド外の収入だという。つまり、企業とのスポンサー契約などによるものだろう。

両選手がプレーするNWSL(米女子プロサッカーリーグ)はサラリーキャップ制を採用しており、年俸は個人で最大20万ドル(約2800万円)ほど。それでも、アメリカ代表での活動手当などを合わせれば、サッカーでの収入は80万ドル(約1億1000万円)に上る。モーガンとラピノー以外の7人のアメリカ代表選手も、サッカーでほぼ同じ額を稼いでいる。

つまり、アメリカでは代表に入るか、入らないかで収入が大きく変わるのだ。

日米の女子サッカー選手の移籍に詳しい代理人によると、アメリカ代表選手はアメリカサッカー連盟との契約金や、代表をサポートするナイキなどの大手スポンサーとの契約により大きな額が入る仕組みがあり、それは10年以上前から続いているのだという。

同じく、日系大手電機メーカーの社員で、アメリカとヨーロッパで選手の代理人を務める高橋亮氏はこう話す。

「アメリカ代表は25人前後の代表選手と契約をかわしていて、各選手が複数のメーカーや企業とスポンサー契約をしています。権利関係もマネジメント会社が肖像権も含めてしっかり管理しています」

欧州強豪リーグの平均年俸は?

アメリカはワールドカップ2連覇中の世界女王で、世界ランキングも1位。その背景には、165万人とも言われる圧倒的な競技人口や、大学スポーツの発展などがある。

ただし、近年はヨーロッパ勢が勢力図を拡大しており、前回のワールドカップではベスト8のうち7チームを占めた。各国でリーグのプロ化が進んでいて、強豪国の選手たちの収入も数年前と比べて上昇傾向にある。

筆者が得ている情報では、国内トップリーグの平均年俸は、イングランドが4万7000ポンド(約850万円)、アメリカが5万3000ドル(約750万円)、フランスが4万8000ユーロ(約750万円)、ドイツが4万ユーロ(約600万円)ほど。

ちなみに、WEリーグはプロ契約の最低年俸は270万円。最高では1000万円ぐらいの選手もいるが、平均値は300〜400万円ほどではないだろうか。

スペインではチーム間の格差が大きく、バルセロナのプテラスのように大金を稼ぐ選手もいる一方、選手会が待遇改善を求めて交渉を続け、ようやく最低賃金が保証されるようになった(来季の最低年俸は2万5000ユーロ[約390万円])。最低賃金が設定されていないのはスペインだけではなく、他の国でも議論されている。

アメリカ代表が長者番付を独占する2つの理由

このように、ヨーロッパでは女子サッカーの盛り上がりに比例して賃金も上がっているが、収入ランキングの大半を占めたアメリカ代表選手は、オンザピッチでも1億円以上稼いでいて、ゼロの数が一つ違う。なぜ、代表選手になるとそんなに稼げるのか?

前出の高橋氏は、2つの理由を指摘する。一つが、代表で昨年2月に男女同一賃金が実現されたことだ。

「女子代表は世界ランキングがずっと1位で、国際親善試合ではチケットが完売になります。だから放映権もつくし、実績も収益率も男子を上回っていたんです。それでも、以前は男子の選手だけファーストクラスで、年間の活動予算も男子より少なかった。そこで、すべての数字を並べて同じ水準の報酬の支払いを求め、アメリカサッカー連盟は昨年、女子選手側に対して、2400万ドル(当時のレートで約28億円)の和解金を支払いました」

こうして、絶大な人気を誇るアメリカ女子代表チームの興行収入が、選手たちの収入に正しく反映されるようになった。

高橋氏が指摘するもう一つの理由は、アメリカのスポーツビジネスのメカニズムだ。

「ヨーロッパは昇降格がある伝統的なリーグ形式ですが、アメリカは4大プロスポーツでさえ昇降格がありません。だから、例えば人気の強豪チームが圧勝して試合が盛り上がっても、負けたチームは降格しないし、『試合の売上金は両チームで分配しなければいけない』というルールがあるんです。それは、対戦相手も含めて、エンターテインメントが成り立っていることを認めているからです。

サッカーでも、NWSLに負けないように、男子のMLSが柔軟にリーグのルールを変えて、メッシのような世界的スターを招聘しています。エンターテインメントがビジネスとして世界で最も確立されている市場なので、ルールもそれに準じて毎年のように変えています。よくいえば柔軟、悪くいえばスポーツの歴史を軽んじていると見ることもできるかもしれません」

NWSLでは、チームの資金繰りが苦しくなると、オーナーが変わるのに伴って本拠地を移すこともある。だから、ヨーロッパのように「地元に根付いたクラブ」という発想は生まれにくい、と高橋氏は言う。

そのかわり、去年まで最下位だったチームがわずか1年で優勝することもあるという。それがアメリカの「エンターテインメント」であり、売上はさまざまな形で選手にも還元される。

「クラブと選手の契約の際には、チケットの売上や、ユニフォーム、グッズの売上の一部が給料として還元されるようになっています。その分、選手はファンサービスを頑張るし、観客の声援に応えようと燃えますよね。アメリカは女子サッカーが絶大な人気スポーツだからこそ、企業も費用対効果の数字を持っていて、それに沿って選手を起用します。ラピノーは政治的な発言を積極的にすることも含めてアイコンになっているし、モーガンは母としてのストーリーや切り口をうまく見せている部分もあると思います」

エンターテインメントを追及するアメリカは、スポーツに投資しやすい環境があり、休日に「スポーツを見に行く」文化が根付いている。そうした背景も、今回の収入ランキングには反映されている。

世界トップ50に入った女性アスリートは1人

一方、世界のスポーツ選手の長者番付を見ると、さらに桁が違う。フォーブスの発表によると、1位がクリスティアーノ・ロナウド(1億3600万ドル=約193億円)。2位がリオネル・メッシ(1億3000万ドル=約184億円)、3位がキリアン・エムバペ(1億2000万ドル=約170億円)と、男子サッカー選手が上位を占めた。女性で上位50位にランクインしたのは、テニスのセリーナ・ウィリアムズ(4530万ドル=約64億3000万円)一人だった。

2022年5月には、テニスの大坂なおみが、5920万ドル(約76億円)の収入で19位に入ったことがある。彼女は人種差別に抗議するメッセージやアクションを起こしながら、トップアスリートとして結果を出し続けた。それは、LGBTQの権利や人種差別反対を訴え、報酬の男女平等を訴える運動で先頭に立ったメーガン・ラピノーとも共通している。ともに自らの信念を貫き、社会に向けたメッセージを積極的に発信してアスリートとしての価値を高め、時代のアイコンとして起用する企業が増えた。

テニス界は格差の是正に対して積極的で、2007年から4大大会で男女の賞金総額が同じになっている。

女子サッカーのワールドカップの賞金額は増えているものの、男子と比べればまだ4分の1ほど。しかし、FIFA(国際サッカー連盟)は、2027年の女子ワールドカップでは男子と同じ賞金額を目指すことを明らかにしている。

プレー環境、報酬や待遇が世界的に向上してきた中で迎えた今回の女子ワールドカップは、そうした面でも女子スポーツの地位に一石を投じる大会になりそうだ。

華のあるスターの競演を、オンザピッチとオフザピッチの両面から注目してみたい。

<了>

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